第61話 幸運に嫌われた攻略者たち
その日、洞窟のダンジョンへ三人の冒険者が足を踏み入れた。
先頭を歩くのは、大剣を背負った男だった。年齢は三十歳前後。鍛えられた体つきに傷の多い鎧を身につけている。後ろには弓を持った女と、杖を手にした若い魔術師が続いていた。
「ここで間違いないのか?」
大剣の男――ガレスが地図を確認する。
「間違いない。最近、この周辺で魔力反応が急激に上がったって話が出てる。普通の洞窟型ダンジョンなら、せいぜい中級程度。だけど、最近になって急に成長したらしい」
弓を持ったミナが答える。
「なら、今日は稼げそうですね」
最後尾の魔術師、ロイドが笑った。
「魔力結晶が大量に採れるなら最高です。できれば珍しいモンスターも一匹くらい持ち帰りたいですね」
「欲張るな。目的は調査と討伐だ。危険を感じたら戻る」
ガレスはそう言った。
三人は決して素人ではない。
これまでにもいくつものダンジョンを攻略してきた経験があり、連携も悪くない。少なくとも、そこらの新人冒険者が勢いだけで入ってくるのとは違う。
そして三人には、今回の攻略に一つの秘策があった。
「それにしても、情報どおりなら妙なダンジョンですね」
ロイドが周囲を見回す。
「どう妙なんだ?」
「普通なら魔物の気配がもっとあります。でも、ここは妙に静かです」
その言葉どおりだった。
洞窟の中には、弱い魔物の気配がいくつもある。しかし、三人を襲ってくるものは少ない。
「罠かもしれない」
ガレスが警戒する。
その判断は正しかった。
だが、彼らは一つだけ勘違いしていた。
このダンジョンの静けさは、彼らを待ち構えている強敵の気配ではない。
たまたまモンスターたちが別の場所に集まっていただけだった。
ガレスたちは慎重に進み、最初の分岐へ到着した。
左右に道が分かれている。
「右だ」
ガレスが即答した。
「どうして?」
「左は湿っている。足場が悪い。右のほうが進みやすい」
ミナも頷く。
「確かに」
三人は右へ進んだ。
その直後、背後から岩が崩れ落ちた。
ドドドドッ!
「なっ!」
左側の通路が大量の岩で塞がれる。
ガレスは振り返った。
「……今の、左へ行ってたら閉じ込められてたな」
「運が良かったですね」
ロイドが笑う。
三人は知らない。
その崩落は罠ではなかった。
少し前に上層部を歩いていたロックホーンが壁に体を擦りつけた際、偶然振動が伝わって崩れただけだった。
しかも、本来なら右側の通路にも小規模な崩落が起きるはずだった。
だが、その直前にモラが地下を掘り進めていたことで地盤が補強され、右側だけ崩れなかった。
三人は何も知らないまま進んでいく。
「この先、魔物がいます」
ミナが弓を構える。
暗闇からゴブリンが三体現れた。
「雑魚ですね」
ロイドが杖を向ける。
「待て」
ガレスが止めた。
「魔力を使うな。俺がやる」
大剣を抜く。
ゴブリンが一斉に襲いかかってきた。
ガレスが一歩踏み込む。
大剣が横薙ぎに振られた。
ズンッ!
先頭のゴブリンが吹き飛ぶ。
残り二体が左右から迫る。
「右!」
ミナが叫ぶ。
ガレスは右へ振り向いた。
その瞬間、足元の小石が転がった。
「しまっ――」
ガレスの体がわずかに傾く。
普通なら、ここで攻撃を外す。
だが、大剣は振り抜かれた。
しかも、体勢を崩したことで刃の軌道が低くなり、二体のゴブリンをまとめて薙ぎ払った。
「……」
三人が黙る。
「今の……」
「偶然です」
ロイドが答えた。
「まあ、結果オーライだ」
ガレスは大剣を振って血を払った。
さらに奥へ進む。
今度は大きな魔物の気配がした。
「これは……かなり強いですよ」
ロイドが緊張する。
洞窟の奥から、巨大な牙を持つ魔物が現れた。
ガレスが大剣を構える。
「二人とも下がれ。こいつは俺が――」
そのとき、魔物が突然足を止めた。
「?」
魔物の視線が三人の後方へ向く。
そして、なぜか踵を返した。
「……逃げた?」
ミナが呆然とする。
「追うか?」
「やめておきましょう」
ロイドが首を振った。
「何か理由があるはずです」
三人は警戒しながら先へ進んだ。
実際には、魔物が逃げた理由は単純だった。
少し前までその場所にいた別の強い魔物の匂いが残っていたため、縄張り争いを避けただけだ。
