第52話 幸運が見つけた王の卵
宝物庫の中央に置かれた巨大な卵を前にして、ノアたちは誰一人として動かなかった。卵は人間の背丈ほどもあり、白銀とも黒ともつかない不思議な殻に覆われている。表面には細い光の筋が走っており、それが脈打つように明滅していた。周囲に並ぶ大量の魔力結晶や古代の魔道具と比べても、その卵だけは明らかに異質だった。
「……これ、何?」
ノアが慎重に近づく。
ミレアはすぐに卵へ鑑定をかけた。しかし、しばらくして首を傾げる。
「種族が表示されません」
「え?」
「魔物の卵であることは間違いありません。ただ、通常の鑑定では情報が取得できないようです」
ノアは卵の前にしゃがみ込んだ。
「ルナのときもそうだったけど……また鑑定できないの?」
少し離れたところでルナが卵を見つめている。
黒い子猫は警戒する様子もなく、ゆっくりと卵へ近づいていった。そして、卵の表面に鼻先を近づける。
ぴたり。
ルナが止まった。
卵の光が強くなる。
「ルナ?」
次の瞬間、卵から魔力が一気に溢れ出した。
地下空間全体を満たすほどの膨大な魔力だった。
「下がってください!」
セラがノアの前に立つ。
ガルドが斧を構え、レグルも身構える。クロウとルゥは周囲を確認し、モラは慌ててノアの足元へ戻ってきた。
だが、卵から放たれた魔力は誰かを攻撃するものではなかった。
ただ、ルナへ向かって流れている。
黒い子猫の身体を包み込むように魔力が集まり、その額にある星形の模様が淡く輝いた。
「……ルナと反応してる?」
ノアが呟く。
ミレアが慌てて魔力の流れを確認する。
「これは……認証です」
「認証?」
「はい。この卵は、ルナを敵として認識していません。むしろ……」
ミレアが言葉を止める。
「むしろ?」
「主として認識しているように見えます」
「主……?」
ノアが卵を見る。
すると、卵の表面に古代文字が浮かび上がった。
『王位継承者への守護種』
ノアは目を見開いた。
「守護種……?」
ミレアが文字を読み取っていく。
「古代の王位継承者が選定された際、その者を守るために用意された魔物のようです」
「じゃあ、この卵から生まれるのは……」
「王位継承者を守護するための魔物です」
ノアはルナを見る。
黒い子猫は、卵の前に座ったままじっとしている。
「つまり……ルナの仲間?」
「おそらく」
その瞬間、ポヨンが卵へ近づいていった。
「待って、ポヨン。今度は何もしないでね」
「ぽよ?」
ポヨンが首を傾げる。
ノアが警戒して見つめる中、ポヨンは卵の周りを一周した。
そして――。
ぴょん。
卵に体当たりした。
「やっぱり!」
ノアが叫ぶ。
カチッ。
またしても、何かが作動した。
宝物庫の天井から光が降り注ぎ、卵を包み込む。
『守護種の孵化条件を確認』
『王位継承者との魔力接続を確認』
『必要魔力量――充足』
「……充足?」
ミレアが周囲を見る。
そこにあるのは、大量の魔力結晶だった。
そして、先ほどの試練で使用された魔法陣からも魔力が流れ込んでいる。
「なるほど……」
ミレアが呟く。
「この宝物庫そのものが、孵化に必要な魔力を保存していたんです」
「じゃあ、卵を持って帰る必要もない?」
「その必要はありません。この場所で孵化させることを前提に作られていたのでしょう」
ノアは卵を見る。
「でも、まだ生まれないよね?」
「そうですね。通常なら――」
その言葉を遮るように、卵に亀裂が入った。
ピシッ。
「え?」
ノアが固まる。
ピシッ、ピシッ。
亀裂が増えていく。
「ちょっと待って。今?」
ミレアが驚く。
「魔力供給量が急激に増えています!」
「何で!?」
全員の視線がポヨンへ向く。
ポヨンは卵の横で、何も知らない顔をしている。
「……ポヨン?」
「ぽよ」
卵が大きく揺れた。
そして――。
パァンッ!
