第89話 王国騎士団との戦い
洞窟の入口に、無数の魔法陣が浮かび上がった。王国騎士団の魔法使いたちが一斉に詠唱を終え、青、赤、黄色の光が洞窟の壁を照らしている。その数は昨日の調査隊とは比較にならない。魔法使いだけで十人近く、それを守るように重装備の騎士たちが並び、その後ろには弓兵まで控えていた。
ノアは洞窟の奥からその光景を見つめていた。
「……本当に全員で来たんだ」
「戦力は昨日の約二倍です。さらに、装備の質も上がっています」
ミレアの声は落ち着いている。
「正面から戦えば、洞窟への被害も大きくなるでしょう」
「だから、こっちから突っ込まない」
ノアは周囲を見る。弱い魔物たちはすでにクロウたちによって奥へ移動している。水場のスライムも、ゴブリンたちも、コウモリも、今回の戦いに巻き込まれることはない。
残っているのは、ノアと四体の精鋭だけだった。
「まずは、相手の攻撃を受け止める」
ノアが言う。
「それから、追い返す」
ガルドが斧を握った。
レグルは静かに前へ出る。
セラは杖を構え、洞窟内の魔力を細かく調整している。
ポヨンだけは、ノアの足元でいつも通りぷるぷるしていた。
「……ポヨンは勝手に動かないでね」
「ぷる」
返事だけは素直だった。
その直後。
「放て!」
人間側から声が響いた。
十個近い魔法陣が一斉に輝く。
炎。
氷。
風。
雷。
それぞれ異なる属性の魔法が洞窟へ飛び込んできた。
「レグル!」
ノアが叫ぶ。
レグルが両腕を広げる。
次の瞬間、巨大な身体へ魔法が次々と直撃した。
ドォンッ!
ゴォォン!
バリバリッ!
洞窟全体が揺れる。
土煙と蒸気が一気に広がった。
「どうだ!」
人間側から声が上がる。
だが、煙の中からレグルが現れた。
ほとんど動いていない。
身体の表面にいくつか傷はあるものの、致命傷にはほど遠かった。
「な……」
騎士たちがざわめく。
レグルの身体に銀色の線が浮かび上がる。
「ミレア」
「確認しました。受けた衝撃の一部を分散。同時に、内部へ蓄積しています」
「つまり、まだ強くなる?」
「はい」
ノアは人間側を見る。
「次はこっち」
レグルが前へ踏み出した。
ドンッ!
洞窟の床が沈む。
「構えろ!」
騎士たちが盾を並べる。
レグルの拳が振り抜かれた。
ガァンッ!
最前列の盾が大きくへこむ。
だが、騎士たちは踏みとどまった。
「耐えろ!」
「押し返せ!」
十人以上の騎士が力を合わせ、レグルを押し戻そうとする。
レグルの足は動かない。
そのまま、ゆっくりと拳を引いた。
「まずい!」
誰かが叫んだ。
レグルの腕に銀色の光が集まっていた。
受けた攻撃の衝撃が蓄積されている。
ノアはそれを見て、すぐに判断した。
「レグル、半分だけ!」
レグルが拳を振る。
ドゴォォン!
