第64話 召喚石が呼んだ、喰らう力
立て続けに侵入者を退けたことで、私たちのダンジョンが弱いわけではないことは分かった。
けれど同時に、分かってしまったこともある。
まだ足りない。
特にガルドだ。
ガルドは四精鋭の一角を担う攻撃特化型。普通の魔物や並の冒険者なら、相手にならないほど強い。
それでも、強敵と正面からぶつかったときには苦戦する可能性がある。
実際、ガレスとの戦いでは勝利したものの、決して余裕のある戦いではなかった。
私はその結果を思い返しながら、地下の配合炉の前に立っていた。
「やっぱり、強化したほうがいいと思う」
私の隣でミレアが頷く。
「私もそう思います。現在のガルド様は攻撃能力こそ非常に高いですが、攻撃特化であるがゆえに、純粋な突破力をさらに引き上げる余地があります」
「つまり?」
「簡単に言えば――もっと強くできます」
その言葉を聞いたガルドが、配合炉の前で腕を組んだ。
「グルル……」
その目には明らかにやる気がある。
どうやら本人も異論はないらしい。
「でも、どうやって?」
「そこで、これです」
ミレアが取り出したのは、一つの石だった。
拳ほどの大きさ。
表面には赤黒い紋様が浮かび、内部には炎のような光が揺らめいている。
私はそれを見た瞬間、以前とは違うものだと理解した。
「召喚石?」
「はい。少し前に手に入れていたものです」
「これで魔物を召喚できるんだよね?」
「ええ。ただし、召喚される魔物はランダムではありません。この召喚石に記録された系統から、一体が呼び出されます」
ミレアが召喚石を配合炉の横に置いた。
「今回の目的は、新しい仲間を増やすことではありません」
「じゃあ……」
「ガルド様の配合素材です」
ガルドが顔を上げた。
「グルル?」
「そういうこと」
私はガルドを見る。
「新しい魔物をずっと仲間にするんじゃない。呼び出した魔物の力を、ガルドに引き継がせる」
ガルドはしばらく召喚石を見つめ、それから力強く頷いた。
「グルァ!」
やる気満々だった。
「じゃあ、始めよう」
私が召喚石へ魔力を流す。
その瞬間、赤黒い紋様が一斉に輝いた。
配合炉の周囲に魔法陣が展開される。
空気が震えた。
普段の召喚とは明らかに違う。
魔力が一箇所に集まり、圧縮され、そして――形を持ち始めた。
炎が生まれる。
最初は小さな火だった。
それが一瞬で膨れ上がり、巨大な獣の輪郭を形成していく。
四本の脚。
太い胴体。
鋭い牙。
全身を覆う赤黒い鱗。
そして背中から伸びる二本の角。
現れたのは、炎を纏う巨大な獣だった。
召喚された瞬間、配合炉の表示が浮かび上がる。
『希少個体――ブレイズグリフォン』
『属性:炎』
『特性:灼熱の肉体』
『攻撃適性:極めて高』
私は思わず息を呑んだ。
「……強そう」
「実際、かなり強いです」
ミレアも少し驚いた顔をしている。
「希少個体の中でも、攻撃能力に特化した個体ですね。通常なら、このまま仲間にしても十分な戦力になります」
「でも……」
私はガルドを見る。
ガルドもまた、ブレイズグリフォンを見ていた。
互いに一歩も動かない。
敵意があるわけではない。
ただ、力を測っているようだった。
ブレイズグリフォンが低く唸る。
ガルドの口元が僅かに上がった。
「グルルル……」
どちらも強い。
だからこそ、分かる。
この二体を戦わせれば、かなり激しい戦いになる。
けれど今回、目的は戦闘ではない。
「ごめんね」
私はブレイズグリフォンへ声をかけた。
「あなたの力、ガルドに貸してもらうね」
その言葉に反応するように、ブレイズグリフォンの身体から炎が噴き上がった。
ミレアが配合炉を起動する。
「では、配合を開始します」
魔法陣が二つに分かれた。
一つはガルド。
もう一つはブレイズグリフォン。
そして二つの魔法陣が、ゆっくりと重なっていく。
『配合対象を確認』
『第一素材――ガルド』
『第二素材――ブレイズグリフォン』
『属性適合率――九十二パーセント』
高い。
かなり高い数値だった。
「すごい……」
「攻撃特化同士で相性が非常に良いようです」
魔法陣が赤く染まる。
