第67話 リナが冒険者になった理由
ロックゴーレムを倒したエドたちは、手に入れた魔力結晶を慎重に袋へしまうと、再び洞窟の奥へと歩き始めた。
先ほどの戦闘で多少の疲労はある。それでも三人の足取りは止まらなかった。
エドにとって、この先にある魔力結晶は妹の命を繋ぐための薬へと変わる。ダグにとっては、そんな友人を無事に帰すための戦いだ。そしてリナもまた、二人の後ろを歩きながら、何度も周囲へ視線を向けていた。
「……リナ、疲れてないか?」
エドが振り返る。
「大丈夫。それよりエドのほうこそ、さっき結構無茶してたでしょ」
「俺は平気だよ。あの程度なら――」
「そうやっていつも無理するんだから」
リナは呆れたように言いながら、杖の先を軽く上げた。
淡い光が三人の周囲を包む。
「簡単な疲労軽減魔法。今のうちに少し休めるようにしておく」
「助かる」
「ありがとう、リナ」
ダグが礼を言うと、リナは小さく笑った。
「どういたしまして」
その表情は穏やかだった。
だが、リナの胸の奥には、二人には話していない記憶があった。
冒険者になったばかりの頃。
まだ魔法も今ほど上手く扱えなかった時期に、リナは一度だけ、死にかけたことがある。
薬草採取の依頼で森へ入った際、仲間だった冒険者が魔物に襲われた。リナは恐怖で動けず、何もできなかった。
そのとき、自分よりもずっと年上の冒険者が彼女を庇った。
その人は重傷を負いながらも、最後までリナを逃がした。
幸い、その人は一命を取り留めた。
けれど、リナはその出来事をきっかけに、自分の無力さを強く意識するようになった。
もっと魔法を覚えたい。
もっと強くなりたい。
そして、いつか誰かを守れる人間になりたい。
それが、リナが冒険者を続ける理由の一つだった。
そんな彼女がエドと出会ったのは、それからしばらく経った頃だった。
当時のエドは今よりもさらに不器用だった。剣の腕も並程度。魔法は使えず、依頼の報酬も決して多くない。それなのに、稼いだ金のほとんどを薬代に消していた。
ある日、ギルドの受付でエドが依頼書を眺めていた。
その横顔を見て、リナは声をかけた。
『その依頼、一人で行くつもり?』
『……うん。薬代が必要だから』
『危ないよ』
『分かってる。でも、行かないと妹の薬が買えない』
その言葉を聞いたとき、リナは昔の自分を思い出した。
誰かに助けられたときのこと。
自分が何もできなかったこと。
そして、あのとき心の中で誓ったこと。
――今度は、自分が誰かを助ける側になる。
だからリナは、エドと一緒に依頼へ向かった。
最初は一度だけのつもりだった。
けれど、その一度が終わった後も、エドは一人で危険な依頼を受け続けていた。
気がつけば、リナは何度も彼のパーティーに加わるようになっていた。
「……リナ?」
「え?」
「どうした? ぼーっとしてたぞ」
エドの声で、リナは我に返った。
「なんでもないよ」
「本当に?」
「本当。ほら、前を見て」
リナが指を向けた先に、巨大な岩壁があった。
だが、ただの岩壁ではない。
中央に細い亀裂が走っている。
その奥から、かすかな魔力の反応が漏れていた。
「……何かある」
リナが杖を構える。
「魔力反応?」
「うん。しかも結構強い。たぶん、魔力結晶がある」
エドの表情が変わった。
「行こう」
「待て」
ダグがエドの肩を掴んだ。
「さっきから妙なんだ。このダンジョン、魔力結晶が見つかりすぎる」
「でも、だからこそ――」
「だからこそ警戒するんだ」
ダグの視線が周囲を走る。
その様子を、少し離れた場所からクロウが見ていた。
黒い毛並みの狼型魔物。その額にある角が、洞窟内の魔力を微かに捉えている。
クロウは三人の様子を確認すると、低く唸った。
「……グルル」
その場から離れ、別の通路へ走っていく。
そして、その先にはガルドがいた。
以前とは明らかに違う。
ブレイズグリフォンとの融合によって強化された巨体。その身体から漏れる熱気だけで、周囲の空気が僅かに揺らいでいる。
クロウがエドたちの方向を振り返る。
ガルドはしばらく黙ってその方向を見た後、牙を剥いた。
「グル……」
まだ襲う必要はない。
そう判断したのか、ガルドは動かなかった。
一方、エドたちは岩壁の亀裂へ近づいていた。
リナが魔法で内部を探る。
「……奥に空洞がある。でも、入口が狭い」
「俺が広げる」
エドが剣を抜く。
「待って」
リナが止めた。
「罠かもしれない」
「分かった」
エドは素直に剣を下ろした。
リナは少し驚いた顔をする。
