第55話 隠された王の部屋
隠し通路は、思っていたよりもずっと長かった。
宝物庫の壁が開いて現れた通路は、地下深くへ向かって緩やかに下っている。壁も床も古い石材で造られているのに、崩れている場所はほとんどない。ところどころに埋め込まれた青白い魔石が今も淡く輝き、私たちの足元を照らしていた。
先頭を歩くのはルナ。その隣にはシエルがいる。
まだ小さな星守竜だけど、ルナから離れるつもりはないらしい。私たちが歩けば一緒に歩き、ルナが立ち止まればシエルも止まる。時折、小さな翼を広げて周囲を警戒している姿を見ると、守護種という存在がどういうものなのか少し分かる気がした。
その少し後ろをクロウが歩いている。
クロウは何度も壁や天井へ視線を向けながら進んでいた。
「何か気になる?」
私が声をかけると、クロウは低く唸った。
「グルル……」
そして、前方の天井を見上げる。
私も顔を上げた。
何もないように見える。
だけど、レグルが一歩前へ出て調べると、石材の継ぎ目にわずかな魔力反応があることが分かった。
「仕掛けがある」
「罠?」
ガルドが拳を握る。
セラが魔力を探る。
「攻撃用ではありません。何かを検知するための仕組みだと思います」
「通ったら作動する?」
「その可能性はあります」
全員が足を止めた。
私は天井を見上げ、それから足元へ視線を落とした。
そして、いつものようにポヨンを見る。
「……ポヨン」
「ぽよ?」
「ちょっと先に行ってみて」
「ノア、それはさすがに……」
ミレアが何か言いかけたが、私はもうポヨンを床へ下ろしていた。
「ぽよっ!」
ポヨンは元気よく転がっていく。
ころころ、ころころ。
問題の場所を通過する。
何も起きない。
「ほら、大丈夫」
「……本当に大丈夫でしたね」
ミレアが呆れたように呟いた。
ところが、少し進んだところでポヨンが突然止まった。
「ぽよ?」
ポヨンは振り返る。
そして、何を思ったのかこちらへ戻ってきた。
ころころ。
ころころ。
そのまま天井から突き出していた小さな石へ身体をぶつける。
カチッ。
嫌な音がした。
「え?」
全員が身構える。
しかし、罠は作動しなかった。
代わりに。
ゴゴゴゴゴ……。
通路の奥から低い音が響いた。
壁の一部が左右へ動き始める。
「また隠し部屋?」
ガルドが驚く。
開いた壁の向こうには、小さな部屋があった。
中央には円形の台座。
その上に、透明な球体が浮かんでいる。
球体の内部には金色の光がゆっくりと渦巻いていた。
ミレアが慎重に近づく。
「古代施設の制御核に近いものですね」
「何の施設?」
「まだ分かりません」
ミレアが球体へ手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、部屋全体が明るくなる。
『王位継承者――認証』
空中に古代文字が浮かび上がった。
『継承候補――確認』
光がルナへ向かって伸びていく。
ルナは逃げることもなく、その場に座った。
『王位継承者の成長補助機構を起動します』
「成長補助機構?」
私は目を丸くした。
ミレアが次々と浮かび上がる文字を読み取っていく。
「これは王位継承者のための訓練施設です」
「訓練?」
「はい。戦闘、魔力操作、身体能力、耐久力などを、継承者の成長段階に合わせて調整する施設のようです」
私はルナを見る。
黒銀の小さな身体。
この子はまだ幼い。
それでも古代施設は、最初からルナを「王位継承者」として認識している。
「つまり、ルナ専用の修行場?」
「そう考えていいでしょう」
そのとき、セラが台座を調べ始めた。
「ただ、完全には動いていません」
「何か足りないの?」
「大量の魔力が必要みたいです」
台座には複数の窪みがあった。
魔石を入れるための場所だろう。
私は宝物庫で見つけた魔力結晶を思い出した。
「さっきの結晶なら?」
「試してみる価値はあります」
ミレアがそう言った瞬間。
「ぽよ~」
ポヨンが台座へ近づいていった。
「ポヨン?」
私は呼び止めようとした。
でも遅かった。
ポヨンは床に落ちていた小さな石を身体で押した。
ころころ。
石は台座の下へ入り込む。
カチッ。
内部から音がした。
次の瞬間、台座の一部が開いた。
「え?」
そこから大量の魔力結晶が転がり出てきた。
ドサドサドサッ!
