第69話 幸運と侵入者が交わる場所
「ぽよーーーっ!」
洞窟の奥から、ポヨンの叫び声が響いていた。
正確には、叫び声というより悲鳴に近い。
小さな紫色の身体が、洞窟の床を転がりながらこちらへ向かってくる。その背後では、巨大な岩石の魔物が凄まじい勢いで追いかけていた。
「どうしてこうなるのよ……」
私は監視映像を見ながら頭を抱えた。
ポヨンが巨大な魔力結晶を見つけた。
そこまではいい。
巨大な魔力結晶を守っていた魔物を起こしてしまった。
そこまでも、まあいい。
問題は、その逃走経路の先にエドたちがいることだった。
しかも、エドたちはその先にある巨大な魔力反応を目指している。
『ノア様、このままでは三者が接触します』
「分かってる」
『どうしますか?』
私は画面を見つめた。
エドたちは、このダンジョンへ侵入してきた冒険者だ。
事情は分かっている。
エドには病気の妹がいる。
ダグは友人として彼を支えている。
リナにも誰かを守りたいという理由がある。
だからといって、ダンジョンマスターとして侵入者を好き勝手に歩かせるわけにはいかない。
まして、今向かっている場所には巨大な魔力結晶がある。
もしあれを持ち帰られれば、ダンジョンにとっては大きな損失になる。
「……うん」
私は決めた。
「まずはポヨンを助ける」
『エドたちは?』
「その後」
『承知しました』
私はすぐにクロウへ指示を出した。
「クロウ、ポヨンの逃走経路を確認して。エドたちのところへ行って、あの巨大魔物が来ることを知らせて」
「グルッ」
クロウが走り出す。
その少し後ろでは、ルゥも鼻を地面へ近づけながら進んでいた。
ポヨンの匂いと、巨大魔物の匂い。
二つを追えば、合流地点はすぐに分かる。
一方、エドたちはまだ何も知らなかった。
「この先だ」
リナが呟く。
三人の目の前には、巨大な岩の壁があった。
その向こうから、凄まじい魔力が漏れ出している。
「ここを越えれば、さっきの魔力反応の場所に出る」
リナが探知魔法を確認する。
「でも……妙だね」
「何が?」
「魔力反応が近づいてる」
ダグが眉をひそめる。
「魔力結晶が動いてるのか?」
「違う。もっと大きいもの」
その直後。
遠くから、地響きが聞こえた。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
三人の表情が固まる。
「……来るぞ」
ダグが斧を構えた。
エドも剣を抜く。
リナは二人の後ろへ下がり、杖を構えた。
次の瞬間。
「ぽよーーーーっ!」
「……え?」
岩壁の向こうから、ポヨンが飛び出してきた。
三人が呆然とする。
ポヨンはそのままエドの足元を通り抜け、勢い余って壁へ激突した。
「ぽよ……」
「なんだ、こいつ?」
ダグがポヨンを見る。
しかし、次の瞬間には全員が別の存在に気づいた。
岩壁が砕けた。
巨大な岩石の魔物が姿を現す。
「うわ……」
エドの顔から血の気が引く。
「さっきのゴーレムより大きい」
「構えて!」
リナが叫んだ。
魔物が腕を振り上げる。
ダグが前へ出た。
「俺が受ける!」
斧と巨大な拳が激突した。
轟音が洞窟を揺らす。
「ぐっ……!」
ダグの足が地面へめり込む。
「ダグ!」
「大丈夫だ! エド、結晶を狙え!」
エドが走る。
だが、魔物は単純なゴーレムではなかった。
身体を回転させ、巨大な腕を振り抜く。
「危ない!」
リナが魔法を放った。
炎の弾丸が魔物の顔面へ直撃する。
一瞬だけ魔物の動きが止まった。
その隙にエドが懐へ入り込む。
「ここだ!」
剣を振り抜く。
しかし――。
ガキン!
