第60話 眠っていた力がつながる
翌朝、ノアは倉庫の中央に並べられた部品を眺めていた。昨日までは、それぞれ別々の場所に置かれていた物ばかりだ。古代の魔道具から外された金属部品、壊れて使えなくなった魔力容器、冒険者から手に入れた大斧、用途不明として保管されていた魔法板、そして大量の高純度魔力結晶。どれも単体では使い道が限られていたが、ミレアの解析によって、それらが一つの装置を構成する可能性があることが分かった。
「本当にこれで魔力貯蔵設備が作れるの?」
「正確には、元々存在していた設備を再構築します。完全な新造ではありません。古代の技術を利用するので、私たちだけで一から作るより成功率は高いでしょう」
「それなら安心ね」
ノアが頷く。
とはいえ、問題はあった。
「でも、どうやって組み立てるの?」
「……そこが問題です」
「ミレアでも分からない?」
「構造は理解できます。しかし、古代魔道具の部品には現代では使われていない術式が組み込まれています。理論上は接続できますが、実際に動作するかは試してみなければ」
ノアは部品を一つ手に取った。
「つまり、やってみるしかないってことね」
「はい」
「よし。じゃあ、やってみよう」
最初に取りかかったのは魔力容器だった。円筒形の金属容器に、古代の魔法板を取り付ける。さらに、その容器へ大斧の柄に埋め込まれていた魔力吸収機構を接続する。
この斧は、侵入してきた冒険者が残していったものだった。
以前は単なる戦利品として扱っていたが、調べてみると、戦闘中に余剰魔力を吸収して内部へ蓄える機能が備わっていた。
「これ、本当に武器だったのかな」
「武器として使用することもできます。ただ、魔力吸収機構がかなり優秀です。戦闘用としては少々特殊ですね」
「じゃあ、武器として使うよりこっちに使ったほうがいいか」
「その判断で問題ありません」
ガルドが近くで作業を見ていた。
「ガルド、この斧を使いたかった?」
ノアが聞くと、ガルドは斧と装置を見比べたあと、首を横に振った。
「そう」
ノアは笑う。
「じゃあ、決まりね」
大斧は武器としてではなく、ダンジョンの設備の一部になることになった。
作業は順調に進んだ。魔力容器に古代の魔法板を固定し、そこから伸びる配管を地下の魔力循環路へ接続する。高純度魔力結晶を置くための台座も取り付けた。
しかし、最後の接続部分だけがどうしても合わない。
「ここだけですね」
ミレアが困ったように言った。
「部品の大きさが違う」
「はい。接続規格が異なっています」
「じゃあ、加工する?」
「古代部品なので、加工すると術式が壊れる可能性があります」
ノアは腕を組んだ。
「うーん……」
しばらく全員が装置を眺めていた。
そのとき、後ろからポヨンが跳ねてきた。
「ぽよっ」
「ポヨン、危ないからこっちに来ちゃ駄目よ」
ノアが手を伸ばす。
しかし、ポヨンは止まらなかった。
ぷるん。
床に置かれていた小さな金属部品の上へ乗る。
金属部品が跳ねる。
カラン、と音を立てて転がったそれが、装置の下へ入り込んだ。
「……あ」
ミレアが声を漏らした。
「どうしたの?」
「その部品です」
「え?」
「最後の接続に使えます」
ノアは目を丸くした。
「これが?」
「はい。以前見つけたものですが、用途不明だったため保管していました。形状が合わないと思っていた二つの接続部を、この部品で中継できます」
「……そんなことある?」
「ありました」
ポヨンは何事もなかったように、
「ぽよ」
と鳴いた。
ノアは思わず笑ってしまう。
「はいはい。ありがとう、ポヨン」
最後の部品を取り付ける。
カチッ。
今度は完全に噛み合った。
「接続完了」
ミレアが確認する。
「では、魔力結晶を入れてみましょう」
ノアは高純度魔力結晶を一つ持ち上げた。
透明な結晶の中で、濃密な魔力が渦を巻いている。
これ一つだけでも、以前のノアにとっては貴重品だった。
それを台座へ置く。
瞬間、装置全体が低く唸った。
ゴォン……。
地下へ向かって魔力が流れていく。
「動いた!」
ノアが目を輝かせる。
しかし、次の瞬間だった。
装置の内部に大量の魔力が流れ込み、魔力容器が激しく振動する。
「まずい!」
ミレアが叫んだ。
