第84話 魔力を操る者
地下施設へ戻ったノアは、素材庫の前に並べた素材をもう一度確認していた。
月喰い花の花弁。
月光魔力液。
高純度魔力結晶。
さらに、これまでの探索で手に入れた魔力鉱石や、魔力を蓄える性質を持つ植物素材。
どれも普通の魔物なら、一つ使うだけでも十分な価値がある素材だ。
それを今回は、セラのために惜しみなく使う。
「これだけあれば、かなり強くできそう」
ノアが呟くと、ミレアが素材を確認する。
「はい。現在のセラ様の魔力量を基準にした場合、大幅な強化が期待できます」
「でも、今回は魔力量だけを増やしたくないんだよね」
「先ほどお話しされていた、魔力操作能力ですね」
「うん」
ノアはセラを見る。
セラは静かに配合炉の前に立っていた。
「セラは今でも魔法が得意だけど、魔力量が増えれば全部解決するわけじゃないと思う」
「その通りです」
ミレアが答える。
「魔力量が多くても、それを効率よく扱えなければ、実戦では無駄が生じます。逆に、少ない魔力を高精度で操作できれば、同じ魔力量でも発揮できる力は大きく変わります」
「だから、セラはそっち」
ノアは月喰い花の花弁を手に取った。
「月喰い花は、魔力を吸収して蓄える」
次に月光魔力液。
「これは魔力を安定させる」
そして高純度魔力結晶。
「これは大量の魔力を持ってる」
ノアは三つを並べる。
「この三つを組み合わせれば、魔力を増やしながら、魔力を操る力も強化できるはず」
「理論上は可能です」
「理論上?」
「配合結果は素材同士の相性だけで決まるわけではありません。対象となる魔物自身の性質も影響します」
ミレアがセラを見る。
「セラ様がどのような魔物として変化するかは、配合が終わるまで完全には分かりません」
ノアは少し笑った。
「それが配合の面白いところだよね」
セラも静かに笑った。
「私も楽しみです」
「怖くない?」
「ノア様が考えてくださった配合なら、問題ありません」
「その言い方、ちょっとプレッシャーなんだけど」
ノアが苦笑すると、セラは少しだけ首を傾げた。
「では、失敗しても大丈夫です」
「いや、それは困るよ」
「ふふ」
セラが笑う。
以前のセラなら、ここまで自然に冗談を返すことはなかった。
配合によって知性や性格まで変化する可能性がある。
それはノアも知っている。
だからこそ、今回の配合では能力だけでなく、セラ自身がどう変わるのかも気になっていた。
「じゃあ、始めよう」
ノアが配合炉へ魔力を流す。
ゴォォォ……。
炉の内部に青白い光が灯った。
まず、月喰い花の花弁が浮かび上がる。
薄紫色の花弁が一枚ずつ宙へ舞い、その表面に宿っていた魔力が細い糸のように伸びていく。
次に月光魔力液が入った容器が震えた。
瓶の中の液体がゆっくりと浮かび上がり、無数の光の粒へ変わっていく。
「綺麗……」
ノアが思わず呟く。
光の粒は花弁へ吸い込まれた。
すると、花弁が淡い銀色へ変化する。
「魔力濃度が上昇しています」
ミレアが報告する。
「高純度魔力結晶も反応しています」
炉の中央で、高純度魔力結晶が浮かび上がった。
強烈な魔力が周囲へ広がる。
普通なら、そのまま暴走してもおかしくないほどの魔力量だった。
だが、月喰い花の花弁がその魔力を吸収していく。
「吸ってる……」
「月喰い花の性質です。周囲の魔力を吸収し、自身の内部へ蓄積しています」
「そのままセラに流す」
「はい」
ノアは魔力を調整する。
強すぎても駄目。
弱すぎても素材同士が融合しない。
配合炉の中で三つの素材が徐々に一つへ近づいていく。
そのときだった。
セラの身体が淡く光った。
「え?」
ノアが目を見開く。
「セラ自身が反応しています」
ミレアの声が少し強くなる。
「対象の魔力特性が素材へ干渉しています」
「セラが素材を引っ張ってるの?」
「そのようです」
セラの周囲に魔力が集まっていく。
しかも、ただ集まっているだけではない。
細い糸。
太い流れ。
小さな渦。
それぞれが独立した動きをしている。
「……すごい」
ノアは思わず見入った。
セラは目を閉じたまま、無意識に魔力を操っている。
右側に流れた魔力が、一度身体の周囲を回り、そのまま左側へ移動する。
左側の魔力は逆方向へ回り、中央で合流する。
複数の魔力の流れが互いに干渉することなく、正確に動いていた。
「これ……全部、セラが操作してるの?」
「はい」
「まだ配合途中なのに?」
「元々持っていた魔力操作能力が、素材との共鳴によって強く引き出されています」
ノアは笑った。
「これならいける」
ノアが魔力をさらに流す。
ゴォォォン!
配合炉が大きく震えた。
高純度魔力結晶が砕ける。
大量の魔力が一気に解放された。
「ノア様!」
セラが目を開いた。
「大丈夫!」
ノアは魔力を制御する。
だが、魔力の量が多すぎる。
「ミレア!」
「制御が追いついていません!」
「だったら――」
ノアがセラを見る。
「セラ、吸収できる?」
「はい」
セラが両手を広げた。
瞬間。
暴走しかけていた魔力が、一本の流れへ変わった。
巨大な魔力の奔流が、セラの身体へ吸い込まれていく。
「……!」
ノアは目を見開いた。
セラの周囲を走っていた魔力の流れが、一つ、二つ、三つと分かれていく。
そして、それぞれが最適な経路を選ぶように身体の中へ流れ込んでいく。
「すごい……」
ミレアが呟く。
「魔力の自動分配が始まっています」
「自動分配?」
「はい。これまでのセラ様は、自身の意志で魔力を操作していました。しかし現在は、無意識下でも魔力の流れを最適化しています」
「つまり……」
「魔力を無駄にしにくい身体になっています」
ノアは嬉しそうに笑った。
「狙い通りだ」
だが、その直後。
配合炉の奥から、さらに強い魔力反応が発生した。
ズンッ!
