第48話 幸運が呼んだ奇妙な買い物
封印されていた魔物を倒してから三日が経った。
洞窟の空気は以前とは明らかに変わっていた。魔力貯蔵核が安定して稼働し、そこへ封印魔物の核から放出された魔力まで加わったことで、洞窟全体の魔力濃度が上昇している。水場のスライムは以前より活発になり、壁際では自然発生した小型魔獣が巣を作り、ゴブリンたちは採掘量の増えた魔石をせっせと運んでいた。ノアが指示しなくても魔物たちは自分たちの生活を始めており、以前の寂しい洞窟とは比べものにならないほど、ダンジョンらしい雰囲気になっている。
「順調だなぁ」
採掘された魔石を確認しながら、ノアは満足そうに頷いた。魔石の量は増えている。魔力も以前より余裕がある。配合炉も稼働できる状態になっている。ここまで来れば、次の配合へ進む準備は整いつつあった。
「次はセラを強化したい」
ノアが言うと、ミレアが頷く。
「魔力特化ですね」
「うん。セラは魔法を使うから、単純に魔力量を増やすだけじゃなくて、魔力の回復速度とか、魔力を効率よく使える能力も欲しい」
それぞれが別の方向へ極端に伸びていく。その方針は、ノアの中でもすっかり固まっていた。
「ただ、セラ用の素材が足りないんだよね」
「現在保有している素材だけでは、大幅な強化は難しいでしょう」
「やっぱりか」
ノアは素材庫を確認した。魔力を持つ素材はいくつかある。しかし、セラを次の段階へ引き上げるには、もっと質の高い素材が必要だった。
そんなときだった。
ぽよん。
背後から音がした。
「ポヨン?」
振り返ると、紫色に淡く光るポヨンがいた。
ポヨンはノアを見ると、何かを伝えるようにぴょんぴょん跳ね始める。
「どうしたの?」
ぽよん。
ぽよん。
そして突然、ポヨンが洞窟の壁際へ向かって走り出した。
「待って!」
ノアが追いかける。
ポヨンは細い通路へ入り、その先にある岩陰で止まった。
そこには、見覚えのない小さな紙切れが落ちていた。
「……何これ?」
拾い上げる。
紙には一言だけ書かれていた。
『本日、営業中』
「……」
ノアはミレアを見る。
「これって」
「以前確認した不思議な店の案内と思われます」
「また出てきたの?」
「そのようです」
以前なら警戒していた。
しかし、ノアは少しだけ考えたあと、紙をポケットへ入れた。
「行ってみようか」
「よろしいのですか?」
「セラの素材が見つかるかもしれないし」
ポヨンが嬉しそうに跳ねる。
ぽよん。
その直後、洞窟の壁に扉が現れた。
前に見たものと同じ、小さな木製の扉だった。
ノアは扉の前に立つ。
「毎回突然出てくるね」
「規則性は確認できません」
「じゃあ、入ろう」
扉を開ける。
チリン、と鈴が鳴った。
店内には相変わらず、用途の分からない商品が大量に並んでいた。瓶、石、種、道具、布、古びた本。どの商品も妙に具体的な名前が付いている。
カウンターの奥には、以前と同じ店主が立っていた。
「いらっしゃいませ」
「また来たよ」
「ええ。今回は少し早い再訪ですね」
「セラを強くできるものを探してるんだけど、そういうのある?」
「もちろんございます」
あまりにも即答だった。
「……あるんだ」
「お客様が必要としているものが、必ずしも見つかるとは限りません。ただ、探す価値はあるでしょう」
ノアは店内を歩き始めた。
最初に見つけたのは、
『一日だけ魔力が少し甘く感じる飴』
「いらない」
次は、
『魔法を一度だけ綺麗に色付けできる手袋』
「意味が分からない」
さらに、
『寝ている間に魔力を少し増やす枕』
「……これはちょっと欲しい」
その他にも小瓶に入れられた黒い玉や、何かの目玉のようなもの。何に使うか分からないものだらけだが、妙に気になるものばかりだ。
「ノア様、目的を忘れないでください」
「分かってるって」
奥へ進む。
そのとき、ポヨンが突然跳ねた。
ぽよん。
棚にぶつかる。
ガタガタガタッ!
