第74話 小さな魔物が見つけたもの
細い通路の先を、小さな魔物が歩いていた。
昨日までなら、そこへ向かうことはなかった。
この場所に近づく理由もなければ、奥へ続く通路の存在を知ることもなかった。けれど、ほんの少しだけ変わった感覚に導かれるように、その魔物は普段とは違う道を選んでいた。
そして、その後ろをクロウが追っている。
少し離れた場所にはノアとミレア、さらに様子を見に来たルゥもいた。
「本当にあの通路に入っていったね」
ノアが小声で言う。
「はい。昨日までの記録では、この個体がこの区域へ入ったことはありません」
ミレアが答える。
「運命転換炉の影響……なのかな」
「断定はできません。ただ、偶然にしては興味深いですね」
ノアは頷いた。
今回の出来事が運命転換炉によるものだとすれば、あまりにも小さな変化だった。
身体能力が急激に上がったわけではない。
魔法が使えるようになったわけでもない。
ただ、選んだ道が変わった。
それだけ。
しかし、その「それだけ」が何を引き起こすのか。
ノアたちは、それを確かめようとしていた。
小さな魔物は通路を進み続ける。
しばらくすると、前方に淡い光が見えてきた。
「何かある」
クロウが足を止めた。
小さな魔物はそのまま進み、光の正体を見つける。
床に落ちていたのは、古い魔力結晶だった。
だが、普通の結晶ではない。
透明度が高く、内部には細い金色の線が走っている。
ミレアが目を見開いた。
「これは……古代設備用の魔力結晶ですね」
「そんなものが、こんなところに?」
「はい。しかもかなり純度が高いです」
ノアは少し驚いた。
洞窟には以前から大量の魔力結晶が存在していたが、古代設備に使われていた特殊な結晶はそう多くない。
小さな魔物は、そんなことなど知るはずもない。
ただ、結晶を見つけると鼻を近づけた。
そして、前脚でちょん、と触れる。
カラン。
結晶が転がった。
「え?」
ノアが声を上げる。
結晶は斜面を転がり、そのまま壁際の小さな穴へ入り込んだ。
カチッ。
また、音がした。
「……まさか」
ミレアが呟く。
壁の一部がゆっくりと動いた。
ゴゴゴゴ……。
石が横へずれ、隠されていた空間が現れる。
ノアは思わず目を丸くした。
「また開いた……」
中には小さな部屋があった。
広くはない。
古代設備が一つ。
その周囲には、いくつもの配線のような魔力管が伸びている。
だが、設備そのものは完全に停止していた。
「これは何?」
ノアが近づこうとした時、ミレアが慌てて止めた。
「待ってください。先に確認します」
ミレアが慎重に魔力を調べる。
「……魔力貯蔵設備ではありません」
「じゃあ何?」
「おそらく、何かを制御するための中継装置です」
ノアは首を傾げる。
「中継?」
「はい。ここ単体では何もできません。ですが、古代施設から送られてくる魔力や情報を別の場所へ渡すための設備だった可能性があります」
その言葉を聞いた瞬間、ノアは運命転換炉を思い出した。
「……運命転換炉と繋がってる?」
「その可能性はあります」
ミレアが魔力管を調べる。
一本。
二本。
三本。
そのうちの一本だけが、今もごく僅かに魔力を通していた。
「生きています」
「え?」
「完全停止ではありません。ごく僅かですが、魔力が流れています」
ノアは目を細めた。
昨日、運命転換炉が仮起動した。
そして今日、小さな魔物がこの場所を見つけた。
もしかすると、昨日まで眠っていた設備が、運命転換炉の起動によって少しずつ繋がり始めているのかもしれない。
「でも、これ……」
ノアが周囲を見回す。
「どうやって動かすんだろう?」
ミレアは装置を調べ続ける。
「分かりません。起動用の鍵や魔力結晶を差し込む場所はありますが、現在の設備では足りないようです」
「足りない?」
「はい。最低でも二つ」
ミレアが指差した。
一つは魔力結晶。
そしてもう一つは――特殊な鍵穴。
ノアの表情が固まった。
「……鍵?」
「はい」
二人は顔を見合わせる。
ノアの頭に、ずっと前の出来事が蘇った。
不思議な商店。
そこで買った、一つの奇妙な品。
『用途を失った鍵』。
「まさか……」
ノアは急いで収納袋を取り出した。
そこから一本の古びた鍵を取り出す。
ミレアが絶句した。
「ノア様……」
「まだ分からないよ」
ノアは鍵を握りしめる。
あの時は何に使うのかも分からなかった。
ただ、なぜか気になって購入した。
その後、古い箱を開けるために使い、眠っていた設備の再生にも繋がった。
そして今。
目の前にある古代装置にも、鍵穴がある。
「これ、入るかな」
ノアが鍵を近づける。
カチッ。
驚くほど自然に入った。
ノアは一瞬、手を止めた。
「……入った」
「まさか、最初からこのために?」
「分からない」
ノアは首を振る。
「不思議商店のことだから、私たちが何に使うかなんて知らないんじゃないかな」
「ですが、結果として必要な場所に届いています」
「それが一番怖いんだよね」
ノアは苦笑した。
そして鍵を回す。
カチン。
装置の奥で小さな音が鳴った。
部屋全体が震える。
魔力管に淡い光が走った。
一つ。
二つ。
三つ。
次々と古代設備が目を覚ましていく。
その瞬間、洞窟全体の魔力循環が一度だけ大きく揺れた。
「何!?」
ノアが驚いて立ち上がる。
遠くから、ガルドの声が響いた。
「グォォッ!」
続いてセラの魔力反応。
レグル。
ポヨン。
洞窟中の精鋭たちが、異変を感じ取ったのだ。
そして地下深く。
運命転換炉にも変化が起きていた。
『接続設備――復旧』
『炉心――微弱起動』
『運命変換機能――一部使用可能』
ノアたちがその表示を見つめていると、さらに一行が浮かび上がった。
『現在の転換可能対象――一件』
ノアは息を呑んだ。
「一件だけ……?」
ミレアが頷く。
「どうやら、何か一つだけなら、変えられるようです」
「でも、何を?」
答えは出ない。
ノアは運命転換炉を見つめた。
その時だった。
ポヨンが地下室へ入ってきた。
「ぽよ!」
その後ろから、ガルド、セラ、レグルもやってくる。
そして最後にルナが静かに歩いてきた。
黒い小さな身体。
王位継承候補として目覚めた、特別な存在。
ルナは運命転換炉を見上げた。
すると――。
古代文字が変わった。
『適合対象を確認』
『候補――一体』
ノアの表情が変わる。
「……一体?」
ルナの耳がぴくりと動いた。
運命転換炉の光が、ゆっくりとルナへ向かって伸びていく。
だが、ノアはすぐにルナを抱き上げた。
「待って」
光が止まる。
ノアはルナを抱いたまま、装置を睨んだ。
「勝手に、この子の運命を変えるのは駄目」
地下室が静まり返る。
すると、運命転換炉の文字が一つだけ変化した。
『対象――保留』
ノアはルナを抱きしめたまま、小さく息を吐いた。
「……やっぱり、これにはまだ秘密がある」
古代施設は再び沈黙した。
けれど、完全に眠ったわけではない。
洞窟のどこかで、古代の魔力管が静かに光り続けている。
そして、不思議商店から手に入れた一本の鍵が、また一つ、眠っていた力を繋ぎ合わせていた。