地下施設全体が揺れる。
「まだ終わってない?」
「配合反応が継続しています」
月喰い花の残った花弁が、一斉に砕けた。
無数の銀色の光がセラの身体へ吸い込まれる。
その瞬間、セラの髪がふわりと浮いた。
身体の周囲に薄い銀色の魔力がまとわりつく。
「セラ!」
「大丈夫です」
セラの声は落ち着いていた。
「むしろ……今までより、魔力が近くにあるように感じます」
「近く?」
「はい。周囲に存在する魔力が、以前よりはっきり分かります」
セラが右手を上げる。
指先に小さな魔力球が生まれた。
直径数センチほどの小さな光。
しかし、ノアには分かった。
異常なほど密度が高い。
「それ、すごく濃いよ」
「分かります」
セラが魔力球を少しだけ動かす。
右へ。
左へ。
上へ。
下へ。
そして指先で回転させる。
魔力球は一切形を崩さない。
「これなら……」
セラが小さく呟く。
魔力球を消す。
次の瞬間、同じ場所に十個の小さな魔力球が浮かんだ。
「えっ?」
ノアが固まる。
「十個同時に?」
「はい」
十個の魔力球が、それぞれ別の軌道を描く。
互いにぶつからない。
大きさも密度もほぼ同じ。
さらにセラが指を動かすと、十個の魔力球が一斉に消えた。
「……すごい」
ノアが思わず呟く。
「以前なら、こんな操作はできませんでした」
セラは自分の手を見つめる。
「魔力が増えたことも分かります。でも、それ以上に……魔力が自分の意思に反応してくれる感じがします」
ミレアが鑑定結果を表示する。
「配合完了」
ノアが画面を見る。
そこには、新しい能力が表示されていた。
『魔力制御』
さらに、その下。
『魔力循環効率上昇』
『複数魔法同時操作』
『魔力自動分配』
ノアの目が輝く。
「大成功じゃん!」
セラは少し照れたように笑った。
「ありがとうございます、ノア様」
「これなら、セラは魔力を使う戦いだけじゃなくて、施設の運営にも役立ちそう」
「はい。試してみたいことがあります」
「何?」
セラが周囲を見回した。
配合施設の一角には、魔力を送るための古い導管がある。
「この施設全体へ魔力を流してみてもいいでしょうか?」
「今の状態なら、どれくらいできる?」
「分かりません」
「じゃあ、少しだけ」
セラが導管へ手を向ける。
細い魔力が流れ込む。
導管が淡く光った。
さらに魔力が流れる。
施設全体の魔力回路が次々に点灯していく。
「すごい……」
配合炉だけではない。
訓練施設。
素材庫。
魔力貯蔵設備。
すべてが同時に反応した。
ミレアが驚いた声を上げる。
「施設全体の魔力効率が上昇しています」
「セラ一人で?」
「はい」
ノアはセラを見る。
今までセラは、魔法を使うための魔物だと思っていた。
しかし違う。
この力なら、魔力を扱う施設そのものを支えることができる。
魔力の供給。
魔力の循環。
魔法の制御。
さらに、将来的には治療や研究にも応用できるかもしれない。
「セラ」
「はい」
「今回の配合、すごく良かった」
「私も嬉しいです」
セラが微笑む。
そのとき、訓練施設の奥から大きな音がした。
ドォン!
「何!?」
ノアが振り返る。
ガルドが壁際で腕を組んでいる。
どうやらセラの魔力供給によって、停止していた訓練用ゴーレムが勝手に起動したらしい。
「ガルド、何したの?」
ガルドは首を横に振った。
「……まあ、いいか」
ノアが苦笑する。
その横でレグルが静かにゴーレムを受け止める。
セラは慌てて魔力供給を調整した。
「申し訳ありません、ノア様。出力が少し強すぎました」
「大丈夫。むしろ施設の性能が分かってよかったよ」
そのとき、ポヨンが跳ねた。
ぽよん。
「ポヨン、今日は何もしないって言ったよね?」
ぽよん。
「返事になってないよ」
ポヨンがもう一度跳ねる。
そして、セラの足元へ転がってきた小さな魔石を、ぽよんと押した。
魔石が床を転がる。
ころころ。
配合炉の下へ入る。
「……」
ノアが嫌な予感を覚える。
「ミレア?」
「魔力反応があります」
「やっぱり?」
配合炉の奥で、何かが小さく光った。
セラが振り返る。
「ノア様。これは――」
古代施設の奥にある魔力回路が、一つだけ起動した。
そこには、今まで誰も気づかなかった小さな文字が浮かび上がっている。
『魔力適合者――確認』
そして、その下に続く文字。
『次段階――研究権限、解放』
ノアは目を細めた。
「……研究権限?」
セラが静かに表示を見つめる。
新しい力を得たばかりの彼女が、この古代施設で何を見つけるのか。
ノアにはまだ分からなかった。
ただ、今回の配合によって、セラは単なる魔法戦力ではなく、ダンジョンの魔力そのものを扱える存在へと一歩近づいていた。




