第62話 勝負を決めた一瞬の幸運
広間の中央で、ガルドとガレスが睨み合っていた。
床には淡い光を放つ古代の魔法陣が広がっている。先ほどガレスが偶然踏み込んだことで起動した術式は、周囲の魔力を吸収しながら二人の戦いを記録していた。
「これは……妙な魔法陣ですね」
少し離れた場所で、ロイドが杖を構えながら呟く。
「分かるのか?」
ミナが尋ねる。
「完全には。ただ、どうもこの魔法陣……」
ロイドが言葉を止める。
ガルドが踏み込んだ。
その瞬間、魔法陣が強く輝いた。
ガルドの身体が一瞬だけ軽くなる。
「っ!」
ガレスが大剣を振り抜く。
ガルドは紙一重で避けた。
剣先が肩を掠める。
次の瞬間、ガルドの拳がガレスの腹部へ叩き込まれた。
「ぐっ!」
ガレスが後退する。
「今の……速くなった?」
ミナが目を見開く。
ガルド自身も驚いていた。自分が意識していない動きだった。相手の剣筋を読む。身体が自然に動く。最も効率のいい位置へ移動する。
まるで、これまで何度も同じ相手と戦ってきたかのように、相手の動きが分かる。
古代魔法陣が、ガルドの戦闘データを拾いながら動きを補正しているのだ。
「なるほど……」
ガレスが口元の血を拭った。
「そういう仕組みか」
それでも、彼は笑っていた。
「なら、面白い」
大剣を構え直す。
「補正される前に倒せばいい!」
ガレスが突っ込んだ。
速い。
大剣使いとは思えないほど踏み込みが鋭い。ガルドの拳と剣がぶつかる。
拳を避ける。
剣を受け流す。
ガルドが反撃する。
ガレスも避ける。
何度も攻撃が交差する。
広間に衝撃音が響き続けた。
「ガルドが押されてる?」
ノアが思わず呟く。
ミレアが頷く。
「ガレスという冒険者、かなり強いです。魔法陣による補正があっても、ガルドが簡単に勝てる相手ではありません」
「でも、ガルドも楽しそう」
ノアが見る。
その言葉どおりだった。ガルドの口元には、僅かな笑みが浮かんでいる。強い相手と戦うことが楽しいのだろう。
ガレスも同じだった。
「いいぞ!」
大剣が振り下ろされる。
ガルドが横へ跳ぶ。
床が砕ける。
ガルドが懐へ潜り込む。
拳を叩き込む。
ガレスが腕で受けた。
鈍い音が響く。
「まだだ!」
ガレスが大剣を横薙ぎにする。
ガルドがしゃがむ。
そのまま足払いを狙う。
ガレスが跳んだ。
空中から大剣を振り下ろす。
ガルドが後退する。
刃が床を抉った。
その瞬間だった。
ガレスの足元に、小さな魔力結晶が転がった。昨日、倉庫から持ち込まれたものの一つだった。
ガレスは気づいていない。
踏み込む。
靴底が魔力結晶を踏んだ。
カッ。
結晶が砕ける。
同時に、僅かな魔力が漏れ出した。
「なにっ!?」
ガレスの足が滑った。
大剣の軌道が僅かに逸れる。
普通なら、それだけで終わるような小さなミスだった。だが、ガルドは見逃さなかった。
拳を握る。
踏み込む。
そして、全力で打ち込んだ。
ドォンッ!
