第87話 王国調査隊
洞窟の入口に現れた人間たちは、全部で十六人だった。先頭に立っているのは四十代ほどの鎧を着た男で、その後ろに剣士が六人、槍使いが三人、魔法使いが四人、そして荷物を持った者が二人いる。装備は統一されており、冒険者というよりは明らかにどこかの組織に所属した兵士に近い。
ノアは物陰から彼らの様子を観察していた。人間たちは洞窟の入口から少し進んだところで立ち止まり、周囲を警戒している。まだこちらの存在には気づいていないようだった。
「思ったより多いね」
「装備から判断すると、戦闘を想定した調査隊と思われます」
「やっぱり、魔力反応を調べに来たのかな」
「可能性は高いです」
ノアは少し考える。こちらにはガルド、レグル、セラ、ポヨンがいる。クロウたちも暗闇の中に潜んでいる。戦力だけなら、今までとは比較にならない。しかし、だからといって最初から全力で人間を倒す必要はない。
相手が何を求めているのか。それを知ることが先だった。
ノアは物陰から出た。
「そこで止まって」
声が響いた瞬間、人間たちが一斉に武器を構えた。
「敵襲!」
「魔物だ!」
「違う!」
先頭の男が部下を制した。
「待て。あれは魔物ではない」
男の視線がノアへ向けられる。
「人間……?」
「そうだけど」
ノアは両手を軽く上げた。
「ここから先は私の管理する場所。何をしに来たの?」
男はしばらくノアを見つめたあと、警戒を解かずに答えた。
「王国調査隊だ。我々は、この地域で観測された異常な魔力反応を調査するために派遣された」
「王国?」
ノアの目が細くなる。
古代記録に残っていた王国騎士団という言葉が頭をよぎった。
「この洞窟の魔力反応が原因だと思ってるの?」
「少なくとも、この周辺で異常な魔力が発生しているのは事実だ。さらに最近、この洞窟から大量の魔石が採掘されているという報告もある」
「誰から聞いたの?」
「周辺の冒険者からだ」
ノアは少し黙った。
当然といえば当然だった。魔石の採掘量が増えれば、外にも情報が流れる。自然発生した魔物が増え、洞窟の魔力が濃くなっている以上、いつか人間側に気づかれることは分かっていた。
男が続ける。
「我々はこの洞窟の内部を調査する。危険な魔物がいるなら討伐し、魔石や危険物があるなら回収する」
「それは困る」
「なぜだ?」
「ここは私のダンジョンだから」
男の表情が変わった。
「……ダンジョンマスターか」
「そう」
周囲の兵士たちがざわめく。
「人間のダンジョンマスター?」
「そんな話、聞いたことがないぞ」
「本当に人間なのか?」
ノアは気にせず男を見つめた。
「調査するだけなら、入口付近までなら許してもいい。でも、魔石を持っていったり、魔物を勝手に倒したりするのは認めない」
「それは我々に引き返せと言っているのか?」
「そういうこと」
しばらく沈黙が続いた。
男は周囲を見回した。暗闇の中には何も見えない。しかし、確かに何かがいる。クロウたちは姿を隠しているし、ガルドとレグルもまだ前へ出ていない。
それでも男は、この洞窟が普通ではないことを理解していた。
「こちらも仕事で来ている。簡単に帰るわけにはいかない」
「なら、どうする?」
「まず、魔力反応の原因を確認する。その後、この洞窟を王国の管理下に置く必要があるか判断する」
「管理下?」
ノアの声が低くなった。
「つまり、ここを私から取り上げるってこと?」
「必要ならば」
その言葉が響いた瞬間、背後から重い足音が聞こえた。
ドン。
人間たちが振り返る。
暗闇の中からレグルが姿を現した。
黒銀の巨体。
身体に走る銀色の線。
人間たちは一斉に息を呑んだ。
「……なんだ、あれ」
「巨大な魔物……」
「前衛、構えろ!」
兵士たちが盾を構える。
レグルは何もせず、ただノアの後ろに立った。
それだけで空気が変わった。
男はレグルを見たあと、ノアへ視線を戻した。
「これも、お前の配下か」
「そうだよ」
「……なるほど」
男が剣を抜いた。
「ならば、実力を確認させてもらう」
「え?」
「この洞窟を管理する資格があるかどうか、それを判断するには戦力を確認する必要がある」
「いや、そういう話じゃ――」
「魔法部隊!」
男の声と同時に、後方の魔法使いたちが一斉に杖を構えた。
ノアの表情が固まる。
「ちょっと待って!」
しかし、すでに遅かった。
「火炎弾!」
四つの火球がレグルへ向かって飛ぶ。
ノアは思わず叫んだ。
「レグル!」
レグルが一歩前へ出た。
ドォンッ!
四つの火球が同時に直撃する。
爆炎が洞窟の入口を覆った。
「やったか!?」
兵士の一人が叫ぶ。
だが、煙の向こうから巨大な影が動いた。
レグルだった。
黒銀の身体には、ほとんど傷がない。
それどころか、身体に走る銀色の線が赤く輝いていた。
「……無傷?」
魔法使いの一人が呟く。
ミレアが静かに分析する。
「魔法攻撃による衝撃の一部を防御能力が分散しています。ただし、火属性による熱量は完全には無効化できていません」
「つまり、ちゃんと効いてはいるんだ」
「はい。しかし、現状の攻撃では突破は困難です」
ノアは人間たちを見る。
「だから戦いたくなかったのに」
レグルが一歩踏み出す。
ドン。
その足音だけで、数人の兵士が後退した。
先ほどの攻撃でレグルの内部には衝撃が蓄積されている。
ノアはそれに気づいた。
「レグル、まだ攻撃しないで」
レグルが止まる。
「まずは一回だけ、見せてあげて」
ノアは人間たちを指差した。
「あなたたちの攻撃が、どれくらい通じないのか」
レグルが拳を握る。
次の瞬間、地面を踏み込んだ。
ドンッ!
