第53話 新しい仲間と変わり始めたポヨン
宝物庫に静けさが戻った頃、ノアは改めて生まれたばかりの星守竜を観察していた。巨大な卵から生まれたとは思えないほど、その身体はまだ小さい。銀色の鱗には黒い模様が浮かび、背中には小さな翼があるものの、今は飛べるようには見えなかった。頭に生えた二本の角も幼く、成体になればどれほど立派な姿になるのか想像するのも難しい。それでも、普通の魔物とは明らかに違う魔力を持っていることだけは、ノアにも感じ取れた。
「キュウ……」
星守竜はルナの隣に座り、小さな翼を畳んでいる。
ルナはそんな星守竜を気にする様子もなく、尻尾をゆっくり揺らしていた。二体の間には妙な緊張感がない。まるで、最初から一緒にいることが決まっていたかのようだった。
「本当に仲良しだね」
ノアが笑いながら近づく。
星守竜がノアを見る。
少しだけ警戒したように頭を傾けたあと、ルナを見る。
ルナは何でもないように尻尾を振った。
すると星守竜は安心したようにノアへ近づいてきた。
「お?」
ノアがしゃがむと、星守竜は鼻先をノアの手へ押しつけた。
「可愛い……」
ノアが頭を撫でる。
硬い鱗の感触が手のひらに伝わってくるが、頭部だけは意外なほど温かい。星守竜は気持ちよさそうに目を細めた。
「名前、どうしよう?」
ノアがミレアへ尋ねる。
「古代の記録には名前が残っていません。守護種という分類だけです」
「じゃあ、私たちで決めていいんだ」
ノアは星守竜を眺めた。
銀色の鱗。
黒い模様。
そして、ルナのそばにいる姿。
「うーん……」
しばらく考えた末、ノアは顔を上げた。
「シエルってどう?」
星守竜が首を傾げる。
「気に入らない?」
「キュ?」
「じゃあ……シエルでいい?」
星守竜は少し考えるようにノアを見つめたあと、小さく翼を動かした。
「キュウ!」
「決まり!」
ノアが嬉しそうに笑う。
「今日からあなたはシエルね」
シエルは嬉しそうにノアの周囲を歩き、そのままルナの横へ戻った。
ルナも特に嫌がる様子はない。
「うん。いい感じ」
ノアが立ち上がる。
そのとき、背後からセラの声がした。
「ノア様」
「何?」
「シエルの成長環境についてですが、現在の宝物庫をそのまま使用するのは危険です」
「どうして?」
「この場所に残っている魔力が濃すぎます。幼体の状態では過剰な魔力摂取によって成長が不安定になる可能性があります」
ノアは頷いた。
「じゃあ、どうする?」
「ダンジョン内に専用の巣を作るべきでしょう。魔力濃度を調整し、睡眠場所と食事場所を分けます。また、ルナとの距離も――」
「セラ」
「はい」
「そこまで準備するの?」
「当然です」
即答だった。
ノアは苦笑する。
セラが配合後に変わってから、こういう管理の話になると一切妥協しない。
「分かった。お願い」
「承知しました」
セラはすぐに動き始めた。
レグルも後ろから続く。
「俺も手伝おう。巣の周囲を補強する」
「なら俺は資材を運ぶぞ!」
ガルドも乗り気になった。
ノアはその様子を見ながら、少し不思議な気持ちになった。
つい最近まで、このダンジョンは魔力も設備も足りなかった。
それが今では、新しく生まれた魔物のために専用の巣を作ろうとしている。
「……なんか、本当にダンジョンらしくなってきたな」
ノアが呟く。
以前なら、魔物が一匹増えるだけでも大事件だった。
今は違う。
仲間が増え、役割が増え、それぞれに必要な場所まで考えられるようになっている。
ダンジョンそのものが、少しずつ大きくなっているのだ。
そのときだった。
「……あれ?」
ノアが足元を見る。
そこにポヨンがいた。
いつものように丸い身体を揺らしている。
ただし、少しだけ違う。
「ポヨン、なんか大きくなってない?」
