第93話 聖騎士団と、四体の精鋭
聖騎士団が一斉に動いた。
五十名ほどの兵士が隊列を崩さずに突っ込んでくる。前列には大盾を構えた重装騎士、その後ろには剣を持った騎士たち。そしてさらに後方には魔術師が並んでいる。前回の王国軍とは違い、動きに無駄がない。誰かが勝手に動くこともなく、それぞれが決められた役割を正確にこなしていた。
「なるほど……」
ノアは洞窟の入口からその様子を見ていた。
「ちゃんと訓練されてる」
「はい。前回とは明確に違います」
ミレアが答える。
「先頭部隊は敵の攻撃を受け止めるための盾役。中央部隊が突破。後方の魔術師が支援。さらに左右に別働隊が配置されています」
「最初から私たちを囲むつもりなんだ」
「そのようです」
ノアは少し笑った。
「じゃあ、こっちもそれに合わせよう」
ガルドが前へ出た。
「まずはガルド」
ノアが指示する。
「正面から受けて」
ガルドが斧を構えた。
次の瞬間、重装騎士の盾が迫る。
「押し潰せ!」
十人以上の騎士が一斉に突進した。
ガルドは逃げない。
斧を肩へ担いだまま、その場で待ち構える。
ドォンッ!
盾の壁とガルドが正面からぶつかった。
凄まじい衝撃が洞窟へ響く。
だが――。
ガルドは動かなかった。
「なっ……」
騎士たちの顔が引きつる。
逆に、盾を構えた騎士たちの足が後ろへ滑っていく。
「押せ!」
「無理だ!」
ガルドが一歩踏み込む。
それだけで盾の列が崩れた。
「うおおおっ!」
騎士が剣を振る。
ガルドは斧の柄で受け止め、そのまま横へ薙ぎ払った。
数人の騎士がまとめて吹き飛ぶ。
さらに別の騎士が背後から斬りかかる。
ガルドは身体を捻ってかわし、斧の石突きで鎧を打ち抜いた。
鈍い音が響く。
騎士がその場へ崩れ落ちた。
「速い……!」
「力だけじゃない!」
聖騎士たちの間に動揺が走る。
しかし、そこへ一人の男が飛び込んできた。
「下がれ!」
白銀の鎧を纏った大柄な騎士だった。
両手に巨大な剣を持っている。
「私が相手をする!」
ガルドが振り返る。
男が大剣を振り下ろした。
ガキィン!
ガルドの斧と大剣がぶつかる。
両者の間で火花が散った。
「……なるほど」
男が笑う。
「確かに強い」
「そっちもね」
ノアが遠くから見ている。
男は聖騎士団の中でも特に強いらしい。
だが、ガルドは以前とは違う。
ブレイズグリフォンとの配合によって得た【灼熱闘気】。
ブラッドオーガとの配合によって得た【闘争蓄積】。
戦いが長引くほど、ガルドの身体には戦闘の情報が蓄積されていく。
大剣が振られる。
ガルドが受ける。
次は横薙ぎ。
ガルドが避ける。
さらに突き。
斧で弾く。
「なるほど……」
ガルドの目が細くなる。
相手の動きが少しずつ読めるようになっていた。
「なら、終わりだ」
ガルドの身体から赤い闘気が噴き上がる。
【闘争蓄積】。
これまでに受けた攻撃。
相手の動き。
踏み込み。
武器の軌道。
それらが一つの攻撃へ集約される。
「なに……?」
大剣の騎士が構える。
次の瞬間。
ガルドが踏み込んだ。
ドゴォォォン!
斧と大剣が衝突する。
大剣が真ん中から折れた。
「な……」
男が目を見開く。
そのままガルドの肩が男の胸へぶつかる。
男の身体が宙へ浮き、洞窟の壁へ叩きつけられた。
動かない。
ガルドは追撃しなかった。
だが、戦闘不能なのは誰の目にも明らかだった。
「正面は任せたよ」
ノアが呟く。
しかし、聖騎士団はガルドだけを狙っているわけではなかった。
「左右から回り込め!」
騎士たちが動く。
狙いはノア。
ダンジョンマスターを倒せば戦況が変わる。
その判断自体は正しい。
だが――。
「レグル」
ノアが呼ぶ。
黒銀の巨体が一歩前へ出た。
ズンッ。
地面が震える。
さらにレグルの足元から銀色の光が広がった。
【大地装甲】。
洞窟の岩盤そのものとレグルの身体が繋がる。
「行け!」
騎士たちが一斉に攻撃する。
槍。
剣。
戦斧。
すべてがレグルへ集中した。
だが、傷一つつかない。
「硬すぎる!」
「構わん! 押し込め!」
騎士たちがさらに力を込める。
その瞬間、レグルが腕を振った。
ドンッ!