「珍しいね。いつもなら突っ込むのに」
「妹の薬を持って帰らなきゃならないからな。ここで死んだら意味がない」
「……そうだね」
リナは笑った。
その直後だった。
岩壁の向こうから、低い音が響いた。
ゴゴゴゴゴ……。
「何だ?」
三人が身構える。
次の瞬間、岩壁の亀裂が突然大きく開いた。
その向こうから姿を現したのは、先ほどのロックゴーレムより一回り大きな個体だった。
しかも、その胸部には赤黒い魔力結晶が埋め込まれている。
「上位個体……!」
リナが叫ぶ。
ゴーレムの拳が振り下ろされた。
ダグが斧を構えて受け止める。
「ぐっ……!」
地面が大きく沈む。
「ダグ!」
「俺はいい! リナ、エド!」
「分かってる!」
エドが走る。
だが、ゴーレムの腕が横薙ぎに振られた。
「危ない!」
リナが魔法障壁を展開する。
衝撃で障壁が砕け散り、リナの身体が後方へ吹き飛んだ。
「リナ!」
エドが駆け寄ろうとする。
「来ないで!」
リナは立ち上がった。
腕には傷がある。それでも杖を握り直した。
「エドは前を見て!」
「でも!」
「妹さんを助けたいんでしょ!」
その言葉に、エドの動きが止まる。
リナは息を整えながら、ゴーレムを見据えた。
「私はね、エド。あなたの妹さんを助けたいから一緒に来てる。それだけじゃないんだよ」
「……え?」
「昔、私は何もできなかったことがある。誰かに助けてもらって、それで初めて、自分も誰かを守れるようになりたいって思った」
リナの魔力が杖へ集まっていく。
「だから、エド。あなたが妹さんを助けるために戦うなら、私はその背中を守る」
「リナ……」
「それが私の冒険者としての理由だから」
次の瞬間、リナの魔法が炸裂した。
氷の槍がゴーレムの足元へ突き刺さり、その動きを僅かに止める。
「今!」
「おおおおっ!」
ダグが斧を振り抜いた。
ゴーレムの腕が弾かれる。
その隙にエドが懐へ飛び込んだ。
狙うのは胸部。
そこにある魔力結晶だけだった。
「これで……妹を助ける!」
剣が結晶へ突き刺さる。
亀裂が走った。
そして――。
パキィン!
魔力結晶が砕け散った。
ゴーレムの身体から力が抜け、巨大な身体が地面へ崩れ落ちる。
三人は荒い息を吐きながら、その場に立っていた。
エドが砕けた結晶を拾い上げる。
「……これなら、もっと薬が買える」
その手を、リナが見つめる。
「よかったね」
「ああ」
ダグも笑った。
「まだ奥がある。だが、今日はここまでにしたほうがいいかもしれないな」
エドは一瞬だけ迷った。
しかし、拾った結晶を袋へ入れると首を横に振った。
「もう少しだけ進もう」
「エド……」
「無茶はしない。でも、妹のためにできることがあるなら、俺は行きたい」
リナは小さく息を吐いた。
「分かった。ただし、危なくなったら私が止めるからね」
「了解」
三人は再び歩き出した。
その様子を、遠くからノアが見ていた。
私はミレアから報告を受けながら、少しだけ考える。
「……あの三人、本当に変わってるね」
『敵として侵入していることに変わりはありません。しかし、一般的な侵入者とは明確に目的が異なります』
「うん」
私は監視映像に映るリナを見る。
彼女は先ほどから何度もエドの後ろを確認している。
自分が傷ついても、エドを優先している。
「リナは、エドの妹を助けたい。でも、それだけじゃない」
『はい。彼女自身にも、誰かを守る理由が存在するようです』
「だったら……もう少し見てみよう」
私はそう決めた。
ただし、洞窟は彼らのために作られた場所ではない。
次に何が起きるかまでは、私にも分からない。
だからこそ――。
私は監視映像から目を離さず、ポヨンがどこにいるのかを確認した。
「……あれ?」
ミレアが沈黙する。
『……ノア様』
「なに?」
『ポヨンの現在位置を確認してください』
私は映像を切り替えた。
そして、思わず固まった。
ポヨンはエドたちが進んでいる通路の、さらに先にいた。
しかも、その目の前には――巨大な魔力結晶が転がっている。
「……なんで、そこにいるのよ」
『幸運……でしょうか』
「たぶん」
私は頭を抱えた。
エドたちが命懸けで探している魔力結晶を、ポヨンは偶然見つけている。
しかも、その結晶はこれまで見たことがないほど巨大だった。
「……本当に、あの子の幸運はどうなってるの?」
『測定不能です』
「だよね……」
私はため息をつきながら、監視を続けた。
ポヨンは巨大な結晶を見つめ――。
「ぽよ?」
そのまま、前足で軽く触れた。