ガレスの身体が吹き飛んだ。
大剣が手から離れる。
壁へ叩きつけられ、ガレスはその場に膝をついた。
「ぐ……っ」
それでも立とうとする。
ガルドが近づいた。ガレスは拳を構える。
「まだ……終わってない」
ガルドも構え直す。
ノアは二人を見つめていた。
「まだやるつもりみたい」
「はい」
ミレアが答える。
「ガレスは戦意を失っていません」
「だったら……」
ノアは少し考えた。
「最後まで見届けよう」
二人が再びぶつかる。
しかし、今度は長く続かなかった。
ガレスの足が僅かにふらついている。先ほどの一撃が効いている。
それでも大剣を振る。
ガルドが避ける。
拳が腹部へ入る。
ガレスが崩れる。拳は、ガレスの顔のすぐ前で止まっていた。
ガレスが息を吐く。
「……俺の負けだ」
大剣から手を離した。広間が静かになる。ガルドは拳を下ろした。
戦闘終了。
ノアは小さく息を吐いた。
「終わった……」
ミレアが魔法陣を確認する。
「戦闘記録も終了しています」
「ガルド、大丈夫?」
ノアが近づく。
ガルドは頷いた。
大きな傷はない。
「よかった」
ノアが安心したところで、ミナとロイドがゆっくりと武器を下ろした。
「……完敗ですね」
ロイドが苦笑する。
ミナも弓を下ろした。
「私たちだけで逃げようとしても、無理でしょうね」
ガレスが立ち上がった。
「そういうことだ」
「なら、どうする?」
ミナが尋ねる。
ガレスはノアを見る。
「俺たちは負けた。好きにすればいい」
ノアは少し考えた。
三人とも、ダンジョンへ侵入してきた敵だ。普通なら倒した時点で終わりでもいい。だが、ノアは三人の戦い方を見ていた。必要以上に魔物を殺してはいない。罠を無理やり破壊して進んだわけでもない。目的は魔力結晶の回収と調査。
そして最後まで仲間を見捨てなかった。
「帰っていいよ」
三人が驚く。
「いいのか?」
「うん」
ノアは頷いた。
「ただし、もう一度来るなら今度は敵として扱うからね」
ガレスはしばらくノアを見つめたあと、笑った。
「分かった」
彼は大剣を拾った。
そして出口へ向かう。
その途中、ガレスが足を止めた。
「……一つ聞いていいか?」
「何?」
「ここは、本当に普通のダンジョンなのか?」
ノアは答えに困った。
王位継承候補のルナ。
星守竜のシエル。
古代の訓練施設。
高純度魔力結晶。
そして、幸運だけで何度も危機を乗り越えてきた自分たち。
どう考えても普通ではない。
「……普通だと思いたい」
ノアが答えると、ガレスは笑った。
「そうか」
三人はそのままダンジョンを去っていった。
静かになった広間で、ノアは大きく息を吐いた。
「疲れた……」
その横で、ポヨンがぷるぷると揺れている。
「ぽよ」
「ポヨンもお疲れ様」
ノアが抱き上げ、ミレアが魔法陣を見ながら言った。
「今回、ポヨン自身はほとんど動いていませんね」
「うん」
「ですが、最後の魔力結晶がガレスの足元へ転がったのは……」
「ポヨンの幸運?」
「そうでしょうね」
ノアは苦笑する。
「直接戦ったわけでもないのに、最後の一瞬だけ戦況が変わったんだ」
「【超幸運】は、そういう能力なのかもしれません」
ミレアが続ける。
「何かを直接起こすのではなく、数え切れない偶然の中から、最も都合のいい結果へ繋がる可能性だけが異常に高くなる」
「……それって、敵からしたらかなり嫌な能力ね」
「はい」
ポヨンがノアの腕の中で首を傾げる。
「ぽよ?」
「何でもないよ」
ノアは笑った。
そのとき、広間の端に転がっていた小さな魔力結晶が、誰にも触れられていないのに僅かに動いた。
コロッ。
そして、それはガルドが先ほど戦っていた場所へ転がっていった。
「……また?」
ノアが振り返る。
ポヨンは知らない顔でぷるぷるしている。
「ぽよー」
ノアはしばらくポヨンを見つめたあと、諦めたように笑った。
「まあ、いいか」
今回の侵入者は帰っていった。
ダンジョンは傷ついたものの、大きな被害はない。
そしてガルドは、強敵との戦いによって一段階成長していた。
幸運は、何かをプレゼントしてくれるだけではない。
時には、ほんの一瞬だけ戦いの天秤を傾ける。
その小さな一瞬を掴めるかどうかは、結局のところ、本人の実力次第だった。




