第97話 四軍団、初陣
王国軍の大軍が洞窟へ押し寄せる。
数百人の兵士。
多数の魔術師。
大型魔道兵器。
これまでノアが戦ってきた人間たちとは、規模が違った。
しかし、それ以上に変わっていたものがある。
魔物たちだった。
昨日までなら、ガルドやレグル、セラ、ポヨンの周囲にいる魔物は、ただの自然発生した魔物の集まりにすぎなかった。
今は違う。
まだ正式な軍団として認証されたわけではない。
それでも、それぞれの精鋭を中心に、魔物たちは自分たちの役割を理解し始めていた。
そして、その中心には王となったルナがいる。
「ガルド!」
ルナの声が響いた。
王国軍の中央で、巨大な斧を振り回していたガルドが振り返る。
「敵の中央を突破して!」
ガルドが咆哮した。
その声に反応し、周囲の獣型魔物やオーガたちが一斉に動き始める。
先頭を走るのはガルド。
その左右を大型の獣たちが固め、その後ろから中型の魔物たちが続く。
まるで一本の巨大な槍のようだった。
「止めろ!」
王国軍の騎士たちが盾を構える。
数十枚の大盾が並び、壁を作る。
以前なら、ガルド一体だけで正面から破壊していただろう。
しかし今回は違う。
ガルドは盾の正面へ突っ込む直前、わずかに速度を落とした。
「グオッ!」
その瞬間、左右の獣型魔物が先に飛び出す。
騎士たちの視線が左右へ分散した。
ガルドは中央へ踏み込む。
斧が横薙ぎに振り抜かれた。
ドォォンッ!
大盾が一斉に砕ける。
しかし、その隙間から飛び出した騎士たちを、後ろの魔物たちが押し戻していく。
「連携してる……?」
王国軍の兵士が驚きの声を上げる。
当然だった。
昨日までのガルドは、強い個体だった。
今日のガルドは、仲間を使って戦う軍団長だった。
「すごい……」
ノアは後方から戦場を見ていた。
「昨日の訓練だけで、ここまで変わるんだ」
「ガルド様は、味方の力を理解し始めています」
ミレアが答える。
「単純に自身が敵を倒すのではなく、自分が突破口を作り、周囲がその隙を広げるという戦術へ移行しています」
ガルドの進撃は止まらない。
そして、中央が崩れ始めた。
「第二隊、前へ!」
ルナが次の命令を出した。
レグルが動く。
その背後には、岩亀や大型獣などの防御型魔物が続いている。
ガルドの軍団が開けた中央へ進み、王国軍の反撃を受け止める。
魔道兵器がレグルへ向きを変えた。
「撃て!」
六基のうち残っていた三基が、一斉に魔力砲を放つ。
轟音とともに巨大な光が迫る。
レグルが前へ出た。
【大地装甲】が発動する。
黒銀の身体へ大地の魔力が流れ込み、足元の岩盤と身体が一体化する。
直撃。
爆発。
巨大な土煙が巻き上がる。
「やったか!?」
王国兵の一人が叫んだ。
しかし、煙の中からレグルが現れた。
無傷。
いや、正確には傷はある。
だが、それ以上に問題なのは――。
レグルが一歩も下がっていないことだった。
レグルは周囲の防御型魔物を見る。
そして、低く唸った。
すると魔物たちは一斉に動いた。
岩亀が前へ出る。
大型獣が左右を固める。
小型の魔物がその隙間へ入り、敵の接近を妨害する。
巨大な壁がいくつも連なった。
王国軍の攻撃が止まる。
「前に進めない!」
レグルは攻撃しない。
ただ、進ませない。
敵の攻撃を受け止め、その背後にいる味方を守り続ける。
これがレグルの軍団だった。
「攻撃するだけが戦いじゃないんだね」
「はい。レグル様の軍団は、戦場そのものを固定する役割を担うようです」
ノアは頷いた。
ガルドが突破する。
レグルがその場所を維持する。
それだけで、王国軍の戦線は大きく分断されていく。
「第三隊!」
ルナが叫んだ。
セラが前へ出る。
周囲には魔力を持つ魔物たちが集まっている。
小さな精霊型魔物。
魔力を帯びた鳥。
角から魔力を放つ獣。
どれも単独では大した戦力ではない。
だが、セラが魔力を繋ぐ。
「魔力循環、開始します」
青白い光が魔物たちを繋いでいく。
一体が持つ魔力を、別の個体へ送る。
不足した場所には別の魔力を流す。
攻撃を行う個体には多く。
防御を担当する個体には少なく。
負傷した個体には回復へ回す。
魔力そのものが軍団全体を循環していた。
「なんだ……この魔法は!」
王国側の魔術師が叫ぶ。
「一体の魔力じゃない!」
「複数の魔物が、一つの魔力網を形成している!」
セラが杖を掲げる。
「今です」
一斉に魔法が放たれた。
炎。
風。
雷。
氷。
それぞれの属性が重なり、王国軍の魔術師部隊を包み込む。
