第79話 黒き王の片鱗
第二炉の前に、重い沈黙が落ちていた。
先ほどまで空中に浮かんでいた映像は、すでに消えている。巨大な石造りの城。その周囲を埋め尽くしていた無数の魔物。そして、高い玉座に座っていた黒い獣。
それが本当にルナの過去なのか。
それとも未来なのか。
あるいは、古代の誰かが残した記録なのか。
今のノアたちには判断できなかった。
「……もう一度、見せてもらうことはできる?」
ノアが第二炉に問いかける。
もちろん返事はない。
古代設備はただ静かに光っている。
「ミレア、さっきの映像を解析できない?」
「難しいですね。映像そのものが記録されたものなのか、第二炉がルナの情報を元に生成したものなのかすら判断できません」
「生成?」
「はい。もし第二炉が『記憶』だけではなく、対象が持つ可能性や継承情報まで読み取っているのであれば、あの光景は実際に存在した過去ではなく、将来的に成立する可能性の一つかもしれません」
ノアはルナを見る。
黒い子猫は、そんな難しい話など理解していないようだった。自分の尻尾を追いかけるように、くるくるとその場を回っている。
「……本人は全然気にしてないね」
「ルナらしいですね」
セラが微笑む。
「ですが、私は少し気になります」
「セラも?」
「はい。あれほど大量の魔物が一匹の存在を中心に集まっている光景は、ただの可能性として片付けるには不自然です」
セラの視線がルナへ向く。
「もしあれが未来の光景なら、ルナはかなり大きな勢力の中心にいることになります」
「王様みたいに?」
「王様というより……」
セラは少し考えた。
「王、そのものに近かったですね」
ノアはその言葉を聞いて、黙り込んだ。
以前、古代施設で見つかった石の扉には、確かに文字が刻まれていた。
『王位継承者のための試練』
そして第二炉も、ルナに対して明確に反応した。
単なる偶然とは思えない。
「ルナが、本当に王になるのかな」
「その可能性は否定できません」
ミレアが答える。
「ですが、王になることと、あの映像のような勢力を築くことは別問題です。王位継承者として認識されているからといって、必ずしも未来が決定しているわけではありません」
「そうだよね」
ノアは少し安心した。
未来が決まっているのなら、自分たちはただそれをなぞるだけになってしまう。
それはノアの望むことではなかった。
「だったら、ルナが何になるかはルナ自身が決めればいい」
ノアがそう言うと、ルナが顔を上げた。
「にゃ?」
「王になりたいならなればいいし、なりたくないならならなくていい。私はルナを無理やり王様にするつもりはないよ」
ルナはノアの足元まで歩いてくると、身体を擦りつける。
「……にゃ」
「うん」
ノアは笑って、その頭を撫でた。
その瞬間だった。
第二炉の内部で、突然大きな音が響いた。
ゴウンッ。
地下室の空気が震える。
「何!?」
ノアが立ち上がる。
セラが即座にノアの前へ出た。
「下がってください!」
「セラ、攻撃じゃない!」
「分かっています。ただ、念のためです」
第二炉の中心が開き始める。
内部から現れたのは、黒い金属で作られた小さな円盤だった。
それはゆっくりと宙へ浮かび上がり、ルナの前で停止する。
「何だ、あれ……」
ミレアが解析する。
「魔力反応があります。しかし、攻撃用ではありません」
円盤の表面に、古代文字が浮かび上がった。
【王位継承情報――一部開示】
ノアは息を呑んだ。
「王位継承情報?」
続いて文字が表示される。
【第一条件――王としての器】
【第二条件――守護者の存在】
【第三条件――王国を支える四つの力】
【第四条件――継承者自身の意思】
ノアは四つ目の文字を見つめた。
「……本人の意思?」
ミレアが頷く。
「かなり重要な条件のようです」
「じゃあ、ルナが王になるかどうかは……」
「ルナ自身の意思が必要なのでしょう」