「供給量が多すぎます!」
「えっ!?」
ノアが慌てる。
魔力結晶から流れ込む力は、想定をはるかに超えていた。
だが、そこで予想外のことが起きた。
装置に接続されていた大斧の魔力吸収機構が、勝手に動き始めたのだ。
余剰魔力を吸収し、別の配管へ流す。
その魔力が地下へ送られ、ダンジョン全体の循環路へ分配されていく。
「……これは」
ミレアが装置を見つめる。
「過剰供給を、自動的に分散しています」
「壊れない?」
「その心配はありません。むしろ……」
「むしろ?」
「この設備、想定以上に効率が良いです」
ノアが首を傾げる。
「どういうこと?」
「元々は一つの魔力貯蔵設備だったのでしょう。しかし、今組み合わせた部品の中には、現在の魔道具には存在しない特殊な調整機構があります。それに加えて、あの斧の吸収機構が非常に相性がいい」
「つまり?」
「魔力を溜めるだけではありません。余った魔力を自動的に必要な場所へ回せます」
その言葉と同時に、ダンジョンの各所で変化が起こった。
訓練場の魔法陣が安定する。
照明用の魔石が明るくなる。
セラが使っていた魔法訓練用の装置が、以前より滑らかに動き始める。
そして、地下深くにある王の訓練施設にも、一定量の魔力が流れ込んでいく。
「ルナのところにも?」
「はい。必要量だけ自動的に送られています」
ノアは嬉しそうに笑った。
「すごい……」
今までノアたちは、魔力が足りなくなるたびに節約していた。
どの設備を動かすか。
どこへ魔力を回すか。
魔力結晶をいつ使うか。
そんなことを毎回考えていた。
だが、この装置があれば違う。
余った魔力を一度蓄え、必要になった場所へ流す。
ダンジョンそのものが、少しずつ効率よく魔力を扱えるようになる。
「これなら、今まで使えなかった設備も動かせそう」
「その可能性は高いです」
ノアが倉庫を見回す。
「だったら、まだ使えるものがありそうね」
その言葉に、ミレアが頷いた。
「ええ。今回の装置で分かったことがあります」
「何?」
「このダンジョンには、壊れているから使えないのではなく、魔力が足りないから眠っている設備がいくつもあるようです」
ノアは目を見開いた。
これまで、使い道がないと思っていた古代の部品。
壊れていると思っていた魔道具。
価値が分からず倉庫へ押し込んでいた道具。
もしかすると、その多くがまだ眠っているだけなのかもしれない。
「……じゃあ、次は倉庫の総点検ね」
「はい」
「全部調べよう」
ノアが拳を握る。
その横でポヨンが装置を見上げていた。
すると突然、装置の上に置かれていた魔力計の針が一気に動いた。
「え?」
ミレアが振り返る。
「魔力反応が上昇しています」
「また何かしたの?」
「ぽよ?」
ポヨンは首を傾げる。
しかし今回は、ポヨンが何かを押したわけでも、何かを食べたわけでもない。
装置へ流れ込んだ魔力が、ポヨンの周囲を通った瞬間だけ、わずかに流れ方を変えたのだ。
その結果、魔力の一部が装置の隅に残っていた古い魔石へ流れ込む。
パチッ。
魔石が淡く光った。
「……まだ何かあるみたい」
ノアが近づく。
古い魔石には、小さな文字が刻まれていた。
『余剰魔力――次段階へ』
「次段階?」
ノアが眉を寄せる。
ミレアも文字を読み取る。
「どうやら、この貯蔵設備には拡張機能があるようです」
「拡張……」
ノアは装置を見つめた。
昨日まではただの古い鍵だった。
今日は使い道のなかった部品が設備になった。
そして今度は、その設備そのものに、まだ知らない機能が眠っている。
「……このダンジョン、まだまだ使えるものが残ってそうね」
ノアは笑った。
ポヨンは隣で、
「ぽよー」
と気の抜けた声を上げた。
その直後、魔力計の針がまた少しだけ上がった。
ノアはそれを見て、苦笑する。
「ポヨンは本当に何をするか分からないなぁ」
こうしてダンジョンには、新たな魔力の循環基盤が加わった。
強力な魔法を一つ覚えたわけではない。
新しい仲間が増えたわけでもない。
ただ、これまで積み重ねてきたものがつながり、ダンジョンが持っていた力を以前より効率よく使えるようになった。
それだけで、ノアにとっては十分すぎるほど大きな前進だった。