ブレイズグリフォンの身体が光へ変わっていく。
鱗が。
翼が。
牙が。
炎が。
すべてが細かな魔力へと分解され、ガルドへ吸い込まれていく。
「グルァァァァァッ!」
ガルドが咆哮した。
その瞬間、配合炉の内部から凄まじい炎が吹き上がった。
私は反射的に腕で顔を覆う。
「熱っ!」
「ノア様、下がってください!」
ミレアの声が飛ぶ。
配合炉から溢れた炎が天井近くまで伸びる。
けれどガルドは、その中心に立ったままだった。
身体の表面を赤い光が走っていく。
筋肉が膨れ上がる。
黒い毛並みの一部に、赤い紋様が浮かび上がった。
両腕の周囲には、炎のような魔力が渦を巻いている。
やがて炎が一気に収束した。
静寂。
配合炉の光が消える。
そこに立っていたのは――以前のガルドとは明らかに違う存在だった。
身体は一回り大きくなっている。
爪は以前より鋭く、腕には赤黒い魔力がまとわりついている。
そして何より、目が違った。
以前から鋭かった眼光が、今は獲物を見ただけで戦意を喪失させるほどの圧を持っている。
ミレアが鑑定結果を読み上げる。
「……成功です」
「どれくらい?」
「攻撃能力、大幅上昇。身体能力、大幅上昇。炎属性適性を獲得。さらに――」
ミレアが表示を見つめる。
「固有能力が一つ追加されています」
「どんな能力?」
「【灼熱闘気】」
「灼熱闘気?」
「攻撃時に自身の魔力と炎属性を融合させ、打撃そのものの破壊力を大幅に増幅する能力です」
私はガルドを見る。
「試せる?」
「グル」
ガルドが頷いた。
私たちは訓練施設へ移動した。
施設の奥には、以前から使っていた巨大な訓練用ゴーレムがある。
ガルドはその前に立った。
ゴーレムは、普通の冒険者なら何人がかりでも簡単には壊せない。
「じゃあ、軽く一発だけ」
私がそう言った瞬間。
ガルドが踏み込んだ。
ドンッ!
地面が揺れた。
次の瞬間には、ガルドの拳がゴーレムの胸部へ叩き込まれていた。
轟音。
巨大なゴーレムの身体が、まるで紙のように吹き飛んだ。
壁へ激突する。
そのまま壁にめり込み、ゴーレムの胸部には巨大な亀裂が走った。
私は固まった。
「…………」
ミレアも固まっている。
数秒後、ようやくミレアが口を開いた。
「……軽く一発、という注文には十分すぎる結果ですね」
「いや……」
私はゴーレムを見る。
胸部が完全に潰れている。
「強すぎない?」
「以前とは比較になりません」
ミレアが苦笑する。
「ガルド様はもともと攻撃特化でした。そのため、ブレイズグリフォンの攻撃特性がほぼ無駄なく引き継がれています」
ガルドが自分の拳を見る。
赤い炎が、指の間から静かに漏れていた。
「グルル……」
その顔には、満足そうな表情が浮かんでいる。
私は思わず笑った。
「これなら……次に強い冒険者が来ても、そう簡単には苦戦しないね」
「ええ」
ミレアが頷く。
「ですが、これは始まりに過ぎません」
「始まり?」
「四精鋭全員を同じように強化できれば、ダンジョン全体の戦力が一段上がります」
私は配合炉を見る。
さっきまでそこにいたブレイズグリフォンは、もう存在しない。
希少な魔物だった。
強かった。
けれど今、その力はガルドの中にある。
「……そうだね」
私は頷いた。
「新しい強い魔物を増やすんじゃなくて、今いる四精鋭をもっと強くする」
ガルドがこちらを見る。
「グルァ」
「うん。ガルド、頼りにしてるよ」
ガルドは胸を張った。
その姿を見ながら、私はふと思った。
これなら、ダンジョンに入ってきた冒険者が、ガルドを見ただけで帰りたくなるくらいにはなるかもしれない。
……いや。
さすがに、それは無理かな。
私はそう思った直後、訓練施設の奥で何かが崩れる音を聞いた。
ドォン!
「……何?」
ミレアが振り返る。
「おそらく、先ほどの衝撃で訓練施設の一部が――」
言葉の途中で、さらに大きな音が響いた。
ドゴォン!
私は額を押さえた。
「……ガルド」
「グル?」
「強くなったのは嬉しいけど、次からはもう少し加減してね」
ガルドは首を傾げた。
その後ろでは、壊れた訓練用ゴーレムがゆっくりと崩れ落ちていった。




