第49話 セラの異変
洞窟の奥にある配合施設では、いつもとは違う緊張感が漂っていた。
配合炉の前に立つノアは、炉の中へ視線を向けながら、何度目かになる確認をしていた。炉の内部には淡い青白い光が渦を巻いている。以前の配合でも見慣れてきた光景ではあるが、今回は投入する素材が違う。高純度魔力結晶、月光の魔力液、そしてあの奇妙な花から得られた特殊な花弁。どれも単独で使っても価値のある素材だが、今回はそれらを一体の魔物へ集中させる。
その対象は、セラだった。
「本当に、この組み合わせでいけるんだよね?」
ノアが確認すると、隣にいたミレアが配合炉の表示を確認する。
「はい。魔力親和性は非常に高いです。むしろ問題なのは、素材の質が高すぎることですね」
「高すぎる?」
「セラの魔力容量を大幅に上回る可能性があります。成功すれば、とんでもない魔力特化個体になるでしょう。ただし、配合による変化が能力だけに留まるとは限りません」
その言葉に、ノアは眉を上げた。
「性格とかにも影響するってこと?」
「可能性はあります。配合は単純な強化ではありませんから」
ノアはセラを見る。
セラはいつものように静かに立っていた。魔法を扱うことに長け、戦闘では冷静に状況を見極める。ガルドのような豪快さも、レグルのような頑強さもない。それでも魔力という一点では、誰よりも伸びしろがある。
「セラ。どうする?」
セラはノアを見つめると、静かに頷いた。
「私は、強くなりたいです」
その返答には迷いがなかった。
「この洞窟を守るために、もっと多くの魔法を使えるようになりたいです」
「分かった。じゃあ始めよう」
ノアが配合炉へ手を伸ばした。
最初に投入したのは高純度魔力結晶だった。
炉の中央へ落ちた瞬間、結晶は砕けることなく、その場で浮かび上がった。普通の魔力結晶なら魔力へ変換されて吸収されていくはずなのに、高純度結晶は自ら光を放ち始める。青白い光が炉の壁を走り、内部にいくつもの魔法陣が浮かび上がった。
「反応しています」
ミレアの声が少しだけ上ずる。
続いて月光の魔力液が投入される。
液体は落下したはずなのに、炉の底へは届かなかった。宙で水滴のように浮かび、その一滴一滴が淡い銀色の光へ変わっていく。高純度魔力結晶から伸びた光と絡み合い、まるで夜空に浮かぶ星々のような光景を作り出した。
最後に、特殊な花弁を投入する。
花弁は燃えなかった。
むしろ光を吸い込み始めた。
「……これは」
ノアが息を呑む。
花弁が一枚、また一枚と消えていくたび、炉の魔力が急激に膨れ上がっていく。配合炉の周囲に設置された魔力制御石が次々と明滅し、施設全体が低く唸り始めた。
「ノア様、出力を下げますか?」
「いや……セラが耐えられるなら、このままいく」
ノアの言葉に、セラが炉の前へ進んだ。
光がセラを包む。
身体が浮き上がり、髪が風もないのに大きく揺れた。膨大な魔力がセラの身体へ流れ込み、同時に配合炉から別の魔力が逆流していく。
セラの周囲に無数の魔法陣が現れた。
一つ、二つではない。
十を超え、二十を超え、それでも増え続ける。
「すごい……」
ミレアが思わず呟いた。
その瞬間、セラの目が開いた。
瞳の色が、以前よりも濃く輝いている。
そして次の瞬間、配合炉の中央から凄まじい魔力の奔流が噴き上がった。
「成功判定、出ています!」
「よし!」
ノアが拳を握る。
光が収束していく。
浮いていたセラの身体がゆっくりと地面へ降りた。
見た目そのものに大きな変化はなかった。髪が少し長くなり、瞳に宿る魔力が以前よりはっきりと感じられる程度だ。それでもノアには分かった。
中身が違う。
以前のセラとは比較にならないほど、濃密な魔力が身体の奥に凝縮されている。
「セラ、大丈夫?」
「はい」
セラは答えた。
だが、その直後だった。
「……ノア様」
「ん?」
「先ほどから気になっていたのですが」
セラはノアをじっと見つめる。
「魔力の使用効率が悪すぎます」
