第78話 王になる者の記憶
第二炉の光が、ゆっくりとルナの身体を包んでいた。
攻撃しているわけではない。熱もない。魔力を吸い上げている様子もない。ただ淡い光が黒い毛並みを撫でるように動き、そのたびに古代文字が空中へ浮かび上がっていく。
ノアは少し離れた場所から、その様子を見守っていた。
「……大丈夫なの?」
「今のところ、ルナの魔力に干渉している形跡はありません」
ミレアが答える。
「第二炉は、ルナそのものを変化させているというより、内部にある情報を読み取っているようです」
「情報?」
「はい。魔力構造、肉体構造、それから……記憶に近い何かです」
ノアは眉を寄せた。
「記憶を勝手に読まれるのは、ちょっと嫌だな」
「同感です」
セラも隣で頷く。
「もしルナが嫌がるようなら、すぐに止めましょう」
「にゃ」
ルナがこちらを振り返る。
その顔はいつもと変わらない。
危険を感じている様子もない。
むしろ、目の前に浮かぶ光が気になるのか、前足を伸ばして触ろうとしている。
「ルナ、触っちゃ駄目だよ」
「にゃ」
素直に前足を戻した。
セラが微笑む。
「いい子ですね」
「……セラ、完全にお母さんみたいになってない?」
「何か問題でも?」
「いや、問題はないけど」
セラの世話焼きな性格は、最近さらに磨きがかかっていた。
ノアはそんなやり取りをしながら、第二炉へ視線を戻す。
その時、空中に新しい文字が浮かんだ。
【対象――確認】
【個体名――ルナ】
【種族情報――不明】
【王位継承因子――確認】
ノアの表情が変わった。
「王位継承因子……」
ミレアも目を細める。
「やはり、第二炉もルナを王位継承者として認識しています」
「でも、ルナって普通の黒猫に見えるよ?」
「外見だけなら、そうですね」
「やっぱり普通じゃないんだ……」
ノアは改めてルナを見る。
黒い毛。
小さな身体。
丸い目。
どう見ても可愛らしい子猫だ。
けれど、その小さな身体の中には、古代施設が反応する何かが眠っている。
第二炉の表示がさらに変化した。
【記憶領域――照合開始】
ルナの身体を包んでいた光が、一瞬だけ強くなる。
その瞬間だった。
ノアの目の前に、見覚えのない光景が浮かんだ。
巨大な石造りの城。
その周囲に広がる広大な都市。
城壁の外には、無数の魔物がいる。
狼。
鳥。
巨大な獣。
見たことのない姿をした魔物たち。
そして、その中心。
高い玉座に、一匹の黒い獣が座っていた。
ノアは息を呑む。
「……何、これ」
映像はほんの数秒で消えた。
地下空間には、何事もなかったかのように第二炉が立っている。
ノアは呆然としたまま立ち尽くしていた。
「今の……見ました?」
セラが尋ねる。
「うん」
ミレアも見ていた。
「私にも見えました」
「じゃあ、あれは……」
誰もすぐには答えられなかった。
ルナだけが、いつも通りに尻尾を揺らしている。
「にゃ?」
ノアはしゃがみ込み、ルナの頭を撫でた。
「ルナ。今の、あなたの記憶なの?」
「……にゃ」
ルナは首を傾げる。
その反応を見る限り、本人にも分かっていないようだった。
ミレアが考え込む。
「過去の記憶とは限りません」
「え?」
「第二炉は『記憶』という言葉を使っていますが、もしかすると記録された未来像や、継承される可能性まで含めて扱っているのかもしれません」
「未来……?」
ノアはさっき見た光景を思い出した。
玉座。
大量の魔物。
巨大な城。
そして、その中心にいた黒い獣。
もしあれがルナの未来だとしたら。