結界が砕ける。
魔法陣が消える。
魔術師たちは次々に戦闘不能へ追い込まれていく。
それでもセラは追撃しなかった。
「これ以上は必要ありません」
セラがそう言うと、魔物たちも攻撃を止めた。
戦場の一部が静かになる。
「セラ、すごい」
ノアが思わず声を漏らした。
セラは振り返る。
「ノア様。敵の魔力網は崩壊しました。こちらの被害も最小限です」
「うん。十分だよ」
そして最後。
第四隊。
「……第四隊って言っていいのかな」
ノアはポヨンを見る。
ポヨンの周囲には、相変わらず小型の魔物たちが集まっている。
戦闘能力は低い。
攻撃力も低い。
防御力も高くない。
魔法を使える個体もほとんどいない。
「ポヨン、どうする?」
ノアが聞く。
ポヨンは大きな目でノアを見る。
「ぷる」
そして、ぴょんと跳ねた。
ぽよん。
ただそれだけだった。
ところが。
ポヨンが着地した場所から少し離れたところで、王国兵の一人が足を滑らせた。
「うわっ!」
倒れた兵士が、隣の兵士へぶつかる。
その兵士がさらに後ろへ倒れる。
数人が巻き込まれる。
そこへ、別の魔物が走り抜けた。
兵士たちの視線がそちらへ向く。
その瞬間、王国軍の中央にあった指揮用の旗が風に煽られ、地面へ落ちた。
「旗が落ちたぞ!」
「どこへ下がればいい!?」
「分からない!」
わずかな混乱。
しかし、それだけで十分だった。
前線の兵士たちが後退を始める。
後方の兵士たちは前進しようとする。
命令が届かない。
隊列が乱れる。
さらに、ポヨンの周囲にいた小型魔物たちが、その隙間へ自然と入り込んでいく。
攻撃するためではない。
ただ、敵の進路に偶然入り込む。
兵士たちは避ける。
避けた先に別の魔物がいる。
また避ける。
その結果、王国軍の隊列はさらに崩れていく。
「……何これ」
ノアは呆然とした。
「ポヨン様の能力による影響と思われます」
「直接攻撃してないのに、戦場が崩れていってる」
「はい」
ミレアが静かに答えた。
「ポヨン様は、戦場における『偶然の重なり』を有利な方向へ傾けている可能性があります」
ノアはポヨンを見る。
本人は何も分かっていない。
ただ楽しそうに跳ねている。
その姿を見て、ノアは思った。
「これ、敵からしたら一番嫌なタイプじゃない?」
その瞬間だった。
王国軍の中央から、巨大な魔力が膨れ上がった。
「まずい!」
ミレアが警告する。
「高密度魔力反応!」
王国軍の後方から、一台の巨大な魔道兵器が運び込まれてくる。
これまでの六基とは明らかに違う。
巨大な砲身。
複雑な魔法陣。
周囲に魔力を集めるための結晶が何本も配置されている。
「なんだ、あれ……」
ノアが息を呑む。
王国軍の指揮官、ヴァルガスが叫んだ。
「全魔力を集中しろ!」
「しかし、味方も巻き込みます!」
「構わん!」
ノアの表情が険しくなる。
「味方ごと撃つ気?」
ルナが前へ出た。
「私が止める」
「ルナ?」
「この国を守る」
王として覚醒したばかりの小さな身体から、巨大な魔力が立ち上がった。
四精鋭が反応する。
ガルドが中央へ戻る。
レグルが防御態勢に入る。
セラが魔力を集める。
ポヨンが、なぜかルナの足元へ駆け寄った。
そして、ぽよん。
ルナの前で一度だけ跳ねる。
その瞬間。
巨大魔道兵器の魔法陣に、ほんの小さな亀裂が走った。
「……え?」
ノアが目を見開く。
ミレアも黙った。
魔道兵器の魔力が一瞬だけ乱れる。
ルナはそれを見逃さなかった。
「今」
ルナが右前足を上げた。
「四人とも」
ガルド。
レグル。
セラ。
ポヨン。
四精鋭が同時に動いた。
「私たちの国を守って!」
ガルドが正面から突っ込む。
レグルが大地を踏み抜く。
セラが巨大な魔力を制御する。
ポヨンが跳ねる。
そしてルナの身体から、黒い魔力が溢れ出した。
四つの力が一つになる。
赤。
黒銀。
青白。
紫。
それぞれの光がルナの周囲へ集まり、巨大な魔力の輪を形成する。
『四守護権限――連携を確認』
『王権――発動』
古代施設だけでなく、洞窟全体へその文字が浮かび上がった。
そして。
王国軍が初めて目にする。
小さな黒い魔物の背後に、四体の巨大な力が立っている光景を。
その瞬間、ヴァルガスは理解した。
「……あれが」
声が震える。
「魔物たちを率いている……王か」
ルナは答えなかった。
ただ、静かに人間たちを見つめている。
その瞳には、もう幼いだけの魔物の面影はなかった。
自分の国を守る者の目だった。