そしてその強い魔物は、今まさに別の場所へ移動している。
つまり三人は、二体の強力な魔物が偶然別方向へ移動した隙間を通り抜けていた。
「今日は本当に運がいいな」
ガレスが笑った。
その言葉を聞いたミナが苦笑する。
「そういう日なのかもしれませんね」
だが、彼らの幸運はここまでだった。
というより、正確には。
彼らの幸運が、別の誰かに吸い寄せられていた。
ダンジョンの奥。
ノアはミレアから報告を受けていた。
「侵入者が三人?」
「はい。実力はかなり高いようです」
「強いの?」
「三人とも戦闘経験が豊富です。特に大剣使いは、ガルドと戦わせても面白いでしょう」
ノアは少し考えた。
「じゃあ、様子を見よう」
「よろしいのですか?」
「うん。せっかく来てくれたんだから」
その少し離れた場所で、ガルドが立ち上がった。
視線の先には侵入者たち。
レグルもゆっくりと構える。
セラは魔力を整え、クロウは壁際から三人の動きを観察していた。
そしてポヨンは、戦場とは少し離れたところで昼寝をしていた。
「ぽよ……」
「ポヨンは寝てるわね」
「はい。ですが……」
ミレアがポヨンを見る。
「どうしました?」
「先ほどから、侵入者たちの周囲で妙な魔力の偏りが起きています」
「ポヨンが何かしてるの?」
「直接何かをしているわけではありません。ただ……偶然が妙に偏っています」
ノアは首を傾げた。
「じゃあ、あの人たちは運がいいの?」
「……今のところは」
ミレアが答えた。
そのとき、侵入者たちが最後の広間へ入った。
そこには大量の魔力結晶が置かれている。
「これは……!」
ロイドの目が輝いた。
「当たりだ!」
三人が一斉に近づく。
ガレスが一つ手に取った。
「高純度だ。これならかなりの値段になる」
ミナも喜ぶ。
「今日は大収穫ですね」
しかし、その瞬間。
カラン。
ガレスの手から、小さな魔力結晶が一つ落ちた。
床を転がる。
コロコロと進み、広間の中央で止まった。
そして、その先に立っていたのは――ガルドだった。
「……誰だ?」
ガレスが大剣を抜く。
ガルドが拳を握った。
空気が変わった。
「ミナ、ロイド。下がれ」
「分かりました」
三人はすぐに戦闘態勢へ入る。
ガルドとガレスが向かい合った。
片方は大剣。
片方は拳。
純粋な近接戦。
「面白い」
ガレスが笑う。
「こういう相手を待っていた」
ガルドは答えない。
ただ、一歩踏み込んだ。
次の瞬間、二人が激突した。
ドンッ!
広間全体に衝撃が走る。
ガレスの大剣が振り下ろされる。
ガルドが受ける。
床が砕けた。
「重い……!」
ガレスが歯を食いしばる。
だが、すぐに笑った。
「いいぞ!」
再び剣を振る。
ガルドも拳を繰り出す。
二人の攻撃が何度もぶつかり合う。
その戦いを、ノアは少し離れた場所から見ていた。
「……強いね、あの人」
「はい」
「ガルドも楽しそう」
「そのようですね」
ノアは少し笑う。
そしてポヨンを見る。
「ところで、ポヨン」
「ぽよ?」
「今回は寝てるだけ?」
「ぽよー」
ポヨンは眠そうに体を揺らした。
その瞬間、床に転がっていた小さな石がポヨンの体に触れ、ゆっくりと戦場へ転がっていった。
コロコロ。
コロコロ。
ガレスの足元へ。
「……またか?」
ミレアが呟く。
だが、今度は誰もまだ気づいていなかった。
その石が、先ほどの魔力結晶を置く台座の一部だったことに。
そしてガレスがそれを踏んだ瞬間、古い台座の術式が一度だけ起動した。
広間の床に、淡い光が走る。
ガルドがそれを見た。
ガレスも気づいた。
そして二人の間に、古代の魔力が一気に集まり始めた。
「……なんだ、これ?」
ノアが目を丸くする。
ミレアが解析を始める。
「これは……戦闘補助用の術式です!」
「戦闘補助?」
「正確には、双方の動きを記録して――」
そこでミレアが言葉を止めた。
「……ノア様」
「何?」
「これ、ガルドにとって非常に有利な術式です」
ノアは思わず笑った。
「やっぱり?」
広間の中央で、ガルドが構え直す。
ガレスは知らない。
自分が偶然踏んだその場所が、敵にとって最も有利な戦場を作り出してしまったことを。
そしてポヨンは、そんなことなど何も知らずに、
「ぽよ……」
と、また眠り始めていた。