ノアは少しだけ笑った。
「それなら安心した」
その隣で、セラが表示を読み続ける。
「ですが、まだ続きがあります」
円盤に新たな文字が浮かび上がった。
【王位継承後――領域拡張】
【王国形成】
【他領域との接触】
【最終目的――世界統合】
ノアの笑顔が止まった。
「……世界統合?」
ミレアも黙り込む。
「どういう意味でしょう」
「分からない」
ノアは正直に答えた。
「でも、あんまり小さい話じゃないのは分かる」
セラが眉を寄せる。
「世界統合という言葉が文字通りなら、王国を作るだけでは終わらないということですね」
「人間の国も?」
ミレアが答える。
「可能性はあります」
ノアは腕を組んだ。
まだルナは小さな子猫だ。
人間の言葉を完全に理解しているわけでもない。
王になることすら本人が決めたわけではない。
それなのに、古代施設はすでに、その先にある世界規模の未来まで示している。
「……気が早すぎない?」
思わずノアが呟いた。
セラが少し笑う。
「古代設備ですからね。気が長いのか、気が早いのか分かりません」
「そこじゃないと思う」
ノアは苦笑した。
するとルナが円盤へ近づいた。
「ルナ、触る?」
「にゃ」
ルナが前足を伸ばす。
ノアは止めなかった。
円盤に肉球が触れた瞬間、黒い光が広がった。
その光の中に、再び映像が浮かび上がる。
今度は前とは違った。
巨大な玉座。
その前に並ぶ四つの影。
炎を纏った戦士。
巨大な盾を持つ守護者。
無数の魔法陣を背負った魔術師。
そして――。
何かを抱えて嬉しそうに跳ね回っている小さな影。
「……」
ノアは絶句した。
「これ……」
ミレアも呆然としている。
「四つの力……」
ガルド。
レグル。
セラ。
そしてポヨン。
四精鋭の姿に見える。
完全に同じ姿ではない。
しかし、それぞれの特徴は明らかだった。
その中央にいるのは、黒い獣。
ルナ。
さらにその後ろには、銀色の翼を持つ竜が立っていた。
「シエル……」
ノアが呟く。
星守竜。
王位継承者を守護する存在。
そして最後に、映像の一番奥へ巨大な城門が映った。
その向こう側には、人間たちの街が広がっている。
剣を持った兵士。
魔法使い。
巨大な城壁。
そして、その城壁の上には人間の国を示す旗が掲げられていた。
映像はそこで途切れた。
第二炉が静かになる。
誰も口を開かなかった。
やがてノアが小さく息を吐く。
「……人間の国まで出てきたね」
「はい」
ミレアが答える。
「ですが、これも未来とは限りません」
「うん」
ノアは頷いた。
「まだ何も決まってない」
そう言いながらも、胸の奥には小さな引っかかりが残っていた。
ルナが王になる。
魔物たちを率いる。
王国を作る。
そして、その先には人間の国との接触が待っている。
それは戦争なのか。
共存なのか。
あるいは、もっと別の形なのか。
今はまだ分からない。
ただ一つだけ、ノアには気になることがあった。
映像の中のルナは、玉座から人間の国を見ていた。
怒っているようには見えなかった。
憎んでいるようにも見えない。
ただ、静かにその先を見つめていた。
まるで、
「そこも私の領地」
とでも言うように。
「……ルナ」
ノアが名前を呼ぶ。
黒い子猫が振り返る。
「にゃ?」
「世界を取るとか、そんなこと考えてないよね?」
「にゃ」
即答だった。
ノアは苦笑する。
「だよね」
セラが微笑む。
「今のルナには、まだ世界よりも昼寝のほうが大事でしょう」
「にゃ」
ルナは満足そうに鳴くと、その場で丸くなった。
第二炉の光が静かに消えていく。
古代設備は再び沈黙した。
しかし、ノアたちの前には一つの大きな可能性が残された。
この洞窟で生まれた小さな黒猫は、ただの強力な魔物ではない。
いつか魔物たちを率いる王になる可能性を持っている。
そしてその王が、どこまで領域を広げるのか。
それを決めるのは、まだ先の話だった。




