第68話 幸運が見つけた巨大な結晶
ポヨンは巨大な魔力結晶を前にして、首を傾げていた。
「ぽよ?」
目の前にあるのは、これまでダンジョンで発見されてきた魔力結晶とは明らかに違うものだった。岩盤から半ば飛び出すように埋まっている結晶は、ポヨンの身体よりも遥かに大きく、淡い光を内部に宿している。その輝きは一定ではなく、呼吸するように明滅していた。
ポヨンは何をするでもなく、その表面を前足でぺたぺたと触る。
すると、結晶の内部を走っていた光が一気に強くなった。
「ぽよっ?」
ポヨンが驚いて後ろへ転がる。
だが、結晶は壊れなかった。
むしろ周囲の岩盤に眠っていた小さな魔力の流れが、次々と巨大な結晶へ吸い寄せられていく。
その様子を監視映像で見ていた私は、思わず立ち上がった。
「ミレア、あれ……何?」
『確認します。……通常の魔力結晶ではありません。内部に非常に高密度な魔力が蓄積されています』
「どのくらい?」
『正確な測定は困難ですが、現在ダンジョンが保有する魔力結晶を合計した量と比較しても、かなり大きな値です』
私は画面を見つめた。
「そんなものが、あんなところに埋まってたの?」
『正確には、長期間にわたって岩盤の内部へ魔力が集積したものと推測されます』
「つまり……」
私はポヨンを見る。
ポヨンは巨大な結晶の前で、今度は頭を擦りつけていた。
「……ポヨンが偶然見つけた?」
『その可能性が高いです』
「やっぱりかぁ」
私は思わず笑ってしまった。
普通なら、こんな巨大な魔力結晶を見つけるには、地下を何日も探索しなければならないだろう。ところがポヨンの場合は、いつものように歩いていただけだ。
そして偶然、最も価値のある場所へ辿り着いている。
『ただし、問題があります』
「何?」
『結晶の周囲に、強い魔力反応があります』
「魔物?」
『……はい』
その瞬間だった。
巨大な結晶の奥から、低い唸り声が響いた。
ポヨンの身体がぴくりと固まる。
岩盤の向こう側から、何かが近づいてくる。
ズシン。
ズシン。
地面が揺れた。
ポヨンは結晶を見上げ、それから音のする方向を見た。
「ぽよ……」
次の瞬間、岩壁が大きく崩れた。
現れたのは、巨大な岩石の身体を持つ魔物だった。全身を鉱石のような外殻で覆い、額には小さな魔力結晶が埋め込まれている。どうやらこの場所に長い間棲みつき、巨大な結晶から漏れる魔力を吸収して生きていたらしい。
魔物がポヨンを見た。
ポヨンも魔物を見る。
数秒の沈黙。
「ぽよ?」
魔物が一歩踏み出した。
ズシン。
ポヨンは一歩後退した。
そして――。
くるりと背を向けた。
「ぽよー!」
全力で逃げ出した。
「……逃げた」
私は思わず呟いた。
『正しい判断かと』
「でも、あれ……ポヨンを追ってるよ?」
『はい』
巨大な魔物がポヨンを追い始める。
ところがポヨンは、走ることに関しては妙に運がいい。
足元の小石に躓いたと思ったら、転がった勢いで攻撃を避ける。魔物が振り下ろした腕はポヨンの頭上を通り抜け、壁に激突する。
その衝撃で岩が崩れ、魔物の背後に新しい通路が現れた。
「……また?」
私は額に手を当てた。
『幸運の連鎖が発生しています』
「もう驚かないことにする」
その頃、別の通路ではエドたちが慎重に歩いていた。
先ほど上位個体のロックゴーレムと戦ったことで、三人の疲労はかなり蓄積している。それでもエドは歩みを止めなかった。
「エド、少し休んだほうがいいんじゃない?」
リナが声をかける。
「まだ大丈夫だ」
「その台詞、さっきも聞いた」
「……じゃあ、ちょっとだけ休もう」
ダグが笑った。
「最初からそう言えばいいんだよ」
三人は壁際に腰を下ろした。
エドが袋を確認する。
そこには、先ほど手に入れた魔力結晶が入っている。
「これだけでも、しばらく薬は買える」
「よかったね」
「ああ。でも……」
エドは袋を握りしめた。
「できれば、もう少し欲しい」
リナが静かにエドを見る。
「妹さんのため?」
「うん」
「……そっか」
リナはそれ以上何も言わなかった。
ダグが腕を組む。
「だったら、無理のない範囲で探そう。さっきみたいな魔物が出てきたら、俺たち三人で対応する」
「ありがとう」
「礼はいらん。昔からそういう約束だろ」
「そんな約束した覚えないぞ」
「俺が勝手に決めた」
「なんだそれ」
三人の間に小さな笑いが起きた。
そのとき、リナが突然顔を上げた。
「……待って」
「どうした?」
「魔力の流れがおかしい」
リナは目を閉じ、探知魔法を集中させた。
「この先……ものすごく大きな魔力があります」
「魔力結晶か?」
「分からない。でも、さっきのゴーレムとは比べものにならない」
エドの表情が変わる。
ダグも立ち上がった。
「行くか?」
「……うん」
三人は慎重に進み始めた。
だが、彼らが向かっている方向には、ポヨンと巨大な魔物がいる。
そしてさらにその先には、巨大な魔力結晶。
もしエドたちがそこへ辿り着けば、彼らにとっては願ってもない収穫になる。
一方、ノアは別のことに気づいていた。
「……あれ?」
「どうしました?」
ミレアが尋ねる。
「この魔力結晶って、前に不思議商店で見た商品に似てない?」
『商品ですか?』
「うん。あのとき店の奥にあった、変な石」
私は思い出していた。
不思議商店で以前見かけた、用途の分からない黒い石。
結局そのときは買わなかった。
値段は安かった。
けれど、見た目が地味すぎて使い道が分からなかったのだ。
「もしかして、あれも魔力結晶と関係があったのかな」
『可能性はあります』
「……あのお店、本当に何を売ってるんだろう」
私は少しだけ考えた。
不思議商店の商品は、買った瞬間に価値が分かるとは限らない。
用途を失った鍵。
正体の分からない素材。
何に使うのか分からない道具。
そういうものが、時間が経ってから意味を持つ。
そして今、ダンジョンでは偶然によって巨大な魔力結晶が発見された。
私は小さく笑った。
「まあ、今は考えても仕方ないか」
画面を見る。
そこには必死に逃げるポヨンと、それを追いかける巨大な魔物が映っている。
「まずは……あっちをどうにかしないと」
『ノア様、ポヨンがこちらへ向かっています』
「え?」
私は画面を拡大した。
確かにポヨンはこちらへ向かっている。
しかも、その後ろには巨大な魔物。
さらにその向こうから、エドたちも近づいている。
私はしばらく画面を見つめた。
「……これ、まずくない?」
『非常に興味深い状況です』
「ミレア、そういうときは普通にまずいって言っていいんだよ」
『では、訂正します。かなりまずいです』
「やっぱり!」
私は慌てて立ち上がった。
ポヨンの幸運によって見つかった巨大な魔力結晶。
その結晶を守る巨大魔物。
そして、その価値を知らずに近づいてくるエドたち。
三つの出来事が、まるで引き寄せられるように一つの場所へ集まり始めていた。




