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『運だけで生き抜くダンジョンマスター』 ~召喚も配合も全部ラッキーでした~  作者: もかどら


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第59話 幸運の値札

 ダンジョンに戻ってから数日が経った。


 地下深くにある王の施設では、ルナとシエルが訓練を続けている。古代の施設は二人の成長速度に合わせて内容を調整し、魔力操作から身体能力、実戦を想定した動きまで、少しずつ負荷を上げていた。とはいえ、ノアが毎日そこへ付き添っているわけではない。王位継承者だからといって、ルナを過剰に甘やかすつもりはなかった。


 ガルドとレグルは通常の訓練場で互いに模擬戦を行い、セラは魔法の精度を高めている。クロウとルゥは洞窟内を巡回し、モラは相変わらず地面の下を掘り進みながら、何か面白いものを見つけているらしい。ポヨンはというと、特に目的もなく、いつものようにぷるぷると歩き回っていた。


 以前なら、こんな光景をノアが眺めることはなかった。


 そもそも、ここまで大きな訓練場を作る余裕すらなかったからだ。


「……なんだか、本当にダンジョンらしくなってきたなぁ」


 少し離れた場所から訓練を眺めながら、ノアが呟く。


「最初は寝る場所を確保するだけでも精一杯でしたからね」


 隣に浮かぶミレアが答えた。


「それが今では、王位継承者用の訓練施設まであるんですよ。普通のダンジョンでは考えられません」


「私もそう思う。でも、だからこそ次に何をすればいいのか分からなくなってきたのよね」


 ノアが腕を組む。


 ダンジョンは確実に強くなっている。モンスターも増え、設備も整い、貴重な魔力結晶まで手に入った。以前なら喉から手が出るほど欲しかったものが、今ではいくつも倉庫に並んでいる。