硬い。
剣が弾かれた。
「くそっ……!」
魔物の身体には傷一つついていない。
ダグも必死に攻撃を受け止めているが、徐々に押されている。
リナの魔法も効果は薄い。
「このままじゃ……!」
三人が追い詰められていく。
そのときだった。
「グルルル……!」
別の方向から唸り声が響いた。
黒い影が飛び出す。
クロウだった。
クロウは魔物の足元を駆け抜け、その注意を一瞬だけ引きつけた。
「今だ!」
ダグが叫ぶ。
エドが再び走る。
しかし、クロウの目的は攻撃ではなかった。
エドたちを逃がすこと。
そして――ポヨンを安全な場所へ移動させること。
クロウはポヨンの首元をくわえる。
「ぽよっ!?」
そのまま走り出した。
「お、おい!」
エドが驚く。
「今の魔物、あの小さい魔物を追ってきたのか?」
「たぶん……」
リナが魔力の流れを見る。
「待って」
「どうした?」
「この魔物、私たちを狙ってるんじゃない」
リナが巨大魔物を見る。
「さっきから攻撃の方向がおかしい。私たちより……あのポヨンを追ってる」
ダグが目を細めた。
「つまり、俺たちは巻き込まれただけか」
「そうみたい」
エドは剣を握ったまま、クロウの走っていった方向を見る。
「じゃあ、あの小さい魔物を逃がせば……」
「どうする?」
ダグが尋ねる。
エドは一瞬考えた。
そして剣を構え直した。
「俺たちが引きつける」
「エド?」
「俺たちが狙われてるわけじゃないなら、あいつを逃がせばいい。妹の薬を探しに来た俺たちが、別の魔物を見殺しにする必要もないだろ」
ダグが笑った。
「ちょっと何言ってるか分からないけど、なんとなく分かったよ」
リナも杖を握り直した。
「助けるってことね。じゃあ、私も手伝う」
「ありがとう」
「勘違いしないで。エドを守るって決めたから、ついでにあの子も守るだけ」
「ついでなんだな」
「ついで」
三人は魔物へ向き直った。
その様子を、少し離れた場所からクロウが見ていた。
ポヨンを安全な場所へ運びながら、何度も振り返っている。
そして、その光景を見ていた私は少し驚いていた。
「……エドたち、逃げなかったね」
『はい』
「自分たちが狙われてないって分かったのに、ポヨンを逃がすために残った」
『彼らの性格が表れています』
私はしばらく黙っていた。
侵入者。
本来なら、ダンジョンにとっては敵だ。
でも、敵だからといって、その人物のすべてが悪いわけではない。
エドたちは魔力結晶を求めてここへ来た。
それは妹のため。
そして今、彼らは自分たちの目的とは関係のないポヨンを助けようとしている。
「……ミレア」
『はい』
「ガルドは?」
『すでに移動を開始しています』
「そう」
私は監視映像を切り替えた。
洞窟の奥。
炎のような魔力をまとったガルドが、ゆっくりと歩いている。
ブレイズグリフォンとの配合を終えたガルド。
以前とは違う。
あの頃なら、エドたちがこの魔物と戦っているだけで、私も多少は心配したかもしれない。
でも今は違う。
「ガルドには、エドたちを助けるように伝えて」
『侵入者ですが、よろしいのですか?』
「うん。ただし、巨大魔物を倒した後にエドたちが結晶を持っていこうとしたら、そのときは止める」
『了解しました』
私は画面を見つめた。
これなら、エドたちも死なずに済む。
ポヨンも助かる。
そして巨大魔物も、ダンジョンの戦力として利用できる可能性がある。
何より――。
私は巨大魔力結晶を見た。
「……あの結晶、どう考えても何かありそうなんだよね」
『同感です』
不思議商店で見た、用途不明の品々。
古代設備。
ダンジョンの地下に眠っていた魔力。
そして、今回発見された巨大な魔力結晶。
全部が繋がっているとは限らない。
けれど、私のダンジョンでは、不思議なことが起こるたびに何かが次へ繋がっていく。
「まあ、今はガルドに任せよう」
私は椅子へ座り直した。
その頃、巨大魔物と戦うエドたちの前に、赤い光が近づいていた。
「グルル……」
炎のような魔力を纏った巨体。
ガルドが現れた。
エドたちは、その姿を見て固まった。
「……何だ、あれ」
ダグが呟く。
リナも言葉を失う。
そしてガルドは、巨大魔物を見た。
巨大魔物もガルドを見る。
二体の魔物が、互いに一歩ずつ前へ出た。
ズシン。
ズシン。
洞窟の空気が、一気に変わった。