巨体が一気に前へ出る。
「盾を構えろ!」
兵士たちが慌てて盾を並べる。
レグルの拳が振り抜かれた。
ガァンッ!
盾と拳がぶつかった瞬間、前列の兵士たちがまとめて後方へ吹き飛ばされた。
だが、レグルは追撃しない。
倒れた兵士たちは、幸いにも大きな怪我をしていなかった。
「……なんだ、この力は」
先頭の男が目を見開く。
ノアは静かに告げる。
「これが私のダンジョンの力」
その言葉に、男の表情が変わった。
しかし、彼は退かなかった。
「魔法部隊、第二射!」
「まだやるの!?」
ノアが呆れた声を上げる。
魔法使いたちが再び魔力を集める。
だが、その瞬間。
セラが一歩前へ出た。
「ノア様」
「セラ?」
「私に任せてください」
セラが杖を掲げる。
周囲の魔力が静かに動き始めた。
人間側の魔法使いたちが驚く。
「魔力が……」
「こちらの魔力を奪われている?」
「違う」
ノアはセラを見つめた。
セラは魔力を奪っているのではない。
洞窟全体に流れている魔力を正確に整理している。
人間たちが放とうとしていた魔法の周囲に、薄い魔力の膜が形成された。
「発動する前に、流れを変えました」
セラが静かに言う。
次の瞬間、人間たちの魔法が一斉に消えた。
「なっ……」
「魔法が、消えた?」
セラは杖を下ろす。
「攻撃する必要はありません」
人間たちは完全に動きを止めた。
ノアはその光景を見ながら、改めて思った。
ガルドは圧倒的な攻撃力。
レグルは突破困難な防御力。
そしてセラは、魔法そのものを自在に操る。
四体を強化してきた意味が、今になってはっきり分かった。
そのとき、洞窟の奥からポヨンが跳ねてきた。
「ぽよん」
場違いな音が響く。
「ポヨン、今は出てこないほうが……」
ノアが言いかけた瞬間、ポヨンが人間たちの足元を通り抜けた。
兵士の一人が驚いて一歩下がる。
「うわっ!」
その足が別の兵士の足に引っかかった。
「おっと!」
さらにその兵士が隣の魔法使いへぶつかる。
「危ない!」
魔法使いが杖を落とした。
杖は地面を転がり、先頭の男の足元で止まった。
男がそれを拾おうと屈んだ瞬間、洞窟の天井から小さな石が落ちてきた。
コツン。
「……」
誰も動かない。
ノアも動かない。
ポヨンだけが、何も知らない顔でぷるぷるしている。
男はゆっくり立ち上がった。
「……撤退する」
部下たちが驚く。
「隊長?」
「これ以上は必要ない。こちらが攻撃を続けても、被害が増えるだけだ」
男はノアを見る。
「だが、これで終わりではない」
「分かってる」
「この洞窟には、王国が調査するだけの価値がある」
「だからって、勝手に入ってこないで」
男は答えず、部下たちへ撤退を命じた。
兵士たちが少しずつ入口へ向かう。
ノアは追わなかった。
今回の目的は、人間を殺すことではない。
この洞窟を守れることを示すことだった。
最後に男が振り返る。
「次に来る者は、今日のような調査隊とは限らない」
ノアはその言葉を聞いて、静かに頷いた。
「じゃあ、次までにもっと強くなっておくよ」
男はそれ以上何も言わず、洞窟を出ていった。
人間たちの足音が遠ざかる。
やがて完全に聞こえなくなった。
「……終わった?」
ノアが呟く。
「はい」
ミレアが答える。
「ただし、今回の戦闘によって人間側はこの洞窟を危険区域として認識した可能性が高いです」
「だよね」
ノアはため息をついた。
だが、不思議と怖くはなかった。
ガルドを見る。
レグルを見る。
セラを見る。
そしてポヨンを見る。
「まだまだ強くならないとね」
ノアは配合炉へ視線を向けた。
召喚石は、まだ残っている。
魔石もある。
配合炉も使える。
「次はガルドをもう一段階強くする」
ガルドが嬉しそうに斧を鳴らした。
「その次はセラ。ポヨンも……まあ、何か起きるでしょ」
「ぷる!」
ノアは苦笑した。
人間側が次に何をしてくるのかは分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
今度は、こちらから戦う準備をしなければならない。
そしてその頃、洞窟から遠く離れた街では、先ほどの調査隊が王国の上層部へ報告を始めていた。
「ダンジョンマスターを確認しました」
「人間だったのか?」
「はい。そして――」
隊長は一度言葉を止める。
「我々だけでは、あのダンジョンを攻略できません」
その報告を聞いた男が、ゆっくりと立ち上がった。
「ならば、次は討伐隊を送る」
こうして、人間側も本格的に動き始めた。




