第63話 ポヨンが起こす大騒動
侵入者との戦いが終わってから、数日が経った。
ダンジョンには再び穏やかな時間が戻っていた。壊れた床はレグルたちが補修し、戦闘で傷ついた場所も少しずつ元の状態へ戻っている。
魔力循環設備が整ったことで、以前よりもダンジョン全体に魔力が行き渡るようになり、自然発生する魔物の数も僅かに増えていた。洞窟の奥では小型の魔物たちが餌を探し、岩陰では小さな魔物が昼寝をしている。以前なら「生き残るだけで精一杯」だったこの場所も、今ではすっかり一つの生態系を持つダンジョンになりつつあった。
ノアは通路を歩きながら、その様子を眺めていた。
「なんだか、さらにダンジョンらしくなってきたね」
「以前は魔物が増えるだけでも問題でしたからね」
隣を飛ぶミレアが答える。
「今では餌場や休息場所まで自然にできています。魔力環境が安定した影響でしょう」
「うん。これなら少しくらい何か起きても……」
ノアがそこまで言ったところで、遠くから大きな音が響いた。
ドォンッ!
「……」
「……」
二人は顔を見合わせた。
「今の、何?」
「嫌な予感がします」
さらに奥から、別の音が聞こえる。
ガタン!
ドタドタドタッ!
そして、
「ぽよー!」
聞き慣れた声が響いた。
「ポヨン?」
ノアが走り出す。
曲がり角を抜けた先では、ポヨンがものすごい勢いで転がっていた。
ただ転がっているだけではない。
その後ろを、数匹の小型魔物が追いかけている。
さらにその後ろから、バルガまで走ってきていた。
「なんでバルガまで!?」
バルガは大きなロックホーンの身体を揺らしながら、必死に何かを追っている。
その先頭を走っているポヨンは、本人だけが楽しそうだった。
「ぽよ! ぽよぽよ!」
「待って、ポヨン! 何してるの!」
ノアが叫ぶ。
当然、止まらない。
ポヨンは曲がり角を曲がり、勢いのまま小さな岩を飛び越えた。
すると、その岩に乗っていた木箱が揺れた。
木箱が倒れる。
中から大量の干し果実が転がり出した。
「うわっ!」
小型魔物たちが一斉に干し果実へ飛びつく。
バルガも足を止める。
ポヨンはその隙に反対方向へ転がっていった。
「……何が起きてるの?」
「おそらく、ポヨンが何かを食べようとしたのでは?」
「それだけで、どうしてこんなことに……」
ノアが頭を抱える。
そのとき、干し果実を食べていた小型魔物の一匹が突然立ち上がった。
口に咥えていた果実から、淡い光が漏れている。
「ミレア、あれ何?」
「……魔力果ですね」
「え?」
「以前採取したものが混ざっていたようです。保存用の箱に入れていたのでしょう」
魔力果。
魔力を多く含む特殊な果実だ。
以前なら一つ見つけるだけでも大きな収穫だった。
しかし今のダンジョンでは、魔力環境が安定したことで、少量なら採取できるようになっていた。
問題は、その魔力果を食べた魔物だった。
身体が淡く光っている。
「……これ、大丈夫?」
「おそらく問題ありません。ただし、魔力の吸収量が多いので――」
ミレアが言い終わる前に、魔物がくしゃみをした。
ポンッ!
身体から魔力が噴き出した。
その魔力が近くにいた別の魔物へ移る。
その魔物が驚いて逃げる。
逃げた先には、別の魔物がいた。
ぶつかる。
その勢いで壁際に置かれていた石が転がる。
石は斜面を下り、通路を横切り、さらに別の場所へ転がっていった。
ノアは呆然と眺めていた。
「……何が起こってるの?」
「……」
ミレアが黙った。
ノアも黙る。
二人の視線がポヨンへ向いた。
「ぽよ?」
ポヨンは何も分かっていない。
その間にも、転がった石が止まらない。
石は通路の先に置かれていた大きな木桶へぶつかった。
木桶が倒れる。
中から水が流れ出す。
水は床を伝っていき、魔力草が植えられている区画へ流れ込んだ。
「あっ!」
ノアが慌てる。
「水が多すぎる!」
魔力草は大量の水を嫌う。
このままでは根が腐ってしまう。
ノアが走り出そうとした、その瞬間だった。
水の流れが途中で二つに分かれた。
床の小さな亀裂へ流れ込んだのだ。
その亀裂の先には、以前から使われていなかった排水路があった。
水はそこへ流れ込み、魔力草の区画には必要な分だけが残った。
「……助かった」
ノアが胸を撫で下ろす。
「むしろ、丁度いい量になっています」
ミレアが目を丸くする。
「以前から排水路は存在していましたが、詰まっていたはずです」
「じゃあ、なんで今……」
二人はまたポヨンを見る。
「ぽよー」
ポヨンは水たまりの中で嬉しそうに跳ねている。
「……まあ、いいか」
ノアはもう深く考えないことにした。
だが、その直後。
水たまりで跳ねたポヨンの身体から水滴が飛び、近くにいたバルガの鼻へ当たった。
「ブルルッ!」
バルガがくしゃみをした。
その勢いで頭を振る。
角が壁に当たる。
壁の隙間から、小さな袋が落ちてきた。
ドサッ。
「……何それ?」
ノアが拾い上げる。
中には大量の種が入っていた。
ミレアが鑑定する。
「これは……魔力草の種です」
「こんなところに?」
「以前、誰かが保管して忘れていたようですね」
「じゃあ、植えられる?」
「状態は良好です」
ノアは種を眺める。
新しい設備を見つけたわけでもない。
珍しい財宝を発見したわけでもない。
ただ、ポヨンが走り回った。
その結果、古い木箱が倒れ、果実が転がり、魔物が騒ぎ、石が転がり、水桶が倒れ、排水路が復活し、最後には忘れられていた種まで出てきた。
「……ポヨン」
「ぽよ?」
「今日一日だけで、どれだけ騒ぎを起こすの?」
「ぽよ!」
褒められたと思ったのか、ポヨンが嬉しそうに跳ねる。
ノアは苦笑した。
「褒めてないよ」
その日の午後。
魔力草の種は新しい区画へ植えられた。
自然発生した魔物たちには干し果実を分け与え、倒れた木箱も修理された。バルガは何事もなかったように元の場所へ戻り、騒ぎの原因となったポヨンはというと――。
洞窟の中央で、満足そうに昼寝をしていた。
その周囲には、いつの間にか小型魔物たちが集まっている。
誰かがポヨンの近くにいると、妙に落ち着くらしい。
ノアはその光景を見ながら、ふと思った。
「ポヨンって、戦わなくてもダンジョンを変えてるんだね」
「はい」
ミレアが頷く。
「【超幸運】は戦闘能力ではありません。ですが、周囲で起こる出来事そのものに影響を与えている可能性があります」
「良いことだけが起きるわけじゃないんだよね?」
「もちろんです。今日のように、最初はかなり面倒な騒ぎになります」
「でも最後には?」
「結果だけを見ると、ダンジョンにとって利益になっています」
ノアはポヨンを見る。
「……便利なんだか、大変なんだか分からないね」
「ぽよ?」
ポヨンが目を覚ました。
そしてノアのところまで転がってくる。
ノアが抱き上げると、ポヨンは満足そうに身体を揺らした。
「まあ、いいか。ポヨンが元気なら」
ダンジョンの中には、今日も自然発生した魔物たちの気配が満ちている。
戦いがなくても、ダンジョンは少しずつ変わっていく。
そしてその変化の中心には、本人だけが何も知らないまま、ポヨンがいた。