盾の列が一気に崩れた。
騎士たちは吹き飛ばされたが、レグルは追撃しなかった。
ノアの指示通り、力を抑えている。
「これ以上はやりすぎだね」
ノアは息を吐いた。
人間側の指揮官が前へ出る。
「魔法部隊、あの後ろの女を狙え!」
ノアを指差している。
「私?」
ノアの顔が引きつった。
「当然の判断です。指揮官を倒せば魔物の動きも乱れる」
敵の魔法使いたちが一斉にノアへ杖を向ける。
「セラ!」
「はい、ノア様」
セラが一歩前へ出た。
その瞬間、洞窟内の魔力の流れが変わった。人間側の魔法使いたちが一斉に顔をしかめる。
「詠唱が……」
「魔力がうまく集まらない!」
「どうなっている!?」
セラは直接攻撃していない。ただ、周囲の魔力を細かく操作している。魔法使いたちが集めようとした魔力が、必要な場所へ届かない。
「魔力制御……ここまで使えるんだ」
ノアが呟く。
「セラの魔力制御能力が向上しています。現在は周辺の魔力循環そのものに干渉しています」
「すごいね」
セラは少し嬉しそうに微笑んだ。
「ノア様を狙う魔法は、すべて止めます」
その言葉に、人間側の指揮官が顔を歪める。
「ならば物理攻撃だ!」
騎士たちが一斉に走り出した。
「ガルド!」
ノアが叫ぶ。
ガルドが前へ出る。
斧に炎が集まった。以前の灼熱闘気とは明らかに違う。炎が赤黒く圧縮され、刃の周囲で渦を巻いている。
「行け!」
騎士が槍を突き出す。
ガルドが斧を横薙ぎに振った。
ゴォンッ!
炎の衝撃波が発生し、騎士たちをまとめて押し返した。
「うわぁっ!」
数人が地面を転がる。
しかし、ガルドはそれ以上追わない。
ノアが指示していたからだ。
「殺さないで!」
ガルドが斧を止める。
騎士たちは立ち上がろうとするが、足が震えている。
そのとき、指揮官が剣を抜いた。
「全員、私に続け!」
他の騎士より明らかに速い。その男は一人でガルドへ突っ込んできた。
剣が振り下ろされる。
ガキィン!
ガルドの斧が受け止めた。
「……ほう」
指揮官が笑った。
「この魔物、力だけではないな」
ガルドが押し返す。
指揮官は一歩下がった。
「隊長!」
「手を出すな!」
男はガルドだけを見ていた。
「こいつは私が相手をする」
ガルドが低く唸る。
ノアは少し驚いた。
「強い」
「昨日の調査隊長より戦闘能力は大幅に高いです」
ミレアが分析する。
「推定ですが、王国騎士団の中でも上位に位置する戦士でしょう」
男が剣を構え直す。
「私は王国騎士団第三隊副隊長、ヴァルドだ。魔物相手に名乗る必要はないだろうが、これだけの戦いなら礼儀は必要だ」
ノアは思わず目を瞬いた。
「……律儀な人だね」
「ノア様、感心している場合ではありません」
「分かってる」
ガルドとヴァルドが同時に踏み込んだ。
斧と剣がぶつかる。
ガギィン!
火花が散る。
ガルドが斧を振る。
ヴァルドが避ける。
今度はヴァルドが踏み込み、剣を突き出す。
ガルドが身体を捻って避けた。
「速い!」
ノアが思わず声を上げる。
単純な力ならガルドが上だ。
だが、ヴァルドは技術と速度で食らいついている。
「なるほど……」
ノアは戦いを見つめる。
「ガルドにとって、いい相手かもしれない」
ガルドの斧がヴァルドの剣を弾く。
ヴァルドの肩が開く。
そこへガルドが踏み込む。
しかし、ヴァルドはわずかに身体を沈めた。
斧が頭上を通り抜ける。
「もらった!」
ヴァルドの剣がガルドの脇腹へ迫る。
だが――。
ガルドが笑った。
斧を振り抜いた勢いを利用して、身体そのものを回転させる。
剣を避ける。
そして反対側から、炎を纏った斧が戻ってきた。
「なっ!」
ヴァルドが剣で受ける。
ドゴォン!
