第80話 王の最初の仕事
第二炉の地下室から戻ったノアたちは、洞窟の中央区画へ戻ってきていた。
古代設備で見た映像のことが、ノアの頭から離れない。
玉座に座る黒い獣。
その周囲に集まる大量の魔物。
四精鋭らしき四つの影。
そして、さらにその先に存在していた人間の国。
「世界統合……か」
ノアは歩きながら小さく呟いた。
「どうしました?」
セラが隣から尋ねる。
「いや、ルナが本当に王になったら、どうなるんだろうって」
「それはルナ次第でしょう」
「そうなんだけど……」
ノアは前を歩くルナを見る。
黒い子猫は、地下から戻ってきたばかりだというのに元気だった。途中で見つけた小さな石を前足で転がし、追いかけている。
王。
世界統合。
そんな言葉とは、あまりにもかけ離れた姿だった。
「今はまだ、普通の子猫にしか見えないんだけどな」
「普通ではないと思います」
セラが即答した。
「……やっぱり?」
「はい。ノア様の言う『普通の子猫』は、古代施設を起動させたり、王位継承者として認識されたりしません」
「それもそうか」
ノアは苦笑した。
その時、前方から大きな音が響いた。
ドンッ!
「……何?」
ノアたちが顔を上げる。
少し先で、ガルドが地面に巨大な岩を置いていた。
その横にはレグルがいる。
さらにセラの後ろからもう一人のセラが顔を出す。
「……私が二人?」
ノアが驚いた。
「違います」
セラ本人がすぐに答えた。
「そちらは私ではありません」
「分かってるよ!」
現れたのは、魔法で作られた簡易的な人形だった。
セラが最近研究していた、魔力制御用の訓練人形らしい。
その横ではガルドが岩を持ち上げ、レグルがその岩を受け止めている。
「何してるの?」
「訓練です」
セラが答えた。
「ガルドの力が強くなりすぎましたから、制御の訓練をしています」
「そういえば、前に訓練用ゴーレムを一撃で壊してたね」
「はい。今のガルドは、力を抑えずに攻撃すると施設側が耐えられません」
ガルドが胸を張る。
「ガルッ!」
「威張らないの」
セラがすぐに注意する。
「力が強いからこそ、正確に扱えるようになる必要があります」
ガルドは少しだけ肩を落とした。
ノアは思わず笑う。
以前は普通の冒険者に苦戦することもあった。
だが、あの経験をきっかけにノアたちは精鋭の強化を進めてきた。
そして今では、ガルドは単純な力比べなら以前とは比較にならない。
レグルも防御力をさらに高めている。
セラは魔法制御能力を伸ばし続けている。
ポヨンは相変わらず何をしているのか分からない。
だが、その「何をしているのか分からない」が、時々とんでもない結果を生み出す。
「……四精鋭も、少しずつ王国の幹部みたいになってきたね」
ノアが呟くと、ミレアが反応した。
「王国、ですか?」
「あ」
ノアは自分の言葉に気づいた。
「……今、自然にそう思った」
洞窟を見る。
最初はただの洞窟だった。
そこに魔物が住み着き、魔力結晶が集まり、配合施設が作られ、訓練施設ができた。
今では魔力の貯蔵設備まである。
さらに古代設備まで地下から見つかった。
そして、四精鋭がいる。
クロウやルゥのように探索を担う魔物もいる。
モラのように地下資源を探す存在もいる。
ポムやポヨンのように、洞窟内で自由に動く魔物たちもいる。
「……もう、ただのダンジョンじゃないのかも」
ノアがそう呟いた瞬間。
「にゃ」
ルナが鳴いた。
全員がルナを見る。
ルナはノアのところまで歩いてくると、地面に落ちていた小さな石を口に咥えた。
そして、ノアの前に置いた。
「これ?」
ノアが石を拾う。
普通の石にしか見えない。
「何か気になるの?」
「にゃ」
ルナは石を前足で押した。
ころころと転がった石は、偶然にも洞窟の中央にある古い魔力装置の隙間へ入り込んだ。
カチッ。
小さな音がした。
「……?」
