第65話 ダンジョンへ向かう理由
王都から少し離れた街に、一人の若い冒険者がいた。
名前は、エド。
年齢は二十三歳。
冒険者としては決して長いとは言えないが、かといって新人と呼ぶには少しばかり経験を積んでいる。剣の腕もそこそこ。魔法は使えない。身体能力も特別高いわけではない。
冒険者として評価するなら、どこにでもいる中堅。
少なくとも、本人はそう思っていた。
「……今日も依頼、取れなかったな」
冒険者ギルドの掲示板の前で、エドは小さく息を吐いた。
掲示板には大量の依頼書が貼られている。
薬草採取。
魔物討伐。
護衛。
素材回収。
その中から、自分でも達成できそうな依頼を探す。
だが、簡単な依頼は報酬が安い。
危険な依頼は、今の自分には荷が重い。
「エド」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、二人の冒険者が立っている。
一人は大柄な男。
もう一人は、小柄な女性だった。
「まだ依頼探してるの?」
「ああ」
「また?」
「……まただ」
女性が呆れたように笑う。
「もう少し休んだら?」
「休んでる暇なんてないよ」
エドは苦笑した。
そして懐から、一枚の紙を取り出した。
紙には、薬の名前が書かれている。
高価な薬だった。
「これ、あと二週間しかないんだ」
大男の表情が変わった。
「妹さんか」
「ああ」
エドの妹は病気だった。
治療そのものは難しくない。
だが、薬が高い。
毎月の薬代を払うため、エドは冒険者になった。
最初は簡単な採取依頼だけで十分だと思っていた。
しかし現実は甘くなかった。
薬代。
食費。
宿代。
装備の修理費。
魔物と戦うために必要な消耗品。
稼いだ金は、あっという間に消えていく。
「だから、少し危険でもいい。報酬の高い依頼を探してる」
「でも、お前一人じゃ……」
「分かってる」
エドは二人を見る。
「だから頼みたい」
少しだけ沈黙が流れた。
そして大男が頭を掻いた。
「……仕方ねえな」
「本当か?」
「ああ。ただし、無茶はするなよ」
「分かってる」
その日。
三人は一枚の依頼書を見つけた。
それは最近になって冒険者たちの間で噂になっている、あるダンジョンに関する依頼だった。
洞窟型ダンジョン。
周辺で魔力結晶が採取される。
内部には通常種だけではなく、比較的珍しい魔物も出現するらしい。
そして――最近、妙に生還者が多い。
危険なダンジョンなら、普通は死者が増える。
だが、この洞窟から帰ってきた冒険者たちは口を揃えて言うのだ。
「妙に運が悪い」
なのに、
「なぜか死なずに帰れた」
と。
エドはその噂を聞いて、少し考えた。
「……ここなら」
「何?」
「魔力結晶を持ち帰れば、かなりの金になる」
大男が眉を寄せる。
「つまり、本当に行くのか?」
「ああ」
エドは依頼書を握った。
「俺には時間がない」
その言葉には、迷いがなかった。
翌朝。
三人は街を出た。
目的地は、ノアたちが暮らす洞窟のダンジョン。
一方、その頃。
「……暇だなぁ」
私はダンジョンの中で、壁にもたれながら呟いていた。
ガルドが以前とは比較にならないほど強くなった。
レグルも訓練を続けている。
セラは魔力制御の訓練を続け、ポヨンは相変わらずどこかを転がっている。
クロウとルゥは周辺の警戒。
モラは地下探索。
シエルはルナの近くで羽を広げたり閉じたりしている。
いつも通りの光景だった。
「平和だね」
私が言うと、ミレアが笑った。
「ノア様がそう言うと、何か起こる気がします」
「なんで?」
「今まで何度もそうでしたから」
「……否定できない」
そのときだった。
クロウが入口方向から戻ってきた。いつもと違う。耳が立っている。そして、私を見ると低く唸った。
「侵入者?」
「そのようです」
ミレアが魔力探知を展開する。
「三人。人間です」
「強い?」
「……現時点では、それほどではありません」
私は少し安心した。けれど、同時に妙な違和感を覚えた。
「クロウ、何か気づいた?」
「グルル」
クロウは三本の爪を立てた。
そして一度、胸元を指す。
「……装備?」
「おそらく、武装の特徴を伝えているのでしょう」
クロウは頷いた。
どうやら侵入者は三人とも、それなりに装備を整えているらしい。
「じゃあ、警戒しておこう」
私はそう言った。
だが、このときの私はまだ知らなかった。
今回やって来る三人は、これまでの侵入者とは少し違う。
金目当てではある。
命知らずでもある。
しかし――ただの略奪者ではない。
その中の一人は、このダンジョンで手に入る薬草や魔力結晶によって、病気の妹を救おうとしていた。
そしてもう一人は、その事情を知った上で同行している。
「……見えた」
洞窟の入口を見つめながら、エドは呟いた。
「ここだ」
三人の前に、巨大な洞窟が口を開けている。エドは剣の柄を握った。怖くないわけではない。むしろ怖い。冒険者になってから、何度も死にかけた。
それでも。
「行こう」
エドは仲間に告げた。
「俺は、妹を助けたい」
その言葉とともに、三人は洞窟へ足を踏み入れた。
ダンジョン側では、クロウが静かに彼らを見つめていた。
ルゥも鼻を動かしている。
そして、少し離れた場所ではガルドが立ち上がった。
強化された身体から、わずかに赤い魔力が漏れる。
「グル……」
ガルドの視線が、洞窟の奥へ向けられた。
今回の侵入者は、どこまで来られるのか。
そしてノアは、彼らをどう迎えるのか。
その答えが出るまで、そう時間はかからなかった。




