第46話 特性を引き出す黒い触媒
不思議な店を出たノアは、手のひらに乗せた黒い鉱石を何度も眺めていた。見た目だけなら、そこらに転がっている石と大差ない。黒い表面に細い赤い線が走っている以外には、特別な魔力を放っているようにも見えなかった。だが、配合眼を使って見れば、その性質は一目瞭然だった。
『特性増幅触媒』
魔物が本来持っている性質を配合時に強く引き出し、素材との融合効率を高める。
単純に能力値を上げる素材ではない。攻撃力なら攻撃力、防御力なら防御力、魔力なら魔力、特殊能力なら特殊能力と、配合する魔物が持つ方向性に合わせて効果が変化するらしい。
「これ……今の私たちにぴったりじゃない?」
「はい。現在進めている特化方針との相性は非常に良いと思われます」
ノアは嬉しそうに触媒を握った。
今の方針は決まっている。
ガルドは攻撃。
レグルは防御。
セラは魔力。
そしてポヨンは幸運。
四体を何となく強くするのではない。それぞれが一つの分野で圧倒的な存在になることを目指す。そのためには、配合する素材も慎重に選ぶ必要がある。
「これなら、次の配合でレグルの防御をかなり伸ばせるかもしれない」
「可能性は高いです」
「じゃあ、レグル用の素材を集めよう」
地下施設へ戻る途中、ノアは洞窟の様子を見て回った。
最近、洞窟内の魔物が明らかに増えている。
水場の周辺にはスライムが何匹も集まり、壁の隙間には小型の魔物が巣を作っている。ゴブリンたちは採掘した石を運び、洞窟の奥ではコウモリが群れを作って飛び回っていた。
以前なら一匹ずつ捕まえて名前を付け、能力を確認していたところだ。
だが、今はそんな必要はない。
自然に生まれた魔物たちは、ダンジョンの中でそれぞれ勝手に生活している。
弱い魔物がいる。
少し強い魔物もいる。
その中から、何かのきっかけで特別な個体が生まれれば、そのときに考えればいい。
ノアが管理するのは、あくまで中心となる精鋭たちだけでいい。
「こういうのがダンジョンって感じだよね」
「はい。魔物が自然に増え、環境に適応し、集団を形成しています」
「私が全部面倒を見る必要もないし」
「それが理想的です」
ノアは満足そうに頷いた。
そのとき、奥の通路から大きな音が響いた。
ガンッ!
「何?」
ノアが振り向く。
ゴブリンたちが採掘していた場所から、何かが転がってきた。
小さな魔石だった。
続いて、もう一つ。
さらにもう一つ。
「……結構出てる」
採掘をしていたゴブリンたちが嬉しそうに騒いでいる。
どうやら魔力貯蔵核が復旧したことで地下の魔力循環が変化し、今まで眠っていた鉱脈が刺激されているらしい。
「ミレア、これも魔力貯蔵核の影響?」
「その可能性が高いです。地下に蓄積していた魔力が流れ始めたことで、魔石鉱床の成長速度も上がっています」
「つまり、放っておいても魔石が増える?」
「一定の条件が維持されれば、以前より採掘量が増えると考えられます」
ノアは思わず拳を握った。
「最高じゃん」
配合には魔力が必要。
施設にも魔力が必要。
そして、その魔力を支える魔石が自然に増えていく。
さらに巨大魔石まで偶然手に入った。
まるで一つ歯車が回り始めたことで、次々と別の歯車まで動き始めているようだった。
ノアはそのまま採掘場を後にし、地下施設へ戻った。
配合炉はまだ冷却中だった。
「あとどれくらい?」
「およそ半日です」
「じゃあ、その間に素材を確認しよう」
素材庫を開く。
レグルの防御特化に使えそうなものを並べていく。
岩炎獣の外殻。
大型魔獣の骨。
鉱石系魔物から採取した硬質鉱。
さらに、先ほど採掘されたばかりの魔石。
ノアは配合眼を発動させた。
素材の情報が次々と浮かび上がる。
岩炎獣の外殻――高い耐熱性。衝撃耐性。
大型魔獣の骨――高密度。破損時の自己修復能力。
硬質鉱――極めて高い硬度。魔力による強化適性。
「これは……かなりいい」
ノアは素材を組み合わせていく。
外殻と骨。
骨と硬質鉱。
そこへ魔石を加える。