「……え?」
「本日の配合で、ノア様はかなりの魔力を消費しています。その状態で、このあと通常業務を行うつもりですか?」
「いや、まあ……」
「駄目です」
即答だった。
ノアが固まる。
「今日はもう魔力を使わないでください」
「でも、洞窟の確認とか――」
「必要ありません。私が確認します」
「いや、セラは今配合したばかりでしょ?」
「問題ありません。現在の私の魔力容量なら、以前とは比較にならないほど余裕があります」
セラは淡々と説明していく。
「それから食事についてですが、昨日の食事量では栄養が不足しています。魔力を扱う者には――」
「ちょっと待って」
ノアは思わず手を上げた。
「なんか……変わってない?」
セラは首を傾げた。
「どこがでしょう?」
「いや、なんというか……前より私のことを管理しようとしてない?」
「管理ではありません。最適化です」
迷いのない返答だった。
その時、配合施設の入口から足音が響いた。
ガルドが入ってくる。
その後ろにはレグルもいる。さらに黒い毛並みの狼型のクロウが静かに姿を現し、額の角をわずかに光らせながら配合炉を見つめていた。
クロウはセラの変化を感じ取ったらしい。低く唸り、首を傾ける。
「どう?ガルド?」
ノアが尋ねる。
ガルドはセラを見て、ニヤリと笑った。
「強くなったな」
レグルも頷く。
「魔力の密度が以前とは違う」
セラは二人へ視線を向けた。
「当然です。今回の配合によって魔力容量、魔法威力、魔力回復速度、魔法制御能力のすべてが向上しています」
淡々と告げるセラ。
その横で、クロウが小さく鼻を鳴らした。
そしてノアの足元には、いつの間にかポヨンがいた。
紫色の身体をぷるぷる震わせながら、セラを見上げている。
「ポヨンもセラが強くなったって分かるの?」
「……たぶん」
ミレアが苦笑する。
ポヨンはセラへ近づくと、ぴょん、と一度跳ねた。
セラもしゃがみ込み、ポヨンへ手を伸ばす。
「あなたは相変わらず不思議ですね」
ポヨンは嬉しそうに揺れた。
しかし、その直後。
ポヨンがセラの手から逃げるように跳ね、配合施設の奥へ転がっていった。
「ポヨン?」
ノアが追いかけようとする。
「待ってください」
セラが立ち上がった。
「ノア様は動かないでください」
「なんで?」
「今のポヨンの動きには、何らかの異常があります」
全員がポヨンを見る。
ポヨンは床に落ちていた小さな魔力結晶へ突進し、そのまま勢いよく跳ね返った。
魔力結晶がころころと転がり、配合施設の壁へ当たる。
カチッ、と小さな音がした。
次の瞬間、壁の一部が開いた。
「……?」
ノアが目を丸くする。
そこには、これまで存在していなかった小さな隠し収納があった。
中には、古びた魔道具が一つだけ置かれている。
ミレアが近づき、目を見開いた。
「これ……以前の配合施設の記録装置です」
ノアも覗き込む。
古い魔道具の表面には、まだ魔力が残っていた。
ポヨンが偶然ぶつかったことで、眠っていた装置が起動したらしい。
そして表示された文字を見た瞬間、ノアの表情が変わった。
『特殊配合個体――王位継承候補』
「……王位?」
ノアの声が落ちる。
ミレアも黙り込む。
その視線の先には、黒猫の姿をした小さな魔物がいた。
ルナだった。
いつも自由気ままなルナは少し離れた場所から、何が起きているのか分からない様子でこちらを見ている。
そしてセラは、その表示を確認すると静かに言った。
「ノア様」
「……なに?」
「この記録について、後ほど詳しく調べましょう」
ノアが頷く。
「そうだね」
「ただし、その前に」
「まだあるの?」
「はい」
セラは真剣な顔でノアを見る。
「今日は魔力を使いすぎました。まず休んでください」
「……」
ノアは思った。
どうやら今回の配合で、セラはとんでもない魔力特化個体になったらしい。
そして同時に、とんでもなく世話焼きな性格まで手に入れてしまったようだった。




