第92話 王国が送り込んだ特別部隊
王国軍との戦いから五日が経った。
洞窟はすっかり落ち着きを取り戻していた。壊れた盾や槍はゴブリンたちによって回収され、使える金属は素材庫へ運び込まれている。魔導兵器の残骸についてはミレアが解析を進めており、一部には現在の王国では再現できない古い魔力回路が使われていることも分かってきた。
ノアはその報告を聞きながら、地下施設の素材庫を眺めていた。
「結構な量になったね」
「はい。前回の戦闘で得られた素材だけでも、配合用素材として利用できるものが複数あります」
「武器や防具まで配合に使えるの?」
「魔物との相性次第です。ただし、直接的な能力強化よりも、既存能力との組み合わせによって特殊な性質を付与できる可能性があります」
ノアは素材庫の奥に積まれた金属片を見る。
敵が持ってきたものをそのまま使うつもりはない。だが、せっかく手に入れた資源だ。使えるものなら、できるだけダンジョンの成長に回したい。
「次は誰を強化する?」
「現在の戦力構成を考えるなら、ポヨンの能力について調査することを推奨します」
「ポヨン?」
「はい。戦闘能力そのものではなく、周囲で発生する偶発事象への影響が無視できない規模になっています」
ノアは少し考えた。
「でも、ポヨンを無理に配合するのは嫌だな」
これまでの配合で、ガルド、レグル、セラは明確な方向性を持って強くなった。
攻撃。
防御。
魔力。
どれも分かりやすい。
しかしポヨンだけは違う。
何をどう強化すればいいのか分からない。
そもそも、ポヨンの幸運が本当に能力なのかすら、まだ完全には判明していない。
「無理に変える必要はないと思う」
「同意します」
「今のポヨンは今のままが一番面白いし」
「その評価には疑問がありますが、現状維持という判断には合理性があります」
その会話を聞いていたポヨンが、二人の間へ入ってきた。
灰色の丸い身体。
短い手足。
大きな目。
身体には、紫色の魔力が薄くまとわりついている。
「ぷる?」
「うん。今日は配合しないよ」
「ぷる!」
ポヨンが嬉しそうに跳ねた。
ぽよん。
その瞬間、近くに置いてあった木箱が少し揺れた。
中から小さな魔石が一つ転がり出る。
カラン。
「……」
ノアは魔石を見る。
「ポヨン」
「ぷる?」
「今のは偶然?」
「ぷる」
「まあ、そうだよね」
ノアは魔石を拾い上げた。
しかし、今回はそれ以上気にしなかった。
それより重要なのは、王国側の動きだった。
「クロウは?」
「先ほど戻りました。入口周辺に人間の姿は確認されていないとのことです」
「まだ来てないんだ」
「ただし、遠方で大規模な魔力反応を一度確認しています」
ノアの表情が変わる。
「いつ?」
「今朝です」
「……そろそろかな」
前回の王国軍は、完全に敗北した。
それでも王国が諦めるとは思っていなかった。
問題は、次に何を送り込んでくるかだ。
ノアは地下施設へ戻り、残っている召喚石を取り出した。
「ミレア」
「はい」
「もう一度、召喚する」
召喚石が光る。
魔法陣が床へ広がった。
「今回は……レグルに合う魔物」
青白い光が強くなる。
そして魔法陣の中央に、一体の魔物が姿を現した。
巨大な甲羅。
四本の太い脚。
頭部には短い角。
岩石のような皮膚を持つ、巨大な亀型魔物だった。
「鑑定」
「種族――グランドタートル。防御適性、非常に高い。固有能力――【地脈同調】」
「地脈同調?」
「周囲の地面と魔力的に同調し、自身の防御力を大幅に高める能力です。また、地面から受けた衝撃を吸収することもできます」
ノアはレグルを見る。
「かなり相性が良さそう」
「適合率、九十三パーセント」
「高いね」
レグルがグランドタートルを見る。
しばらく互いに見つめ合う。
やがてグランドタートルが低く唸った。
レグルも短く唸り返す。
「……じゃあ、お願い」
ノアは配合炉を起動した。
グランドタートルの身体が光へ変わる。
巨大な甲羅が崩れ、無数の魔力粒子となってレグルへ流れ込んでいく。
レグルの黒銀の身体が震えた。
「魔力反応上昇」
ミレアが報告する。