 しかし、資源が増えれば増えるほど、別の問題が出てくる。


「使い切れてない物が多いんだよね」


「……その通りです」


 ミレアが少し困った顔をした。


 魔力結晶、古代の魔道具、冒険者が落としていった武器、過去に手に入れた素材。価値があることは分かっていても、用途が分からない物も少なくない。


「せっかく手に入れたんだから、無駄にはしたくないんだけど」


 そのときだった。


 ノアの視線の先に、見覚えのない扉があった。


「……あれ?」


 壁には何もなかったはずだった。


 なのに今は、古びた木製の扉が一枚だけ立っている。


 ノアは目を細めた。


「ミレア」


「はい。私も見えています」


「昨日は?」


「ありませんでした」


「一昨日は?」


「ありません」


「……じゃあ、また来たんだ」


 ノアはため息をついた。


 この不思議な扉の先にある店を、ノアは知っている。


 いつ現れるのか分からない。


 どこに現れるのかも分からない。


 そして、店の中に何が置かれているのかも、そのときにならなければ分からない。


 ただ一つ分かっているのは、あの店の商品には、普通の店とは違う妙な価値があるということだった。


「行ってみる?」


「危険性は確認できません。ただし、商品の購入については慎重に判断してください」


「分かってる」


 ノアが扉を開く。


 その向こうには、以前と同じように薄暗い店内が広がっていた。


 棚には大小様々な品物が並んでいる。


 瓶、箱、古い本、金属製の道具、奇妙な石。


 どの商品にも値札が付いている。


 だが、今回は以前とは少し雰囲気が違った。


「……変なのばっかり」


 ノアが棚を眺める。


 最初に目についたのは、白い皿だった。


 値札には、


『絶対に割れない皿 五金貨』


 と書かれている。


「高っ」


 次に見つけたのは、古びた靴。


『履いた者の足音を一時間だけ消す靴 八銀貨』


「これは……冒険者向けかな」


 さらにその隣には、透明な瓶が置かれていた。


『入れた物の状態を一度だけ記録する瓶 三銀貨』


「……微妙に便利そうなのが腹立つ」


 ノアは苦笑しながら棚を見ていく。


 そして、奥の小さな棚で足を止めた。


 そこに置かれていたのは、黒ずんだ金属製の鍵だった。


 装飾はない。


 錆びているようにも見える。


 どう見ても古い鍵だ。


 値札は一枚だけ。


『用途を失った鍵 一金貨』


「用途を失った鍵……?」


 ノアが首を傾げる。


「普通、そんなもの売る?」


「この店ですから」


「それで納得できちゃうのが怖い」


 ノアは鍵を手に取った。


 不思議な感覚はなかった。

 魔力もほとんど感じない。

 鑑定しても、ただの古い鍵としか表示されない。


 それでも、なぜか気になった。


「一金貨なら……まあ」


「購入されるのですか?」


「うん」


 ノアは金貨を一枚、店のカウンターへ置いた。


 店主は何も言わなかった。


 ただ鍵を受け取ると、代わりに小さな紙を一枚差し出した。


 そこには短い言葉だけが書かれていた。


『使える場所があるなら、使ってみればいい』


「……意味深」


 ノアが紙を裏返す。


 何も書かれていない。


「絶対に何かあると思う」


「それが分からないのが、この店の厄介なところですね」


 ノアは鍵をポケットへ入れた。


 その直後、店の扉が開いた。


「え?」


 外へ出た瞬間、そこはいつものダンジョンだった。


 振り返る。


 そこには扉がない。


 ただの岩壁しかない。


「……やっぱり消えた」


 ノアは鍵を握りながら、少しだけ笑った。


「まあ、買っちゃったものは仕方ないか」


 その日の夕方。


 ノアは倉庫の整理をしていた。


 魔力結晶、古代の道具、使い道の分からない部品。必要な物と不要な物を分けているうちに、以前冒険者から手に入れた古い金属製の部品が目に入った。


「これ、なんだっけ?」


 ミレアが近づいてくる。


「古代の魔道具の一部ですね。ですが、破損していて機能はありません」


「じゃあ、こっちは?」


「魔力を蓄えるための古い容器です。ただし、内部の術式が壊れています」


「これは?」


「用途不明です」


「これも?」


「用途不明です」


「……多いなぁ」


 ノアが苦笑する。


 そのとき、ポケットの中で鍵が何かに触れた。


 カチン。


 小さな金属音がした。


「ん?」


 ノアが鍵を取り出す。


 そして、その鍵を見た瞬間、ミレアが固まった。


「……ノア様」


「どうしたの?」


「その鍵を、こちらへ」


 ミレアが指したのは、倉庫の隅に転がっていた古い金属製の箱だった。


 箱には鍵穴がある。


「これ?」


「はい」


 ノアは何気なく鍵を差し込んだ。


 カチッ。


 驚くほど簡単に回った。


「え?」


 蓋が開く。


 中に入っていたのは、古い魔道具の部品だった。


 ただし、それだけではない。


 その部品と倉庫に保管されていた壊れた魔力容器を並べた瞬間、ミレアの目が大きく見開かれた。


「……これ、組み合わせられます」


「え?」


「以前見つけた魔道具の部品も必要です。さらに、冒険者から手に入れたあの斧……あれも魔力の余剰を蓄える機能がありましたよね」


「うん」


「そして高純度魔力結晶」


 ノアは倉庫を見回した。


 今まで別々に保管していた物が、頭の中で一本の線につながっていく。


「……まさか」


「おそらく、魔力貯蔵設備を再構築できます」


 ミレアの声が弾んだ。


 誰かが新しい設備を発見したわけではない。


 特別な宝物を手に入れたわけでもない。


 今までノアたちが集めてきた、使い道の分からなかった物。


 壊れていると思っていた物。


 役に立たないと思って倉庫の隅へ置いていた物。


 それらが、偶然にも一つの設備を構成する部品だったのだ。


「じゃあ……あの鍵って」


「必要な箱を開けるための鍵だったのでしょう」


「用途を失った鍵、じゃなかったんだ」


「店が嘘をついたとは限りませんよ。あの鍵は長い間、用途を失っていた。でも今は違う」


 ノアは鍵を見つめた。


 たった一金貨。


 それだけで買った古い鍵が、今まで集めてきた資源を活かすきっかけになった。


「……これが幸運なのかな」


 少し離れたところで、ポヨンがこちらを見ている。


「ぽよ?」


「ポヨンが何かしたわけじゃないよね?」


「ぽよぽよ」


 ポヨンは首を傾げるだけだった。


 ミレアが小さく笑う。


「今回の幸運は、ポヨンが何かを押したわけではありません」


「うん」


「ただ、ノア様が必要な物を選び、必要な物がたまたま揃っていて、その最後の一つが偶然この鍵だった。それだけです」


「それだけ、なのに……」


 ノアは倉庫に並ぶ品々を見渡した。


 これまでの冒険で手に入れた物。


 倒した侵入者が残した物。


 地下で拾った物。


 古代施設から持ち帰った物。


 その一つ一つは、大した価値がないように見えていた。


 けれど、それらは無駄ではなかった。


 ただ、使う時が来ていなかっただけなのだ。


「よし」


 ノアは袖をまくった。


「せっかくだし、全部使えるようにしてみよう」


「ノア様、作業を始める前に――」


「分かってる。セラたちにも手伝ってもらおう」


 その瞬間、倉庫の奥から大きな音が響いた。


 ガタン!


「……何?」


 ノアが振り返る。


 見ると、積んであった魔道具の箱が一つ倒れていた。


 その箱の中から転がり出てきた小さな金属板が、魔力容器の側面にぴたりと張り付く。


 ミレアが目を丸くした。


「……それも必要な部品です」


「え?」


 ノアはしばらく黙った。


 ポヨンを見る。


 ポヨンもノアを見る。


「……ぽよ?」


 ノアは思わず笑った。


「もういいや。幸運って、そういうことなんだね」


 今回は何かを探しに行ったわけではない。


 ただ買った一つの鍵をきっかけに、これまで積み重ねてきたものが、思いもよらない形で価値を持ち始めた。


 そしてその日の夜、ダンジョンの魔力循環設備の横には、新しい魔力貯蔵装置を組み上げるための部品が並べられた。


 明日から始まるのは、新しい冒険ではない。


 これまで集めてきたものを、ようやく本当の力へ変える作業だった。

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