第54話 ポヨンの幸運がダンジョンを変える
古代遺跡の奥で見つかった巨大な魔力増幅装置は、私たちの想像を遥かに超えるものだった。
円形の台座を中心に、床一面へ細かな魔法陣が広がっている。壁には何本もの魔力管が伸び、それらはさらに地下へ向かって消えていた。まるで、この遺跡そのものが巨大な装置の一部であるかのようだった。
「これ……本当にダンジョンへ繋がってるの?」
私が尋ねると、ミレアは装置の周囲を飛びながら慎重に調べ始めた。
「間違いありません。地下深くに埋まっている魔力経路と接続されています。しかも、この装置は魔力を単純に増やすものではありません」
「じゃあ、何をするの?」
「ダンジョンが持っている魔力を、より効率的に循環させる装置です。魔力の損失を減らし、同じ量の魔力でも、より多くの現象を発生させられるようになります」
それを聞いて、私は思わず装置を見つめた。
もしミレアの言う通りなら、とんでもない発見だ。
魔物を生み出すにも、罠を動かすにも、結界を維持するにも魔力が必要になる。今までなら魔力を使えば使うほど、ダンジョンに残る余裕は減っていった。
でも、この装置があれば。
「つまり……魔力の燃費が良くなる?」
「はい。正確には、ダンジョン全体の魔力効率が大幅に向上します」
「それ、かなり凄くない?」
「かなりどころではありません。古代文明の技術として見ても、非常に高度です」
私は思わず笑った。
また、とんでもないものを見つけてしまった。
しかも、これを見つけたきっかけは――。
「ポヨン」
「ぽよ?」
私が呼ぶと、足元にいたポヨンがこちらを見上げた。
相変わらず、何も考えていなさそうな顔をしている。
この子が装置の上へ転がっていって、偶然スイッチを押した。
それだけだ。
それだけなのに、古代装置は正常に起動した。
「……やっぱり、この子の能力って凄いんじゃない?」
ミレアが複雑そうな顔をした。
「凄いという表現で済ませていいのか、私には分かりません」
「どういう意味?」
「ポヨンの【超幸運】は、単純に本人の運が良いというものではありません。周囲で起こる偶然そのものが、ポヨンにとって都合の良い方向へ偏っています」
「周囲の偶然……?」
「はい。そして先ほど確認された【幸運干渉】。あれは、その範囲をさらに広げている可能性があります」
ミレアがポヨンを見た。
ポヨンは何も気にせず、ころころと転がっている。
「ぽよ~」
「……本人は何も分かっていませんね」
「うん」
私も頷く。
そこが怖い。
ポヨン自身に悪意は一切ない。ただ歩いて、転んで、ぶつかって、気になったものを食べる。
それだけなのに、結果だけを見ると、とんでもないことが起きている。
私は少し考えてから、ポヨンを抱き上げた。
「ねえ、ポヨン」
「ぽよ?」
「試しに、あの装置の近くを歩いてみて」
「ぽよっ」
ポヨンは私の腕から飛び降りると、嬉しそうに装置へ向かっていった。
そして。
ころん。
何もない場所で転んだ。
「……」
全員の視線が集まる。
ポヨンは起き上がろうとして、近くにあった小さな魔石へ身体をぶつけた。
カチッ。
魔石が台座の溝へ入り込んだ。
次の瞬間、装置全体が青白く輝いた。
「え?」
ミレアが固まった。
巨大な魔法陣が一斉に起動し、地下へ伸びている魔力管へ光が流れていく。
ズズズズズ……。
遠くで地面が震えた。
「な、何が起きたの?」
「分かりません!」
ミレアが慌てて装置を調べる。
その間にも、魔力の流れはどんどん強くなっていく。
そして、遺跡の奥から古代文字が浮かび上がった。
『魔力循環経路――再構築』
『効率――三十二パーセント向上』
『王位継承者への環境適応を開始』
「三十二パーセント……」
私は思わず呟いた。
たった一度の偶然で、ダンジョン全体の魔力効率が三割以上も上がった。
