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『運だけで生き抜くダンジョンマスター』 ~召喚も配合も全部ラッキーでした~  作者: もかどら


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第8話 幸運は、忘れられた場所を掘り当てる

 古びた金属板を前に、ノアは息を呑んでいた。


 モラが掘り当てた壁の向こうには、何かがある。それだけは間違いない。金属板には古代文字で「配合」に関する記録が刻まれており、この洞窟のどこかに、かつて魔物を生み出すために使われていた設備が存在する可能性まで示されている。


 しかし、今すぐ壁を壊して進めばいいというわけではない。


 ノアには戦闘能力がない。


 ガルドやクロウがいるとはいえ、もし壁の向こうに危険な魔物が潜んでいたら、今のダンジョンでは対処できない可能性がある。


「ミレア、この先に何があるのか分かる?」


「正確にはわかりません。ただ、魔力反応があります」


「強い?」


「妙な言い方になりますが……強いというより、古いです」


「古い?」


「はい。魔力が濃いのではなく、長期間にわたって残留しているようです。現在の魔法とは系統が異なります。先ほどの金属板と同じ時代のものだと思われます」


 ノアは壁を見る。


「じゃあ、やっぱり配合施設?」


「可能性は高いでしょう」


「でも、どうやって入るの?」


「それが問題です」


 ミレアが壁を調べる。


 石壁には扉らしきものがない。継ぎ目も見当たらず、魔法陣らしいものもない。普通に考えれば、ただの岩壁にしか見えなかった。


「壊す?」


「おすすめしません」


「どうして?」


「古代施設なら、入口そのものに防御機構が仕掛けられている可能性があります。力任せに破壊した場合、内部の設備まで壊れるかもしれません」


「なるほど……」


 ノアは腕を組んだ。


「じゃあ、どうする?」


 ミレアが答えるより先に、モラが壁へ近づいた。


「ぷっ」


「モラ?」


 モラは壁を前足で叩いた。


 コン。


 小さな音が響く。


 モラが首を傾げる。


 もう一度。


 コン。


「……何か聞こえた?」


 ノアが壁に耳を当てる。


 静かだ。


 だが、意識を集中すると、かすかに空洞のような響きがある。


「本当に中が空いてる」


「そのようです」


 モラは得意げに胸を張った。


「ぷるっ!」


「すごいね、モラ」


 ノアが頭を撫でる。


 モラは嬉しそうに鼻を鳴らした。


「ですが、入口が見つからない以上、掘るしかありません」


「じゃあ、モラにお願いしよう」


「ぷ!」


 モラはすぐに壁の下へ潜り込んだ。


 土を掘る音が響き始める。


 ガリッ。


 ガリガリッ。


 普通なら何時間もかかりそうな岩盤を、モラは驚くほどの速度で掘り進んでいく。


「本当に速い……」


「【高速掘削】は伊達ではないようですね」


「召喚石で来てくれてよかった」


「そうですね」


 ミレアがモラを見つめる。


「ただし、ノア様」


「なに?」


「今回の召喚結果について、私はまだ少し気になっています」


「また?」


「はい。ミミックモール自体が特別珍しいわけではありません。しかし、ノア様がダンジョンを拡張したいと思った直後に、地中を探知できる魔物が召喚され、その魔物が古代施設を発見した。これは偶然としては出来すぎています」


 ノアは笑った。


「でも、私の幸運なんでしょ?」


「……そうかもしれません」


「じゃあ、気にしなくていいよ」


「ノア様は本当に楽観的ですね」


「だって考えても仕方ないじゃん」


 ノアはモラを見る。


「幸運なら、ありがたく使わせてもらうだけだよ」


 そのときだった。


 ガンッ!