ポヨンは答える代わりに、ぴょんと跳ねた。
ぽよん。
着地した瞬間、身体が以前よりもわずかに高く弾んだ。
「やっぱり」
ミレアがポヨンを調べる。
「昨日食べた星守竜の魔力殻が原因ですね」
「何か能力が増えたの?」
「まだ完全には分かりません。ただ、体内に新しい魔力の層ができています」
「新しい魔力の層?」
「星守竜の魔力を取り込んだことで、ポヨンの内部に特殊な魔力循環が形成されたようです」
ノアはポヨンを持ち上げた。
「痛くない?」
「ぽよ」
「大丈夫そうだね」
ノアが地面へ下ろす。
ポヨンは嬉しそうに跳ねた。
そして、その身体から一瞬だけ銀色の光が漏れた。
「……今の何?」
ミレアが目を細める。
ポヨン自身も何が起きたのか分からないらしく、身体を見回している。
しかし、変化はそれだけではなかった。
宝物庫の壁に並んでいた魔力結晶の一つが、ポヨンの光に反応して輝いた。
次いで、その隣。
さらにその隣。
光が次々と伝わっていく。
「ちょっと待って」
ノアが後ずさる。
宝物庫全体が青白い光に包まれた。
そして、奥の壁に古代文字が浮かび上がった。
『守護種の誕生を確認』
『王位継承者と守護種の契約を確認』
『第三試練――運』
『補助条件を更新』
ノアは文字を見上げる。
「補助条件?」
文字が変化する。
『幸運個体による偶発干渉――許可』
ノアはポヨンを見る。
ポヨンは何も知らず、いつものように跳ねている。
「……これ、ポヨンのこと?」
ミレアが答える。
「おそらく」
「じゃあ、第三試練って……」
ノアが言い終える前に、宝物庫の床が光った。
中央に小さな円形の魔法陣が浮かび上がる。
その中心には、一本の道が伸びていた。
左右には無数の扉。
どの扉も同じ形をしていて、正解がどれなのか見ただけでは判断できない。
『第三試練――運』
『正しき道を選択せよ』
「なるほど……」
ノアは腕を組んだ。
これは今までとは違う。
第一試練は、モラが偶然見つけた高純度魔力結晶によって突破した。
第二試練は、クロウの観察力とミレアの知識で突破した。
そして第三試練は――。
ノアがポヨンを見る。
「運なんだよね?」
「ぽよ」
ポヨンが胸を張る。
「じゃあ……任せてみようか」
ノアが言った瞬間、ポヨンは元気よく跳ねた。
ぽよん。
そして、左右に並ぶ大量の扉を一切迷わず、一番端の扉へ向かっていく。
「そっち?」
ノアたちが見守る。
ポヨンが扉へ近づく。
すると――。
その扉だけが、勝手に開いた。
『正解』
「…………」
ノアは目を丸くした。
ガルドが笑う。
「またか!」
レグルも呆れたように扉を見る。
セラは無言でポヨンを観察している。
クロウは尻尾を一度振った。
ルゥは不思議そうに鼻を動かしている。
モラだけは何が起きたのか分からないまま、ポヨンの後を追っている。
ノアは額に手を当てた。
「……この試練、ちゃんと試練になってる?」
誰も答えなかった。
ただ、開いた扉の向こうから、今までとは比べものにならないほど強い魔力が流れ込んできた。
ノアは顔を上げる。
その先には、古代の宝物庫とは明らかに違う巨大な空間が広がっていた。
そして中央には、ダンジョンの魔力を一気に増幅できそうな巨大な装置が眠っている。
「……あれ、もしかして」
ミレアが装置を調べる。
「はい。ダンジョンそのものに接続するための魔力増幅装置です」
ノアの目が輝いた。
「これ、使えるの?」
「正常に起動できれば、ダンジョンの魔力効率が大幅に上がるでしょう」
「……」
ノアはポヨンを見る。
ポヨンは嬉しそうに跳ねている。
「また運で、とんでもないもの見つけちゃったね」
ポヨンは答える代わりに、もう一度だけ高く跳ねた。
そして、その着地点には――装置を起動するためのスイッチがあった。