しかも、それだけでは終わらなかった。
地面から微かな振動が伝わってくる。
遠く離れた場所。
私たちが普段使っているダンジョンの通路だ。
その奥で何かが起きている。
ミレアが目を閉じ、魔力を通して状況を確認した。
「……変化しています」
「何が?」
「魔力濃度です。ダンジョン全域の魔力濃度が少しずつ上昇しています」
「それって……」
「魔物の成長速度にも影響する可能性があります」
私は目を見開いた。
これまでだって、ダンジョンの魔力が増えたことで魔物たちは強くなってきた。
でも今度は、魔力そのものを効率よく使えるようになった。
つまり、これから生まれる魔物は今までよりも強くなる可能性がある。
「すごい……」
思わず声が漏れた。
私が何年もかけて考えて手に入れたわけでもない。
強敵を倒して奪ったわけでもない。
ポヨンが転んだ。
ただ、それだけだ。
「ぽよ?」
当の本人は、私を見ながら首を傾げている。
「ポヨン」
「ぽよ!」
「よくやった」
頭を撫でると、ポヨンは嬉しそうに身体をぷるぷる震わせた。
その横では、ルナが静かに装置を見つめていた。
シエルもルナの隣に座り、小さな翼を畳んでいる。
どうやら二匹とも、この場所で起きている変化を感じ取っているらしい。
そして、次の瞬間。
ルナの身体から淡い黒銀の光が漏れた。
「ルナ?」
光は一瞬だけ強くなり、すぐに消えた。
ミレアが驚いた顔をする。
「……今のは、魔力適応反応です」
「魔力適応?」
「はい。古代装置が王位継承者に合わせて環境を調整したことで、ルナの成長にも影響が出始めています」
「じゃあ、ルナも強くなるの?」
「可能性は高いです」
私はルナの頭を撫でた。
ルナは気持ちよさそうに目を細める。
シエルもその隣で嬉しそうに尻尾を揺らした。
さらにミレアが続ける。
「そして、この装置の効果はルナだけではありません。ダンジョン全体が恩恵を受けています」
「四精鋭も?」
「もちろんです」
その言葉に、ガルド、レグル、セラ、ポヨンへ視線を向ける。
ガルドは自分の腕を見ながら、何かを確かめるように拳を握っていた。
レグルは身体を覆う防御膜の変化を確認している。
セラは周囲の魔力を吸収しながら、興味深そうに目を細めていた。
そしてポヨンは。
「ぽよ~」
何も考えずに転がっていた。
「……」
私は思わず笑った。
この子だけは、強化されたことすら理解していない。
だけど、それでいい。
ポヨンは戦うために強くなる必要なんてない。
この子が転ぶ。
何かにぶつかる。
何かを拾う。
そして、偶然が起きる。
それだけでダンジョンが成長していくのなら、これほど頼もしい存在はいない。
そのときだった。
ポヨンが突然、ぴたりと止まった。
「ぽよ?」
いつもの間の抜けた声。
ポヨンは私たちではなく、部屋の隅にある小さな石へ向かって転がり始めた。
「また何かあるの?」
私が追いかける。
ポヨンは石へ突っ込み――。
ころん。
石が転がった。
カン。
壁に当たった。
ゴゴゴゴゴ……。
「え?」
壁が動いた。
その奥から、細長い通路が現れる。
ミレアが絶句した。
「……まだ隠し通路があったんですか」
私は通路の先を見つめた。
古代遺跡の最奥。
王位継承者のために用意された場所。
そのさらに奥へ続く道。
「行ってみよう」
ルナが先頭へ歩き出す。
シエルがその隣に続く。
ガルドとレグルが左右を固め、セラが魔力を探る。
クロウは無言のまま鼻先を上げ、通路の匂いを確認している。
ルゥも地面へ鼻を近づけ、慎重に先を調べ始めた。
そして最後尾を歩く私の足元では、ポヨンがころころ転がっていた。
「……今度は何を見つけるんだろうね」
「ぽよっ!」
返事だけは元気だった。
私は苦笑しながら、その後を追った。
古代遺跡のさらに深い場所へ。
私たちは、新しく開いた通路へ足を踏み入れた。




