第81話 集まり始めた魔物たち
新しく開いた地下広場には、今までノアが見たことのない魔物たちが集まっていた。
大半は小型から中型の魔物で、戦闘能力もそれほど高くない。岩陰からこちらを覗いているもの、地下水の近くに身を寄せているもの、天井の低い場所に巣を作っているものなど、それぞれが自分の縄張りを持って暮らしていたらしい。
突然、その生活圏に大きな変化が起きた。
壁が開き、見知らぬ魔物たちが現れ、さらにその中心には黒い子猫がいる。
それでも、不思議なことに騒ぎにはならなかった。
「……みんな、ルナを見てるね」
ノアが呟く。
ルナは何をするでもなく、地下広場の中央を歩いている。
その後ろを、小さな魔物が一匹ついていく。
さらにもう一匹。
そしてまた一匹。
気がつけば、数十匹の魔物が一定の距離を保ちながらルナの後を歩いていた。
「これは……かなり特殊な反応です」
ミレアが周囲を観察する。
「普通、縄張りに突然現れた上位個体に対しては、逃げるか威嚇するかのどちらかです。しかし、彼らはルナを敵として扱っていません」
「じゃあ、何だと思ってるの?」
「分かりません。ただ……」
ミレアがルナを見る。
「従っているように見えます」
ノアは思わず苦笑した。
「まだ何もしてないのに?」
「だからこそ不思議なんです」
ルナは突然、地下水の前で立ち止まった。
水面を覗き込む。
そこには透明な地下水が流れている。
ルナは少し考えるように首を傾げると、その場から離れた。
すると、後ろからついてきていた魔物たちも一斉に動き始める。
「……今、ルナが動いたからみんな動いた?」
セラが頷いた。
「そう見えます」
「でも、命令したわけじゃないよね」
「はい」
ノアは腕を組む。
「なんだか王様っていうより、先頭を歩いてるだけなんだけど」
その時だった。
「ガルッ!」
突然、ガルドが地下広場の奥へ向かって唸った。
空気が変わる。
周囲にいた魔物たちが一斉に身を低くした。
クロウも音もなく前へ出る。
ルゥが鼻を地面へ近づけ、匂いを確認する。
「何かいる?」
ノアが尋ねる。
クロウが低く唸った。
その直後、奥の暗闇から地面を擦るような音が聞こえた。
ズズ……。
ズズズ……。
巨大な何かがこちらへ近づいている。
ノアはすぐに身構えた。
「セラ、分かる?」
「魔力反応があります。かなり大きいです」
「ガルド、待って」
ガルドが一歩前へ出ようとする。
しかし、ノアは手で制した。
「まず正体を確認する」
ガルドは不満そうに唸ったものの、止まった。
暗闇から姿を現したのは、巨大な甲羅を背負った魔物だった。
岩のような外殻。
太い四本の脚。
頭部には短い角。
体長は三メートル近くある。
「大きい……」
ノアが呟く。
ミレアが解析する。
「地底岩亀です。基本的には温厚な種ですが、縄張り意識が強いようです」
地底岩亀は地下広場を見渡した。
そして、ルナを見た。
低い唸り声を上げる。
「ルナ、危ない!」
ノアが叫ぶ。
だが、ルナは逃げなかった。
地底岩亀に近づいていく。
「にゃ」
小さく鳴く。
地底岩亀が鼻先をルナへ近づける。
巨大な頭部と小さな黒猫。
体格差はあまりにも大きい。
ガルドがいつでも動けるように構える。
セラも魔法を発動する準備をする。
しかし――。
地底岩亀は、ルナの目の前で足を止めた。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
「……また?」
ノアが目を丸くする。
地底岩亀は敵意を消していた。
それどころか、ルナの横を通り過ぎると、地下水の近くへ移動する。
そしてその場に座り込んだ。
ミレアが驚いたように呟く。
「この個体まで……」
「ルナって、何かしてるの?」
ノアが尋ねる。
ミレアは首を横に振った。
「分かりません。魔法による支配の痕跡もありません」
「じゃあ、どうして?」
「……王位継承因子の影響なのかもしれません」
その言葉を聞いて、ノアは黙った。
ルナは誰かを操っているわけではない。
ただそこにいる。
それだけなのに、魔物たちはルナを中心に集まり始めている。
その光景を見ていると、79話で見た映像が頭に浮かんだ。
巨大な城。
大量の魔物。
玉座に座る黒い獣。
あれは本当に未来なのだろうか。
もしそうなら――。
この光景は、その始まりなのかもしれない。
「ノア様」
セラの声で、ノアは我に返った。
「どうしたの?」
「ルナが何か見つけたようです」
ルナは地下広場の端にある岩壁を見つめていた。
尻尾を立てたまま、そこから動かない。
クロウが先に近づき、岩壁を調べる。
クンクンと匂いを確認したあと、前足で地面を掻いた。
ルゥも近づく。
二体が同じ場所を調べている。
「何かある?」
ノアも近づいた。
岩壁には何の変哲もない。
しかし、ルナが前足を置いた瞬間。
カチッ。
小さな音がした。
「……また起動した」
壁の一部に淡い光が走る。
その奥から、古い文字が浮かび上がった。
【領域北側――封鎖区域】
【理由――人界接続路】
ノアの表情が固まる。
「……人界?」
ミレアが急いで解析する。
「人間界という意味でしょうか」
「たぶん……」
さらに文字が現れる。
【接続路――休眠】
【最終使用記録――不明】
【封鎖理由――侵入防止】
「侵入防止って……誰から誰への?」
セラが静かに言った。
「おそらく、人間側からでしょう」
ノアは岩壁を見つめた。
新しく開いた地下領域。
その奥に眠っていた古代の通路。
そして、その先には人間界へつながる道がある。
まだ通路は閉じている。
今すぐ人間が攻めてくるわけでもない。
けれど、この洞窟が思っていた以上に広い世界とつながっていたことだけは分かった。
「……これ、まだ開けないほうがいいね」
ノアが言う。
ミレアも頷いた。
「賛成です。現在の戦力なら、何かあっても対応できるでしょう。ただし、人間界との接続をこちらから開く意味はまだありません」
「うん」
ノアはルナを見る。
黒い子猫は、封鎖された岩壁の前に座っていた。
まるで、その向こう側に何があるのかを知ろうとしているようだった。
「ルナ」
「にゃ?」
「向こうには、人間がいるかもしれないよ」
ルナが首を傾げる。
「にゃ」
「まだ行かないからね」
「にゃ」
ルナは素直に返事をすると、岩壁から離れた。
その瞬間、後ろにいた魔物たちも一斉に動き始めた。
ノアはその光景を見て、思わず笑った。
「本当に、みんなルナについていくんだね」
セラも微笑む。
「王としての最初の仕事は、命令することではないのかもしれません」
「え?」
「ただ歩く。それだけで周囲がついてくる。それが王なのかもしれません」
ノアは少し考えてから、ルナの背中を見る。
小さな黒い身体。
まだ何も知らない。
まだ世界の広さも、人間の国の存在も、王という言葉の意味さえ完全には理解していない。
それでも、魔物たちは少しずつ集まり始めている。
そしてその先には、人間界へつながる古代の道まで眠っていた。
「……なんだか、本当に王様への道が始まっちゃったみたい」
ノアが呟く。
ルナは振り返り、短く鳴いた。
「にゃ」
その声に応えるように、地下広場に集まった魔物たちが一斉に鳴き声を上げた。
まだ王国ではない。
だが、確実に何かが始まっていた。