ノアが装置を見る。
次の瞬間、眠っていた魔力装置の一部が光った。
「え?」
ミレアがすぐに近づく。
「これは……」
装置の表面に文字が浮かぶ。
【領域管理機能】
【管理対象――洞窟】
【現在の領域――小規模】
【拡張可能領域――周辺地下区域】
ノアは目を丸くした。
「こんなのあったの?」
「以前から存在していた可能性があります。ですが、起動条件を満たしていなかったのでしょう」
ミレアが装置を調べる。
「この機能は、洞窟周辺の地下領域を管理するためのものだと思われます」
「管理って何をするの?」
「魔力の流れ、魔物の生息区域、資源の分布などを把握し、必要に応じて領域を拡張する機能のようです」
ノアは思わずルナを見る。
ルナは何も考えていない顔で尻尾を揺らしている。
「……またルナ?」
「偶然だと思います」
ミレアが答える。
「たまたま石が転がって、たまたま装置の隙間に入り、たまたま起動条件を満たしたのでしょう」
「それを幸運って言うんじゃないの?」
「そうとも言えます」
ノアは苦笑した。
ポヨンだけではない。
この洞窟では、ルナまで妙な偶然を引き起こすことがある。
いや。
もしかすると、ルナの場合はポヨンとは少し違うのかもしれない。
ポヨンの幸運は、偶然を引き寄せる。
一方でルナは、偶然によって重要なものを見つけてしまう。
そんな印象があった。
「領域を広げられるなら、どうする?」
ノアが尋ねる。
ミレアは周囲を見渡した。
「現在の洞窟だけでも、まだ十分に開発の余地があります。ですが、周辺区域まで管理できるようになれば、採取できる魔力資源や魔物の生息範囲を広げることができます」
「じゃあ、やってみよう」
ノアは迷わなかった。
「ただし、無理に広げるんじゃなくて、少しずつ」
「了解しました」
装置が起動する。
洞窟の壁の向こう側へ、淡い魔力の線が伸びていく。
今まで把握できなかった地下空間の情報が、次々と表示されていく。
【地下水脈――確認】
【魔力鉱床――確認】
【未探索空間――多数】
【魔物生息区域――複数】
そして最後に。
【領域拡張――第一段階】
ゴゴゴゴゴ……。
洞窟全体が小さく揺れた。
「何!?」
ノアが驚く。
「崩落ではありません!」
ミレアが叫ぶ。
「地下構造が変化しています!」
壁の一部がゆっくりと開いていく。
その向こうには、今まで存在していなかった広い空間が現れた。
天然の地下広場。
そこには水が流れ、小さな魔力鉱石がいくつも露出している。
そして、その奥には大量の魔物の気配。
「……すごい」
ノアは呆然とする。
「こんな場所が、すぐ近くにあったんだ」
ルナがその入口へ歩いていく。
ノアも追いかける。
すると、広場にいた弱い魔物たちが一斉にルナへ視線を向けた。
警戒するもの。
逃げるもの。
そして、なぜかその場に残るもの。
やがて一匹の小さな魔物が、ルナの前まで歩いてきた。
ルナはその魔物をじっと見る。
小さな魔物も、ルナを見る。
そして――。
頭を下げた。
「……え?」
ノアが固まる。
ミレアも言葉を失う。
セラが静かに呟いた。
「……王への礼、でしょうか」
「いやいや。さすがに偶然でしょ」
ノアはそう言った。
けれど、ルナは何も気にせず、そのまま新しく開いた地下広場を歩いていく。
その後ろを、少しずつ魔物たちが追い始めた。
一匹。
二匹。
三匹。
まだ王国と呼べるほどのものではない。
玉座もない。
城もない。
兵士もいない。
それでも――。
洞窟の外へ広がる第一歩は、確かに始まった。
ノアはその光景を眺めながら、小さく笑った。
「ルナ」
黒い子猫が振り返る。
「王様になるなら、まずは自分の洞窟をちゃんと大事にしないとね」
「にゃ」
ルナは短く鳴いた。
その声に応えるように、新しく開いた地下広場の奥から、無数の魔物たちの鳴き声が響き渡った。