殻が弾けた。
大量の光が宝物庫いっぱいに広がる。
ノアは思わず目を閉じた。
光が収まる。
そこに立っていたのは、一体の小さな魔物だった。
四本の足。
細長い身体。
全身を覆う鱗は銀色で、ところどころに黒い模様が入っている。頭には小さな角が二本生えており、背中にはまだ小さな翼が畳まれていた。
ドラゴン。
ただし、まだ幼い。
ノアの腰ほどしかない身体で、丸い瞳をきょろきょろと動かしている。
「……ドラゴン?」
ノアが呟いた。
ミレアが鑑定する。
そして、驚いた顔になった。
「種族名が表示されました」
「何だった?」
「……『星守竜』」
「星守竜?」
「はい。古代の記録にもほとんど残っていない種族です」
ノアは目の前の幼いドラゴンを見る。
星守竜はしばらく周囲を見回していたが、やがてルナを見つけた。
小さな翼を震わせながら近づいていく。
ルナも立ち上がった。
二体が向かい合う。
そして星守竜は、ルナの前で頭を下げた。
「……え」
ノアが目を丸くする。
星守竜はそのままルナの前に伏せた。
まるで、最初から自分の主が誰なのか分かっていたかのように。
ルナはしばらく星守竜を見つめ――。
前足で、その頭をちょんと触った。
星守竜が嬉しそうに喉を鳴らす。
「本当に……守護種なんだ」
ノアは驚きながらも、どこか嬉しくなった。
「ルナ、、」
ルナがこれからどんな存在になっていくのかは、まだ誰にも分からない。
そんなルナのそばに、今度は最初から仕えるために生まれた魔物が現れた。
「ミレア。この子、強いの?」
「現時点では幼体なので、戦闘能力そのものはそれほど高くありません」
「なんだ、じゃあ安心――」
「ですが」
「ですが?」
「成長限界が確認できません」
ノアの笑顔が止まった。
「……また?」
「またです」
ミレアが苦笑する。
「ルナと同じく、通常の鑑定基準では成長限界を測定できません」
「そういうのばっかり集まってない?」
ノアが頭を抱える。
その横でセラが星守竜を観察していた。
「魔力適性は非常に高いですね。飛行能力、魔力感知、結界系統への適性もあります。成長すれば、ダンジョン防衛にも――」
セラがそこで止まった。
「……ノア様」
「何?」
「この子も、ノア様の管理対象に入りますか?」
「え?」
「でしたら、飼育環境を整える必要があります。食事量、睡眠時間、魔力摂取量、成長速度を記録します」
ノアは嫌な予感がした。
「セラ……」
「はい?」
「ルナの守護者なのに、私が面倒を見るの?」
「当然です」
「なんで?」
「ノア様のダンジョンで生まれたからです」
「それはそうだけど……」
ノアが困っていると、星守竜が小さく鳴いた。
「キュウ」
そして、ノアのところまで歩いてくる。
頭を下げる。
ノアが恐る恐る手を伸ばすと、星守竜はその手に頬を擦りつけた。
「……可愛い」
ノアの表情が一気に緩んだ。
さっきまでの困惑など、もうどこかへ消えている。
「うん。仲間なら歓迎するよ」
星守竜が嬉しそうに翼を広げる。
その瞬間、宝物庫の奥から再び古代の声が響いた。
『王位継承者の守護種――孵化完了』
『守護対象を確認』
『新たなる王の道を記録します』
ノアはルナを見る。
ルナは星守竜を連れて、宝物庫の奥へ歩き出していた。
「……王様になるための仲間まで出てきちゃったか」
ノアは小さく笑う。
そして、そのすぐ横ではポヨンがまた卵の殻へ近づいていた。
「ポヨン?」
ノアが嫌な予感を覚える。
ポヨンは残った卵の殻を見つめ――。
ぺろっ。
「……食べた」
殻を一枚、丸ごと飲み込んだ。
次の瞬間。
ポヨンの身体が、いつもより一回りだけ大きく膨らんだ。
「えっ」
ミレアが目を見開く。
「ノア様……それ、普通の卵の殻ではありません」
「じゃあ何?」
「星守竜の魔力殻です」
「……」
ノアはポヨンを見る。
ポヨンは満足そうに跳ねた。
ぽよん。
「……また何か起きそう」
ノアはそう呟きながらも、少しだけ笑っていた。