 モラの掘削音が止まった。


「モラ?」


「ぷ……」


 穴の奥から、小さな声が聞こえる。


 ノアが覗き込む。


「どうしたの?」


 モラが戻ってきた。


 口に何かを咥えている。


 それは黒ずんだ金属片だった。


「何それ?」


 ノアが受け取る。


 ミレアが鑑定する。


「……鍵です」


「鍵?」


「古代施設のものだと思われます」


 ノアは目を輝かせた。


「じゃあ、これで開けられる?」


「おそらく」


 ミレアが鍵を壁へ近づける。


 すると――。


 カチッ。


 何もないと思われていた壁に、突然、細い光の線が走った。


 巨大な石壁がゆっくり左右へ割れていく。


 ゴゴゴゴゴ……。


 内部から、冷たい空気が流れ出した。


 ノアは思わず一歩後ろへ下がる。


 クロウが前へ出る。


 ガルドも短剣を構えた。


 ルゥが低く唸る。


「待って」


 ノアが手を上げる。


 扉の向こうには、長い地下通路が続いていた。


 壁には古びた魔石灯が並び、数百年は使われていないはずなのに、微かな光を放っている。


「……まだ動いてる」


「完全には停止していないようです」


 ミレアの声にも驚きが混じっている。


「こんな場所が、ずっと隠れていたの?」


「はい。おそらく誰にも発見されていません」


 ノアは通路を見つめた。


 奥から、かすかな魔力の流れを感じる。


 何かがある。


 それも一つではない。


「行ってみよう」


「慎重にお願いします」


 クロウを先頭にして、ノアたちは地下通路へ入った。


 通路は想像以上に長かった。


 途中にはいくつもの扉があったが、ほとんどが朽ちている。中には空っぽの部屋もあった。古い棚、壊れた魔道具、用途のわからない器具などが残されている。


 そして最奥。


 巨大な部屋が現れた。


「……何、これ」


 ノアは言葉を失った。


 部屋の中央には、巨大な円形の装置があった。


 魔法陣が刻まれた床。


 その中央に設置された二本の金属柱。


 そして、その間には透明な巨大な容器がある。


「これが……配合施設?」


「間違いありません」


 ミレアがゆっくりと近づく。


「【古代魔物配合炉】。失われた技術の一つです」


「使える?」


「現状では不可能です」


「壊れてる?」


「いえ」


 ミレアが装置を調べる。


「驚くべきことに、ほとんど壊れていません」


「じゃあ、どうして?」


「魔力が足りません」


 ノアが周囲を見る。


「魔力を入れれば動く?」


「そう単純ではありません。起動用魔力、配合素材、制御核が必要です」


「制御核?」


「配合結果を制御するための中枢部品です。これがなければ装置は起動できません」


 ノアは少し肩を落とした。


「そっか……」


 せっかく見つけたのに、すぐには使えない。


 しかし、そのとき。


 モラが部屋の隅へ走っていった。


「また?」


 モラが床を掘る。


「ぷるるっ!」


 ガリッ。


 ガリガリッ。


「モラ、何か見つけた?」


 ノアが近づく。


 モラは小さな穴から、何かを押し出した。


 コロン。


 黒い球体が転がってきた。


「これは?」


 ミレアが拾い上げる。


 瞬間、彼女の表情が固まった。


「……制御核です」


「え?」


「これが配合炉の制御核です」


 ノアも固まる。


「……モラが?」


「はい」


「じゃあ……」


 ノアはモラを見る。


 モラは得意げに胸を張っている。


「ぷるっ!」


「すごい!」


 ノアがモラを抱き上げる。


「モラ、天才!」


「ぷるる!」


 ミレアは制御核を握ったまま、呆然としていた。


「……ありえません」


「何が?」


「この制御核がここに残っている確率です」


「そんなに珍しい?」


「はい。古代配合炉は、施設が放棄される際に制御核だけ持ち出されることが多いのです。これほど長期間、施設内部に残されている例は極めて少ないでしょう」


「じゃあ……超ラッキー?」


 ミレアはしばらく黙った。


 そして、諦めたように息を吐く。


「はい。超ラッキーです」


「やった!」


「ただし、まだ起動できるとは限りません」


 ノアが制御核を見る。


 すると――。


 黒い球体が突然、淡く光った。


【適合者を確認】


【ダンジョンマスター権限を確認】


【配合炉の再起動が可能です】


 ノアは目を見開いた。


「……え?」


 ミレアも絶句する。


「まさか……」


 配合炉全体に魔力が流れ始めた。


 床の魔法陣が一つずつ光っていく。


 カチッ。


 カチッ。


 カチッ。


 長い眠りについていた古代設備が、数百年ぶりに目を覚ましていく。


【古代魔物配合炉】


【再起動条件を確認】


【制御核:正常】


【魔力供給:不足】


【最低起動魔力を自動補填】


【特殊権限――幸運補正を確認】


【不足魔力を補填します】


「……え?」


 ノアが目を丸くする。


「ちょっと待って。今、何て出た?」


 ミレアが表示を確認する。


 そして、珍しく完全に言葉を失っていた。


「……不足していた魔力を、幸運補正によって補填したようです」


「そんなことできるの?」


「通常はできません」


「じゃあ?」


「できてしまった、としか言えません」


 配合炉が完全に起動する。


 巨大な装置が低い音を響かせる。


 ノアはその光景を見つめながら、胸が高鳴るのを感じていた。


 これまで何もなかった。


 小さな洞窟。


 少ない魔物。


 わずかな資源。


 冒険者に襲われれば、簡単に壊されてしまうような場所。


 けれど今――。


 その洞窟の地下には、失われた古代技術が眠っていた。


 そして、それを見つけるために必要だったものは、なぜかすべてノアの手元へ集まった。


「ミレア」


「はい」


「これ、もしかして……」


「はい」


 ミレアが配合炉を見上げる。


「ノア様の最初の『超幸運』と呼んでもいいかもしれません」


 ノアは思わず笑った。


「やった」


 その声に、クロウが尻尾を振る。


 ポムが嬉しそうに跳ねる。


 ガルドが短剣を掲げる。


 ルゥが小さく鳴く。


 そしてモラは――。


「ぷるっ!」


 自分が掘り当てたものが何なのか理解しているのか、誇らしげに胸を張っていた。


 しかし、配合炉にはまだ一つ、問題が残っていた。


【配合炉:起動済み】


【配合可能】


【ただし、現在登録されている配合レシピはありません】


「……レシピがない?」


 ノアが首を傾げる。


「はい」


 ミレアが答える。


「配合炉そのものは起動しました。しかし、どの魔物とどの魔物を組み合わせれば何が生まれるのか。その情報がありません」


「じゃあ、自分で試すしかない?」


「それはおすすめしません」


「どうして?」


「古代配合は、現在知られている配合とは異なる可能性があります。失敗した場合、素材となった魔物が失われる危険もあります」


 ノアはポムたちを見る。


「……それは嫌だ」


「はい」


「じゃあ、レシピを探そう」


「どこにあるかもわかりませんが」


「でも、この施設を作った人なら、どこかに残してるんじゃない?」


 ノアが部屋を見回す。


 すると、壁の一角に小さな棚があることに気づいた。


「……あれ?」


「どうしました?」


 ノアが指を差す。


 棚の上には、古びた本が一冊だけ置かれていた。


 何百年もの間、誰にも触れられなかったはずの本。


 なのに――。


 なぜか、ノアが近づいた瞬間。


 表紙がひとりでに開いた。


 そして最初のページに、古代文字ではなく、ノアにも読める言葉が浮かび上がった。


【第一配合記録】


【最初に作るべき魔物――】


 ノアは息を呑んだ。


 物語は、ここから本格的に動き始める。

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