ヴァルドの身体が後方へ吹き飛んだ。
だが、倒れない。
地面を転がりながら体勢を立て直した。
「……化け物か」
ヴァルドが息を吐く。
ガルドがゆっくり歩いてくる。
その身体から赤い炎が立ち上っている。
「ガルド、止まって」
ノアが声をかける。
ガルドが止まった。
ヴァルドは剣を下ろした。
「……これ以上やれば、こちらの被害が大きくなる」
ノアは少し驚いた。
「話が分かる人だね」
「副隊長!」
「撤退する」
ヴァルドは即座に判断した。
「今回の目的は、このダンジョンの戦力確認だ。目的は達成した」
ノアは警戒しながらも、追撃は命じなかった。騎士たちが少しずつ後退していく。
そのときだった。
ポヨンが突然、ノアの足元から飛び出した。
「ポヨン?」
ぽよん。
ポヨンは戦場の中央へ跳ねていく。
「ちょっと!」
ノアが止めようとする。しかし、ポヨンはそのままヴァルドの前を横切った。
ヴァルドが一瞬だけ足を止める。
「……?」
その瞬間、背後から撤退していた騎士が足を滑らせた。
「うわっ!」
倒れた騎士が持っていた旗が地面へ落ちる。旗が転がり、洞窟入口に立てかけられていた荷車の車輪へ引っかかった。
ガタン!
荷車が傾く。
積んであった魔法具が一つ、地面へ落ちた。
パリン!
魔法具が壊れ、内部の魔力が一瞬だけ暴発する。
バチッ!
その閃光に騎士たちが驚いて足を止めた。結果として、撤退の列が完全に止まった。
ノアは呆然とする。
「……何してるの、ポヨン」
「ぷる?」
だが、その偶然のおかげでノアは気づいた。人間たちの後ろに、まだ一人残っている。隠密用の装備を身につけた男が、洞窟の奥へ入り込もうとしていた。
「……あれは?」
ミレアが即座に答える。
「斥候です。戦闘中に一人だけ別行動していたようです」
ノアの表情が変わった。
「クロウ!」
暗闇からクロウが飛び出した。
斥候の前へ回り込む。
「なっ!」
斥候が驚いて後退する。クロウは唸るだけで攻撃しない。そこへノアが歩いていく。
「何をしてるの?」
斥候は黙っている。
ノアはため息をついた。
「勝手に入るなら、せめて堂々と入ってきてよ」
男はしばらくノアを見たあと、短く答えた。
「内部構造を確認する任務だった」
「残念だったね」
ノアが笑う。
「見つかったよ」
斥候は悔しそうに顔を歪めた。
そしてヴァルドが遠くから声を上げる。
「戻れ!」
斥候はすぐに仲間の元へ戻った。騎士団は今度こそ洞窟から撤退していく。ノアはその背中を見送りながら、少しだけ考え込んだ。
「……戦力を見に来ただけじゃなかった」
「はい。内部調査も目的だったと思われます」
「つまり、次はもっと準備してくる」
「その可能性が高いです」
ノアは配合炉を見る。
召喚石はまだ残っている。
魔石もある。
そして、まだ強化できる余地がある。
「なら、こっちも準備しないとね」
ガルドが斧を担ぐ。
レグルは静かに立っている。
セラは魔力を整えながらノアを見る。
ポヨンは何事もなかったように、ノアの足元へ戻ってきた。
「今回はポヨンが戦いを終わらせたわけじゃない」
ノアはポヨンを見下ろす。
「でも、あの斥候を見つけるきっかけにはなった」
「ぷる!」
「……まあ、そういうところが幸運なのかもね」
ノアは苦笑した。
そして洞窟の奥へ戻りながら、次の配合について考え始めた。人間側は、まだ諦めていない。ならばこちらも、ただ待っているわけにはいかない。
次に召喚石を使うときは、誰を強化するか。
どんな力を引き継がせるか。
ノアは配合炉の前で立ち止まり、残っている召喚石を見つめた。
「次は、誰が出てくるかな」
洞窟の外では、王国騎士団が撤退していく。
だが、その先頭を歩くヴァルドは、一度だけ振り返った。
「……あのダンジョンは、放置できない」
その手には、ノアたちが気づかなかった小さな黒い石が握られていた。
そして王国へ戻った彼らは、次の作戦を立て始めることになる。