「ちょっと!」
棚の上から小箱が落ちてきた。
ノアが慌てて受け止める。
「危なかった……」
箱を見る。
値札が付いていた。
『月喰い花の種』
値段は金貨一枚。
「高っ!」
ノアが思わず声を上げる。
店主が静かに答える。
「珍しい種です」
「何が育つの?」
「魔力を吸収し、夜になると蓄積した魔力を花へ変換する植物です」
「……それって、セラに使える?」
「育て方次第では、良質な魔力素材になります」
ノアの目が輝く。
「欲しい」
「金貨一枚です」
「……」
財布を見る。
足りない。
「またか……」
前回も魔力を育てる土を買うときに金が足りなかった。
簡単には用意できない。
ノアが悩んでいると、ポヨンが店の隅へ移動した。
そして、棚の下へ頭から突っ込む。
「ポヨン?」
ガサガサ。
何かを引っ張り出した。
古びた袋だった。
ノアが拾う。
「何これ?」
店主が袋を見る。
ほんの一瞬だけ、動きが止まった。
「……それは店の物ではありません」
「じゃあ、なんでポヨンが見つけたの?」
「さあ」
店主はそれ以上答えない。
ノアが袋を開けると、中から古い魔石が何個も出てきた。
「これ……魔石?」
「はい」
「店の物じゃ無いなら、、、これ売っちゃおうかな?」
「問題ございません」
ノアは目を輝かせた。
店主に査定してもらう。
結果は、月喰い花の種を買えるだけの金額だった。
「これで買える?」
「はい」
ノアは迷わず魔石を売った。
金貨一枚を支払い、月喰い花の種を受け取る。
「ありがとう、ポヨン」
「ぷる!」
ポヨンが得意そうに揺れる。
だが、事件はここからだった。
店主がノアへ種を渡した直後、店の奥から大きな音が響いた。
ドンッ!
「何?」
棚が揺れる。
店主の表情が初めて変わった。
「……まずいですね」
「何が?」
「その種を、この店から持ち出すと困ったことになります」
「え?」
ノアが種を見る。
黒い種の表面に、赤い光が走っていた。
「さっきまでこんなのなかったよね?」
「ええ」
店主が静かに答える。
「ポヨンが触れたからでしょう」
「……」
ポヨンを見る。
本人は何も悪びれず、ぷるぷるしている。
その瞬間、店の奥にあった扉が勢いよく開いた。
中から、無数の黒い蔓が飛び出してくる。
「うわっ!」
ノアが後ろへ飛び退く。
「店主! これ何!?」
「月喰い花の成体です」
「種じゃなかったの!?」
「種です。ただし、非常に特殊な種でして」
黒い蔓が店内を這い回る。
ノアたちは慌てて避ける。
セラが魔力を集める。
「待って!」
ノアが止める。
「魔力を吸収する植物なら、セラの魔法は逆効果かもしれない!」
蔓がポヨンへ向かう。
ポヨンが跳ねる。
ぽよん。
蔓がポヨンを追う。
「ポヨン!」
ポヨンは逃げる。
店内を跳ね回り、棚の間をすり抜ける。
そして偶然、床に落ちていた小瓶へぶつかった。
ガシャン!
瓶が割れる。
中から透明な液体が広がった。
黒い蔓がその液体に触れた瞬間――。
ジュッ!
蔓が一斉に縮んだ。
「え?」
店主が目を見開く。
「……まさか」
「何?」
「それは、枯死薬です」
「そんなものがあるなら最初から使ってよ!」
「どこにあるか分からなかったのです」
「ポヨンが見つけたけど!?」
店主は答えなかった。
ポヨンはさらに跳ねる。
ぽよん。
すると今度は別の棚が倒れ、その奥から巨大な瓶が転がり出てきた。
瓶の中には、青白い液体が満たされている。
店主が呟く。
「……月光魔力液」
「それも使える?」
「月喰い花を育てるための最高級の培養液です」
「……」
ノアはポヨンを見る。
ポヨンは楽しそうに跳ねている。
どうやら、この店ではポヨンが動くたびに何かが出てくるらしい。
そして数分後。
騒動は収まった。
月喰い花の成体は枯死薬によって完全に活動を停止し、残された花弁からは大量の魔力が結晶化していた。
店主がそれを見て、静かに言う。
「これは……予想以上ですね」
「これ、もらっていい?」
「お客様が倒したものです。差し上げましょう」
ノアは目を輝かせた。
「本当に?」
「ええ」
さらに、ポヨンが偶然見つけた月光魔力液まで手に入った。
結果としてノアが持ち帰ることになったのは、月喰い花の種だけではなかった。
大量の高純度魔力結晶。
月光魔力液。
そして、セラの配合に使えそうな花弁。
ノアは両手いっぱいの素材を抱えて店を出た。
扉を閉める。
次の瞬間、そこにはいつもの洞窟の壁しかなかった。
「……今回もすごかったね」
「はい」
ミレアが答える。
「ただし、今回はポヨンの行動が直接的に事件を引き起こしています」
「うん」
ノアはポヨンを見る。
紫色の身体が、いつもより強く光っていた。
「でも、そのおかげでセラの配合素材が揃った」
「結果だけを見るなら、大きな成果です」
「結果オーライ!じゃあ、次は配合だ」
ノアは地下施設へ向かう。
配合炉には、すでに十分な魔力が蓄えられている。
セラが静かにノアの後ろをついてくる。
そしてポヨンも、何事もなかったかのように跳ねながらついてきた。
次の配合で生まれる力が、これまでのセラとはまったく違うものになる。




