第47話 ポヨンが開けたもの
レグルの配合が終わった翌朝、ノアは洞窟の中央広間で頭を抱えていた。
「……増えすぎじゃない?」
目の前には、昨日より明らかに数を増やした魔物たちがいた。
水場にはスライムが群れ、天井近くにはコウモリが飛び交い、奥の暗がりでは小型の魔獣が何匹も動き回っている。ゴブリンたちは採掘場と倉庫を行き来し、運び込まれた鉱石を種類ごとに積み上げていた。
自然発生した魔物たちは、ノアが細かく指示しなくても勝手に生活を始めていた。餌場を見つけ、水場を使い、危険な場所を避け、場合によっては同種同士で集団を作る。
「さらにダンジョンらしくなってきたね」
「はい。魔力環境が安定したことで、生息可能な範囲が広がっています」
ミレアの報告を聞きながら、ノアは満足そうに頷いた。
弱い魔物も大量にいる。
侵入者が入れば、まず雑魚たちが襲いかかり、体力や魔力を削る。その奥で精鋭が待ち構える。
それこそがダンジョンだ。
「これなら、私が全部管理しなくても大丈夫そうだね」
「むしろ管理しすぎないほうが、自然なダンジョンとして機能すると思われます」
「じゃあ、このままでいいか」
ノアが歩き出した、そのときだった。
背後から、何かが転がってきた。
コロコロ……。
ノアの足元で止まる。
「ん?」
小さな黒い石だった。
拾い上げて鑑定する。
「ただの鉱石だね」
「はい。特に価値はありません」
ノアは石を脇へ置いた。
その直後。
背後で、ポヨンが跳ねた。
ぽよん。
もう一度。
ぽよん。
そして三度目。
ぽよんっ。
「……?」
ポヨンの身体が、壁にぶつかった。
ポヨン自身には何の問題もない。
ただ、ぶつかった壁のほうが問題だった。
ゴゴゴゴゴ……。
「え?」
ノアが振り返る。
壁の一部が沈み込んだ。
「ミレア?」
「構造変化を確認」
「何が起きてるの?」
「不明です」
次の瞬間。
ドンッ!
壁の一部が内側へ開いた。
その奥から、冷たい風が吹き抜ける。
ノアは目を見開いた。
「隠し通路?」
今まで何度も洞窟内を調べてきた。
それなのに、この場所に通路があるとは気づかなかった。
ポヨンが嬉しそうに跳ねる。
「ぷる!」
「いや、褒めていいのか分からないよ」
ノアは慎重に通路を覗き込んだ。
暗い。
そして、かなり深い。
「クロウ、調べられる?」
クロウがすぐに通路へ入っていく。
しばらくして戻ってきた。
「危険は?」
クロウが低く唸る。
どうやら何かあるらしい。
「私も行く」
ノアはミレア、レグル、ガルドを連れて通路へ入った。
奥へ進むほど、空気が冷たくなっていく。
壁には古い魔力文字が刻まれていた。
「これ……何?」
「古代式の封印術式です」
「封印?」
ノアが立ち止まる。
「何を封印してるの?」
「そこまでは判別できません」
ノアは嫌な予感を覚えた。
こういう場所にある封印というのは、だいたい開けないほうがいい。
「戻ろうか」
その瞬間だった。
背後から、ぷるん。
「……」
ノアが振り返る。
ポヨンが通路を跳ねながらついてきている。
「ポヨン」
「ぷる?」
「ここは触らないでね」
「ぷる」
返事だけは素直だった。
ノアは再び前を向く。
そして、その直後。
ポヨンが足元の小さな石を踏んだ。
カチッ。
「……」
ノアが振り返る。
「ポヨン?」
ゴゴゴゴゴゴゴッ!
「うわぁぁぁっ!」
通路全体が揺れ始めた。
壁の封印文字が一斉に光る。
「まずい!」
ミレアが叫ぶ。
「封印術式が起動しています!」
「止められる?」
「解除ではなく、すでに起動した術式です。停止には時間が必要です!」
ノアはポヨンを見る。
ポヨンは何が起きているのか分からない顔で、ぷるぷるしている。
「……なんで踏むの!」
「ぷる……」
床が割れた。
奥から巨大な魔力が噴き出す。
ノアたちは慌てて後退した。
封印されていたのは魔物だった。
巨大な身体。
四本の腕。
全身を黒い甲殻で覆った異形。
封印が破れ、その魔物がゆっくりと立ち上がる。
「……大物だ」
ノアの額に汗が浮かぶ。
ミレアが鑑定する。
「推定危険度――現在のダンジョン戦力では、単独撃破は困難です」
「えっ」
ノアが固まる。
ガルドが斧を構える。
レグルが前へ出る。
セラが魔力を集中させる。
しかし、ノアはすぐに手を上げた。
「待って」
魔物の身体をよく見る。
鎧のような甲殻。
巨大な腕。
そして胸の中央に、黒い核のようなものが埋め込まれている。
「……あれ、魔力を吸ってる?」
「はい」
ミレアが反応する。
「周囲の魔力を吸収しています」
「だったら……」
ノアは洞窟全体を思い浮かべる。
魔力貯蔵核。
増え始めた魔石鉱床。
巨大魔石。
そして、魔力を蓄えた植物。
「こいつ、ここに封印されていたんだよね?」
「その可能性が高いです」
「じゃあ、封印されていた理由は?」
「魔力を吸収する性質が危険だったためと推測されます」
ノアは息を呑んだ。
「だったら、魔力を吸わせなければいい」
セラが魔力供給を停止する。
洞窟内の魔力が一気に薄くなる。
しかし、魔物はすでに大量の魔力を吸収している。
咆哮。
壁が震える。
「駄目だ。まだ動ける!」
魔物が拳を振り下ろす。
レグルが前へ出る。
ドォンッ!