「既存能力との融合を確認」
地面が震える。
レグルの足元から、薄い光の線が広がっていった。
洞窟の床。
壁。
さらにその奥にある岩盤。
すべてがレグルと繋がっていくように見える。
「すごい……」
ノアが息を呑む。
「新能力を確認しました」
ミレアが続ける。
「【大地装甲】」
「どんな能力?」
「地面と接している限り、レグルの防御性能がさらに上昇します。また、受けた衝撃の一部を地盤へ逃がすことが可能です」
「じゃあ、洞窟の中ならものすごく強くなるってこと?」
「その認識で問題ありません」
ノアは笑った。
「それ、ダンジョンの守護役として最高じゃん」
レグルが低く唸る。
その声に合わせるように、洞窟の床がわずかに震えた。
「……地面まで反応してる」
「レグルの魔力が地下構造と同調しています」
「これは頼りになるね」
そのときだった。
クロウが突然、入口方向へ走り出した。
「クロウ?」
数秒後。
低い唸り声が響く。
ノアの表情が変わった。
「来た?」
クロウが戻ってきて頷く。
「何人?」
クロウが地面へ爪を立てる。
そして何度も叩いた。
「……多い?」
頷く。
ミレアが即座に反応する。
「接近する人間の数、およそ五十名」
「五十……」
前回より少ない。
しかし、ノアは安心しなかった。
「魔力反応は?」
「非常に強い個体を三つ確認しています」
「三つ?」
「はい。通常の騎士とは比較になりません」
ノアは理解した。
人数を減らして、その分だけ質を上げたのだ。
「王国も考えてきたね」
ノアは立ち上がった。
「ガルド、レグル、セラを集めて」
四体が集まる。
ポヨンもついてきた。
「今回は、前みたいに大勢を相手にする必要はなさそう」
ノアは入口を見る。
「でも、攻撃してきたら容赦しない」
ガルドが斧を握る。
レグルが一歩前へ出る。
セラの周囲に魔力球が浮かび上がる。
そしてポヨンは、ノアの足元で静かに座っていた。
洞窟の外。
五十名ほどの集団が、ゆっくりと進んでいた。
先頭にいるのは、通常の騎士ではない。
白銀の鎧を纏った三人の男女。
中央に立つのは、一人の女性だった。
長い金髪。
白銀の鎧。
腰には細身の剣。
その身体からは、他の騎士とは比較にならないほど強い魔力が漏れている。
「ここが……例のダンジョンですか」
女性が洞窟を見上げる。
隣に立つ男が答える。
「はい。前回の討伐隊を壊滅させた場所です」
「壊滅、ではないでしょう」
女性が淡々と言った。
「生き残った者もいる」
「ですが、三十一名が死亡しています」
「ならば、その犠牲を無駄にしないことです」
女性は洞窟へ視線を向ける。
「私は王国聖騎士団、副団長アリシア。これより、このダンジョンを制圧します」
その声が洞窟の中まで響いた。
ノアはその声を聞き、少しだけ目を細めた。
「聖騎士団……」
「はい」
ミレアが答える。
「王国軍の中でも上位に位置する戦力です」
「じゃあ、強いんだ」
「非常に強いと思われます」
ノアは笑った。
「ちょうどいいね」
「何がでしょうか?」
「ガルドたちの今の強さを試せる」
そしてノアは入口へ向かって歩き出した。
今回は、こちらから出迎える。
洞窟の入口に姿を現したノアを見て、アリシアが目を細める。
「あなたがダンジョンマスターですね」
「そうだよ」
「王国に従う意思は?」
「ないよ」
即答だった。
「この土地を明け渡すつもりもありません」
「ならば、戦うしかありませんね」
「そうだね」
ノアは背後を見る。
ガルド。
レグル。
セラ。
そして、灰色の丸い身体をしたポヨン。
四体の姿を確認したアリシアの表情が変わる。
「……あれが、報告にあった魔物たち」
「そう」
「ならば、こちらも遠慮はしません」
アリシアが剣を抜いた。
白銀の刀身が光る。
「全軍、戦闘準備」
五十名の兵士が一斉に武器を構える。
ノアも手を上げた。
「迎撃するよ」
ガルドが踏み出す。
レグルが地面へ足を置く。
セラの周囲に魔力が集まる。
そしてポヨンが一度だけ跳ねた。
ぽよん。
両軍の間に、静かな緊張が走った。
次の瞬間。
聖騎士団が、一斉に突撃した。