「うわっ!」
私たちは慌てて後ろへ下がる。
床へ落ちた魔力結晶は、どれもかなり高純度だった。
しかも、そのうちの一つがころころと転がり、ポヨンの目の前で止まる。
ポヨンが見つめる。
「ぽよ」
ぱくっ。
「食べた!?」
ポヨンが魔力結晶を丸ごと飲み込んだ。
身体が一瞬だけ大きく膨らむ。
そして内部に金色の光が走った。
ミレアが慌ててポヨンを調べる。
「魔力総量が増えています」
「また強くなった?」
「それだけではありません」
ミレアの表情が変わる。
「【幸運干渉】が変化しています」
「どう変わったの?」
「今までは、ポヨンが触れたものや、そのすぐ近くにあるものへ偶然の影響を与えていました。しかし、今は違います」
ミレアが部屋全体を見渡す。
「ポヨンを中心として、周囲の装置そのものが幸運の影響を受けています」
「……つまり?」
「偶然起きるはずだった現象の中から、ポヨンに都合の良い結果が選ばれやすくなっています」
私はポヨンを見る。
「ぽよ?」
本人は何も分かっていない。
そのとき、古代施設が再び起動した。
『補助機構――条件達成』
『王位継承者への成長環境――最適化開始』
ルナの身体が淡い光に包まれる。
シエルも反応し、小さな翼を広げた。
『守護種との同時成長を確認』
『幸運個体による偶発干渉を確認』
『予測不能要素――許容』
私は思わず笑った。
「予測不能要素って、完全にポヨンのことだよね」
「おそらく間違いありません」
ミレアがため息をつく。
ポヨンは嬉しそうに身体をぷるぷる震わせている。
そして、その直後だった。
ポヨンがまた転んだ。
ころん。
身体が床を跳ねる。
その拍子に、壁際に転がっていた小さな魔石へぶつかった。
カチッ。
魔石が壁の窪みへ入り込む。
すると、今度は部屋の隅にあった石板が光った。
『帰還機構――待機』
私は石板へ近づいた。
その下から、小さな魔石が一つせり上がってくる。
表面には古代文字が刻まれていた。
『帰還用鍵』
「帰還用鍵……?」
ミレアが魔石を確認する。
「転移魔法陣を起動するための認証鍵です」
「転移魔法陣?」
ミレアが部屋の床を指差した。
よく見ると、そこには薄く消えかかった魔法陣が刻まれている。
「この施設には、帰還用の転移魔法陣が設置されています。行き先は自由に選べません」
「どこへ行くの?」
「先ほど魔力循環装置が接続した場所……つまり、私たちのダンジョンです」
私は魔法陣を見つめた。
「じゃあ、ここからダンジョンへ戻るためのものなんだ」
「はい。古代施設から登録済みの帰還先へ移動するための固定式転移魔法陣です。この鍵を使うことで、帰還先の認証が行われます」
「ダンジョンからここへ来ることは?」
「現状ではできません。今はあくまで帰還専用です」
なるほど。
古代遺跡の探索を終えたとき、この魔法陣を使えばダンジョンへ帰れる。
ただし、ここから先へ進むために転移魔法陣を使う必要はない。
あくまで帰り道を確保してくれるだけだ。
私は「帰還用鍵」を収納した。
「これで帰りは安心だね」
「はい」
私は改めて部屋を見回した。
ルナの成長を助ける訓練施設。
ダンジョンの魔力効率を高める古代装置。
帰還用の転移魔法陣。
そして、ポヨンの幸運によって次々と発見される仕掛け。
これだけでも十分すぎる成果だ。
なのに。
ポヨンがまた転がった。
「ぽよ~」
ころころ。
壁際へ向かっていく。
「ポヨン、今度は何――」
カチッ。
何かを踏んだ。
部屋の奥から、巨大な音が響いた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
私たちは一斉に振り返った。
さっきまで何もなかった壁が、ゆっくりと左右へ開いていく。
その向こうには、さらに地下へ続く階段が現れていた。
しかも、階段の先からは強烈な魔力の気配が漂っている。
セラが目を見開いた。
「この先……かなり大きな魔力源があります」
ガルドが笑う。
「まだ奥があるってことか」
ルナは迷わず階段へ向かう。
シエルもその後を追った。
私はポヨンを見た。
「……本当に、どこまで見つけるつもりなの?」
「ぽよ!」
ポヨンは嬉しそうに返事をして、また階段を転がっていった。
私はため息をつきながら、その後を追う。
帰り道は確保できた。
なら、もう少しくらい、この幸運に付き合ってみてもいいだろう。
私たちは、古代遺跡のさらに深い場所へ向かって進み始めた。




