第77話 第二炉が求める三つの素材
第二炉は、静かに光を放っていた。
地下空間を満たしていた古代の魔力は少しずつ落ち着きを取り戻しているものの、装置そのものが停止する気配はない。中央に浮かんだ文字だけが淡く輝き続け、三つの項目を表示している。
【核――適合候補確認】
【器――未確認】
【記憶――未確認】
【再構成――待機】
ノアは腕を組みながら、その表示を眺めていた。
「核は、たぶん魔力結晶みたいなものだよね」
「はい。モラが持ってきた結晶に対して、第二炉が明確に適合反応を示しました」
ミレアが答える。
「ですが、器については分かりません。文字通りなら、再構成される存在を収めるための肉体や容器を指している可能性があります」
「じゃあ、記憶は?」
「そこが一番分かりません」
ミレアが珍しく言葉を濁した。
その横でセラが表示を見つめる。
「記憶という言葉をそのまま受け取るなら、経験や知識、人格形成に関わる情報でしょうね。ただ、それだけではない可能性もあります」
「セラは何か思いつく?」
「いえ。私も推測の域を出ません」
セラはそう答えながら、第二炉の周囲をゆっくりと歩いた。
「ただ、この装置が配合炉とは違うことは分かります」
「どうして?」
「配合炉は、複数の魔物や素材を組み合わせて新しい個体を生み出すための設備です。しかし、この第二炉は素材を組み合わせることよりも、すでに存在するものを『再構成する』ことを目的としているように見えます」
ノアはその言葉を聞いて、以前の配合を思い出した。
レインとセイル。
二体の魔物は配合によって消え、その力や性質を受け継いだ新しい存在――ルナが生まれた。
あの時も、ただ能力を足し合わせただけではなかった。
知性も。
性格も。
そして可能性そのものも。
配合というものは、魔物の根本にまで影響する。
「……じゃあ、第二炉は配合のもっと古い形なのかな?」
「可能性はあります。ただし、逆かもしれません」
「逆?」
「配合炉が発展した結果として現在の形になったのではなく、昔は第二炉のような設備で個体を再構成していて、その後に現在の配合技術が生まれた可能性です」
ノアはもう一度、第二炉を見る。
古代設備。
運命転換炉。
そして、この第二炉。
自分たちが使っている配合炉よりも遥か昔に作られたものなら、この洞窟にはまだ知られていない仕組みが大量に眠っているのかもしれない。
その時だった。
「モラ」
セラの声が響いた。
モラが第二炉の前に置いた魔力結晶を、セラが指差している。
「これ、もう少し近くに置いてみましょうか?」
モラが首を傾げる。
「モ?」
「無理に入れる必要はありません。ただ、反応範囲を確認するだけです」
ノアは少し考えた。
「それなら大丈夫そう」
モラが魔力結晶を押して、装置の近くまで運ぶ。
次の瞬間。
第二炉の内部で、青白い光が一気に強くなった。
【核――適合率上昇】
【純度――九十八・七%】
【保存状態――良好】
「やっぱり反応する」
ノアが目を輝かせる。
「でも、まだ投入とは表示されてないね」
「はい。おそらく、他の条件が揃っていないのでしょう」
ミレアが答える。
すると第二炉の中央に、新しい表示が現れた。
【器――探索開始】
淡い光が地下空間を走る。
壁。
床。
天井。
そして、そこにいる魔物たち。
光は次々と触れていったが、どれも反応しない。
ガルドにも。
レグルにも。
ポヨンにも。
そしてセラにも。
ところが――。
ルナの前を通った瞬間だけ、光がわずかに揺れた。
【器――高適合】
ノアの表情が変わる。
「またルナ……」
ルナ自身は何が起こっているのか分からないのか、尻尾を揺らしながら第二炉を見つめている。
セラがすぐにルナの前へ移動した。
「少し離れていてください、ルナ」
「にゃ」
ルナは素直に後ろへ下がる。
セラはその様子を確認してから、第二炉を睨む。
「ノア様。この装置、ルナを器として認識している可能性があります」
「器って……つまり、何かを入れるための身体?」
「はい。ですが、それが何を意味するのかはまだ分かりません」
ノアは眉を寄せた。
ルナにはすでに、普通の魔物とは違うところがある。
古代施設によって「王位継承候補」と認識されたこと。
王位継承者のための試練に反応したこと。
そして今回、第二炉から器として高い適合反応を示された。
偶然とは思えない。
「……でも、勝手に使わせるつもりはないよ」
ノアが第二炉に向かって言う。
当然、装置から返事はない。
ただ、表示だけが変化した。
【器――候補登録】
【核――候補登録】
そして最後の一つ。
【記憶――探索開始】
ノアは思わず黙った。
地下空間を、再び光が走る。
今回は魔力ではなく、何か別のものを探しているようだった。
魔物たちの身体を通り抜け、古い設備を照らし、壁の奥まで調べていく。
そして突然、セラの前で光が止まった。
「……私ですか?」
セラが目を細める。
【記憶――適合反応】
ノアは驚いた。
「セラが記憶の適合対象?」
「そのようですね」
セラは落ち着いたまま答えた。
「ですが、私の記憶を抜き取られるようなことがあるなら、お断りします」
「うん。もちろん」
ノアも即答した。
「この装置が何をするのか分からない以上、誰にも触らせない」
「ありがとうございます、ノア様」
セラは少しだけ表情を緩める。
「ただ……」
「ただ?」
「この反応が、必ずしも『記憶を使う』という意味ではないと思います」
「どういうこと?」
「記憶そのものではなく、記憶を持つ個体として適合している可能性があります。つまり、再構成する対象の情報として、私のような存在を必要としているのかもしれません」
ミレアが頷く。
「その可能性は高いですね。第二炉が探しているのは、単純な素材ではなく、『再構成に必要な情報』なのかもしれません」
ノアは少し安心した。
「じゃあ、セラが何かされるって決まったわけじゃないんだね」
「はい」
「よかった」
ノアが胸を撫で下ろす。
すると、第二炉が再び反応した。
【核――適合】
【器――適合候補】
【記憶――適合候補】
三つの文字が並ぶ。
そして、その下に新しい表示が現れた。
【三条件の同時成立を確認】
【再構成機能――待機解除可能】
地下空間に、低い駆動音が響いた。
ガコン。
古代設備の奥で、何か巨大な機構が動いた。
ノアたちが身構える。
しかし、第二炉はそれ以上動かなかった。
代わりに最後の一文だけが浮かび上がる。
【再構成対象――未指定】
「……対象はまだ決まってない?」
「そういうことだと思います」
ミレアが答える。
ノアはルナを見る。
次に、セラを見る。
そしてモラが見つけた高純度の魔力結晶を見る。
核。
器。
記憶。
三つの条件は揃いつつある。
だが、何を作るのか。
誰を再構成するのか。
それだけは、まだ分からない。
「この装置……もしかして、何かを作るためじゃなくて、『何かをもう一度作り直す』ためのものなのかな」
ノアの言葉に、ミレアが静かに答えた。
「その可能性はあります」
「だったら、余計に慎重にしないとね」
ノアは第二炉を見つめた。
幸運で見つけた古代設備。
幸運で手に入った高純度の魔力結晶。
そして、古代施設から選ばれたルナ。
すべてが偶然のように重なっている。
けれど今回は、偶然だからといってすぐに手を出すわけにはいかなかった。
ノアは第二炉の光が消えるまで、その場を離れなかった。