地面が震える。
攻撃によって蓄積された衝撃が、地盤を通して周囲へ伝わった。
騎士たちの足元が大きく揺れる。
「うわっ!」
隊列が崩れた。
レグルはその隙に一歩進む。
ただそれだけだった。
しかし、その一歩で数人の騎士が押し退けられる。
「近づけない!」
レグルは完全に壁になっていた。
ノアへ近づくことすらできない。
「じゃあ、魔法で崩せ!」
後方から声が飛ぶ。
魔術師たちが一斉に杖を掲げた。
「炎槍!」
「氷槍!」
「雷撃!」
複数の魔法が同時に放たれる。
ノアはセラを見る。
「お願い」
「はい」
セラが一歩前へ出た。
周囲に無数の魔力球が浮かび上がる。
炎の魔法が近づいた瞬間、その属性が崩れた。
炎が水へ変わる。
水が霧になる。
雷が光へ変わる。
氷がただの冷気へ変わる。
すべての魔法がセラの前で別の性質へ変換され、消えていく。
「何……?」
魔術師たちが呆然とする。
「魔法を……変えている?」
セラが手を伸ばす。
今度は逆だった。
敵が使った魔力を奪い、自分の魔力へ変換する。
さらにそれを別の属性へ組み替える。
「返します」
セラの周囲に浮かんでいた魔力球が一斉に動く。
無数の風刃が洞窟内を走った。
魔術師たちは慌てて防御結界を張る。
しかし、風刃は結界へ触れた瞬間、その魔力構造を変質させた。
結界が消える。
そのまま魔術師たちが吹き飛ばされる。
「魔術師部隊、壊滅!」
誰かが叫んだ。
戦況が大きく傾く。
だが、聖騎士団の副団長アリシアは動じていなかった。
「予想以上ですね」
彼女は静かに剣を抜いた。
周囲の騎士たちが道を開ける。
「ならば、私が行きます」
アリシアの身体から白い魔力が噴き出した。
ノアは思わず目を細める。
「強い」
ミレアが答える。
「確認。推定戦闘能力、これまで確認した人間の中では最高値です」
「じゃあ、誰と戦わせよう」
ノアは一瞬考えた。
ガルドはすでに敵の主力と戦っている。
レグルは防衛。
セラは魔術師への対処。
「ガルド!」
ノアが叫ぶ。
ガルドが振り返る。
「次はあの人!」
アリシアが歩いてくる。
「私ですね」
ガルドが斧を構えた。
アリシアも剣を構える。
両者が同時に踏み込んだ。
ガギィィン!
斧と剣が激突する。
今までとは違う衝撃だった。
ガルドが押し返される。
「……!」
ノアの表情が変わる。
アリシアはそのまま連続で斬り込んでくる。
速い。
ガルドも防ぐ。
一撃。
二撃。
三撃。
斧と剣が何度もぶつかる。
「ガルドが押されてる……」
「アリシアという個体は、身体能力だけでなく戦闘技術も非常に高いようです」
ノアは拳を握った。
だが、ガルドは笑っていた。
戦えば戦うほど、【闘争蓄積】が蓄積される。
相手の動きが分かってくる。
アリシアの剣筋。
踏み込み。
身体の軸。
攻撃の間隔。
少しずつ。
本当に少しずつ。
ガルドが対応し始める。
「そこだ!」
ガルドの斧がアリシアの剣を弾いた。
アリシアの目が見開かれる。
続けて斧が迫る。
アリシアは身体を捻って避ける。
だが、斧の風圧だけで鎧がへこんだ。
「なるほど……」
アリシアが距離を取る。
「戦うほど強くなるのですね」
「そうみたいだね」
ノアが答えた。
アリシアがノアを見る。
「あなたは、この魔物たちを理解している」
「当然でしょ」
「ならば、あなたを倒せば終わる」
アリシアが剣を構え直す。
白い魔力が刀身へ集まる。
次の攻撃が今までとは違うことを、ノアにも理解できた。
「ガルド!」
ノアが叫ぶ。
ガルドが構える。
アリシアが踏み込んだ。
その瞬間――。
ぽよん。
「……?」
ポヨンが跳ねた。
戦場の端にいたポヨンの灰色の身体が、ちょうどアリシアの視界へ入る。
アリシアの視線が、一瞬だけ動いた。
ほんの一瞬。
それだけだった。
だが、長年の訓練を積んだ騎士なら、その一瞬の視線の揺れが致命的になる。
ガルドは逃さなかった。
「今だ!」
斧が振り抜かれる。
アリシアは慌てて剣を戻す。
ガギィィン!
剣が大きく弾き飛ばされた。
さらにガルドの肩がぶつかる。
ドンッ!
アリシアの身体が地面を転がった。
だが、彼女はすぐに立ち上がる。
その顔にはまだ戦意が残っていた。
ノアはそこで手を上げた。
「もう十分」
ガルドが止まる。
アリシアがノアを見る。
「……なぜ止める?」
「あなたは強い。でも、もう勝負はついてる」
周囲を見る。
聖騎士団の主力はほとんど戦闘不能。
魔術師部隊も倒れている。
ガルドはまだ戦える。
レグルは無傷。
セラの魔力にも余裕がある。
そして何より、聖騎士団にはもう戦列を維持する力が残っていなかった。
「これ以上やれば、あなたも死ぬよ」
アリシアはしばらく黙っていた。
やがて剣を拾い上げる。
「……敗北、ですか」
「うん」
「認めましょう」
アリシアが剣を鞘へ戻した。
「聖騎士団は、あなたたちに敗れました」
その言葉と同時に、残っていた騎士たちも武器を下ろした。
今回も、王国軍は敗北した。
だが前回とは違う。
今回はただの兵士ではない。
王国が誇る聖騎士団が、真正面から戦い、そして敗れたのだ。
ノアはその事実を理解していた。
「ミレア」
「はい」
「次は……もっと大変そうだね」
「その可能性は高いです」
その足元で、ポヨンが何気なく跳ねた。
ぽよん。
ノアはそれを見て苦笑する。
「でも、今回はポヨンも少し役に立ったね」
「ぷる!」
ポヨンは嬉しそうに身体を揺らした。
ほんの一瞬、視線を動かしただけ。
それが戦況を変えるきっかけになった。
大きな幸運とは、必ずしも大きな出来事として現れるわけではない。
ほんの一秒。
ほんの一歩。
ほんの少しの判断。
そうした小さなズレが積み重なって、最後には大きな結果を生む。
ポヨンの幸運は、少しずつそんな形を見せ始めていた。