拳と腕がぶつかる。
以前なら吹き飛ばされていたほどの衝撃。
しかし、レグルは動かなかった。
「レグル、すごい!」
レグルが踏ん張る。
衝撃が身体全体へ分散され、床へ逃げていく。
「ガルド!」
ノアが叫ぶ。
ガルドが横から回り込む。
斧が甲殻へ叩き込まれる。
ガギィン!
傷は浅い。
「硬すぎる!」
セラが魔力弾を放つ。
直撃。
しかし、魔物はその魔力すら吸収してしまう。
「セラ、攻撃を止めて!」
ノアが叫んだ。
「こいつ、魔法を食べてる!」
状況は最悪だった。
物理攻撃は硬い。
魔法攻撃は吸収される。
しかも、時間が経てば経つほど周囲の魔力を吸収して強くなる。
「どうする……」
ノアが考える。
そのとき。
ポヨンが跳ねた。
ぽよん。
魔物の足元へ。
「ポヨン! 戻って!」
ポヨンは止まらない。
ぽよん。
さらに近づく。
魔物が腕を振り上げた。
「危ない!」
ノアが叫ぶ。
だが、ポヨンは偶然、魔物の足元に落ちていた小さな黒い欠片へ触れた。
次の瞬間。
魔物の身体が硬直した。
「……え?」
胸の核が点滅する。
黒い甲殻の隙間から、紫色の光が漏れ始めた。
「何が起きてるの?」
「魔力反応が変化しています!」
ミレアの声が響く。
魔物の胸に埋め込まれていた黒い核が、ポヨンの紫色の魔力に反応していた。
そして――。
パキン。
小さな音がした。
核に亀裂が入る。
「今だ!」
ノアが叫ぶ。
ガルドが踏み込む。
全身の力を右腕へ集中。
レグルが魔物の腕を受け止める。
セラが残った魔力を一点へ集中する。
そしてガルドの斧が、亀裂の入った胸部へ叩き込まれた。
ドゴォォォン!
魔物の身体が大きく揺れた。
胸の核が砕ける。
大量の魔力が外へ噴き出す。
だが、それは暴走することなく、周囲へ広がっていった。
そして魔物は、ゆっくりと崩れ落ちた。
「……倒した?」
「はい」
ミレアが答える。
「撃破を確認しました」
ノアはその場に座り込んだ。
「助かった……」
ガルドが胸を張る。
レグルも静かに佇んでいる。
セラは疲れたように杖を下ろした。
そして、ポヨン。
「……ポヨン」
「ぷる?」
「君、何したの?」
「ぷるる?」
何も分かっていない。
ノアは苦笑した。
しかし、ミレアの鑑定結果を聞いた瞬間、表情が変わった。
「ノア様」
「何?」
「魔物の核が破壊されたことで、内部に蓄積されていた魔力が周囲へ放出されています」
「それって……」
「この洞窟全体の魔力濃度が上昇しています」
ノアは目を見開いた。
「じゃあ……」
「さらに、核の破片には高純度の魔力結晶が含まれています」
「……」
ノアは倒れた魔物を見る。
危険な封印をポヨンが偶然解除した。
そのせいでダンジョン最大級の危機になった。
しかし結果として、その魔物が蓄えていた大量の魔力と希少な魔力結晶が手に入った。
しかも、その魔力はダンジョン全体へ還元されている。
「……ポヨン」
「ぷる」
「君の幸運、ちょっと怖いよ」
ポヨンは嬉しそうに跳ねた。
ぽよん。
その瞬間、頭上から何かが落ちてきた。
カラン。
ノアが拾う。
「……これも魔力結晶?」
「はい」
「……」
ノアはポヨンを見る。
ポヨンは何も知らない顔でぷるぷる揺れている。
ノアは小さく笑った。
「まあ、結果オーライか」
ただし、この日を境にノアは一つだけ理解した。
ポヨンの幸運は、単に珍しいものを見つける程度のものではない。
何かが起きる。
そして、その「何か」が、とんでもない結果を連れてくる。
良くも悪くも。
だからこそ、ポヨンを洞窟内で自由に跳ね回らせておくことには、少しだけ注意が必要だった。




