第76話 第二炉に眠るもの
「……第二炉、ですか」
地下深くに眠っていた古代設備を前に、ノアは小さく呟いた。
目の前にあるのは、巨大な円筒状の装置だった。運命転換炉とは明らかに構造が違う。運命転換炉が周囲の出来事や確率に干渉するための装置だとすれば、こちらは何かを内部に取り込み、それを別の形へと作り替えるために存在しているように見える。
古びた金属の表面には無数の細い溝が走り、その奥を淡い青白い光がゆっくりと流れていた。長い眠りについていたはずなのに、ノアたちが近づいてからというもの、内部の魔力だけが少しずつ強くなっている。
「ミレア。これ、本当に動いてるの?」
「はい。完全ではありませんが、確実に起動状態へ移行しています」
ミレアが装置を観察しながら答える。
「ですが、運命転換炉とは魔力の流れがまったく違います。こちらは外部から運を集めているわけではありません。内部にある何かを解析して、別の状態へ変換するための機構に近いと思われます」
「別の状態へ……?」
ノアが首を傾げる。
その時だった。
装置の中央にある円形の窪みに光が集まり、空中へ文字が浮かび上がった。
【第二炉】
【機能――蓄積・変換・再構成】
【起動条件を確認します】
ノアは思わず息を止めた。
「再構成……」
その言葉には、どこか配合炉に近い響きがあった。
だが、ミレアはすぐに首を横へ振る。
「配合とは違います。少なくとも、この装置は単純に二つの魔物を掛け合わせるものではありません」
「じゃあ、何をするの?」
「現時点では不明です。ただ……」
ミレアが表示された文字を見つめる。
次の瞬間、さらに三つの項目が浮かび上がった。
【核――未投入】
【器――未投入】
【記憶――未投入】
「……三つ?」
ノアは表示を見上げた。
「核と器と……記憶?」
その言葉に反応したのか、少し離れた場所にいたセラがこちらへ歩いてくる。
「どうしました、ノア様?」
いつもの落ち着いた声だった。
セラはノアの隣まで来ると、装置を見上げる。
「また古代設備ですか。最近、この洞窟は地下から妙なものが出てきますね。ノア様、触る場合は慎重にしてください。こういうものは、だいたい説明不足です」
「うん。私もそう思う」
「それなら、まず周囲の安全を確認してからにしましょう。クロウ、周囲を見てきてもらえますか?」
クロウが短く唸る。
「頼んだよ」
クロウはそのまま暗闇へ駆けていった。
ノアは思わずセラを見る。
「……相変わらず世話焼きだね」
「当然です。ノア様が危険なものを見つけて、何も考えずに触ろうとすることがありますから」
「そんなに無謀じゃないよ」
「そうでしょうか?」
セラがじっとノアを見る。
「……うん。たぶん」
「そこは即答してください」
ミレアが小さく笑った。
そんなやり取りをしている間にも、第二炉は静かに反応を続けていた。
やがて、三つの項目のうち一つが明滅する。
【核――適合素材を探索】
「核を探してる?」
ノアが呟いた瞬間、地下の別方向から小さな音が響いた。
土を掘る音。
全員がそちらを見る。
しばらくすると、土煙の向こうからモラが姿を現した。
「モラ?」
モラは口に何かを咥えていた。
それは以前、モラが地下深くから発見した高純度の魔力結晶だった。
モラはノアのところまでやってくると、その結晶を地面に置く。
「……まさか」
ミレアが目を見開いた。
第二炉が強く反応した。
【核――適合】
【純度――九十八・七%】
【投入候補として登録】
ノアは魔力結晶を見つめた。
「モラが見つけた結晶が、ここで使えるってこと?」
「可能性は高いです」
ミレアが答える。
「ですが、まだ投入する必要はありません。あくまで候補として認識された段階です」
ノアは頷いた。
配合炉とは違う。
何が起こるか分からない設備に、適当に素材を放り込むわけにはいかない。
まして、この装置が要求しているのは魔力だけではない。
核。
器。
そして――記憶。
ノアは最後の文字を見つめた。
「記憶って……どういう意味なんだろう」
セラも表示を見る。
「普通に考えれば、その個体が積み重ねてきた経験や人格に関係するものではないでしょうか」
「人格……」
「はい。もしこの装置が何かを再構成する設備なら、単純に肉体や魔力だけを作り替えるのではなく、その個体が持っている情報そのものを扱うのかもしれません」
セラは少し考えてから続けた。
「そうだとしたら、かなり危険な設備です」
「どうして?」
「記憶を扱うということは、その個体が何者なのかという部分に触れる可能性がありますから」
ノアは黙り込んだ。
配合なら、能力が変わることもある。
実際、これまでの配合でも、魔力や身体能力だけでなく、知性や性格そのものが変化することがあった。
けれど、この第二炉はそれとは違う。
もっと根本的な部分。
その魔物が積み重ねてきたものそのものを扱う可能性がある。
「……勝手に使うのはやめよう」
ノアははっきりと言った。
「うん。これが何なのか分かるまで、誰にも使わない」
セラが静かに頷く。
「それがいいと思います」
すると、第二炉の表示が変化した。
【核――候補確認】
【器――未確認】
【記憶――未確認】
【再構成――待機】
最後に、一つだけ新しい文字が浮かび上がった。
【適合個体――探索中】
ノアは目を細めた。
「適合個体……?」
ミレアも黙って装置を見つめる。
そして第二炉は、まるで誰かを探すように、洞窟全体へ淡い魔力の波を広げ始めた。
その波が最初に触れたのは、ノアでも、四精鋭でもなかった。
少し離れた場所で眠っていた黒い子猫――ルナの身体だった。
ルナがゆっくりと目を開く。
「……にゃ?」
第二炉の光が、一瞬だけ強く瞬いた。
【適合反応――検出】
だが、それ以上の表示は出なかった。
ノアはまだ、その意味を知らない。
けれど一つだけ分かった。
この古代設備は、ただ魔力を強くするための装置ではない。
何かを集め、何かを記録し、そして条件が揃った時に、それを別の形へと再構成するための装置なのだ。
そしてその対象として、ルナが反応した。
「……ルナに何かするつもりなのかな」
ノアが呟く。
セラはすぐにノアの前へ出た。
「もしそうだとしても、許可なく触れさせるつもりはありません」
その声には、いつもの世話焼きな調子とは違う、強い警戒が混じっていた。
ノアは小さく頷く。
「うん。私も同じ気持ち」
第二炉は何も答えない。
ただ、三つの空欄を残したまま、静かに光を灯し続けていた。