しかし、どれも一長一短だった。
「硬くするだけなら、簡単なんだけど……」
ノアはレグルを見る。
黒銀の巨体。
レグルはすでに十分な防御力を持っている。
だからこそ、ただ硬くするだけでは面白くない。
「攻撃を受けたときに、力を逃がせるようにしたい」
「衝撃分散能力ですか?」
「うん。硬いだけだと、強い攻撃を受けたときに身体へ衝撃が集中するでしょ」
ノアは配合眼で素材を再確認する。
そこで、一つの素材が目に留まった。
硬質鉱の中に混ざっていた、薄い灰色の鉱石。
「これ……何?」
「微量の特殊鉱物です。衝撃を受けた際、一時的に内部構造を変化させる性質があります」
「これだ!」
ノアは鉱石を取り出した。
硬い。
しかし、衝撃を受けるとわずかに形を変え、力を別の方向へ逃がす。
「これと外殻を組み合わせたら……」
配合眼が反応する。
相性が上がった。
「いけそう」
ノアは黒い特性増幅触媒も横に置いた。
「これも使う」
ミレアが確認する。
「触媒を加えることで、レグルの防御特性そのものが配合結果へ強く反映されます」
「じゃあ、レグルの防御力を伸ばすだけじゃなくて、防御に関する性質そのものを強化する」
「その方向が最適と思われます」
ノアは満足そうに頷いた。
だが、配合炉はまだ使えない。
「あと半日かぁ」
「現在の魔力蓄積量なら、冷却完了後すぐに配合を開始できます」
「分かった。それまで準備しよう」
ノアは素材を選別し、必要なものだけを配合施設へ運び込んだ。
そして、夜。
配合炉の冷却が終わった。
炉の表面に走っていた赤い光が消え、内部温度が安定する。
「使える?」
「はい」
ノアの目が輝く。
「よし。レグル、お願い」
レグルがゆっくりと配合炉の前へ進む。
ノアは素材を一つずつ並べた。
岩炎獣の外殻。
大型魔獣の骨。
特殊鉱物。
高品質魔石。
そして、黒い特性増幅触媒。
「今回は、防御だけを伸ばす」
ノアが配合炉へ魔力を流す。
ゴォォォ……。
炉の内部が青白く輝いた。
最初に外殻が崩れ始める。
硬い表面が細かな粒子へ変わり、無数の光となって宙へ浮かんだ。
続いて骨が震える。
内部に宿っていた生命力が白い光へ変わり、外殻の粒子と混ざっていく。
特殊鉱物は最後まで形を残していた。
ノアは魔力を慎重に調整する。
「まだ……」
特殊鉱物が赤く光る。
その瞬間、ノアは魔力を少しだけ強めた。
ガンッ!
配合炉が大きく震えた。
「来た!」
素材が一斉に中央へ集まる。
黒い特性増幅触媒が砕け、黒い霧のような魔力となってレグルを包み込んだ。
レグルの身体から、巨大な魔力反応が発生する。
「レグルの防御特性が急速に増幅しています!」
「まだ終わってない!」
ノアは炉を見つめる。
素材が一つになる。
外殻。
骨。
鉱石。
魔石。
それぞれの性質が混ざり合い、レグルの身体へ流れ込んでいく。
やがて黒銀の光がレグルの全身を包んだ。
その身体の表面に、以前にはなかった細かな銀色の線が浮かび上がる。
光が消えた。
レグルが一歩踏み出す。
ドン。
床がわずかに沈んだ。
「……大きくなった?」
「体格の増加は軽微です。しかし、防御性能は大幅に向上しています」
ミレアが続ける。
「特に衝撃分散能力が追加されています」
「やった!」
ノアがレグルへ駆け寄る。
「ちょっと試してみよう」
訓練用の大型ゴーレムを用意する。
以前ならレグルが受け止めれば、攻撃の衝撃で地面が揺れていた。
ゴーレムが拳を振り下ろす。
ドォンッ!
レグルが真正面から受け止める。
土煙が舞う。
ノアは目を細める。
だが、レグルは一歩も動いていなかった。
「すごい……」
しかも、レグルの足元にひび一つない。
衝撃そのものが地面へ逃げたのではない。
レグルの身体へ伝わった力が、表面から内部へ流れ、全身へ分散されている。
ノアは思わず笑った。
「これなら、レグルは簡単には倒れないね」
レグルが低く唸る。
その姿を見ながら、ノアは満足そうに頷いた。
ガルドは一撃。
レグルは鉄壁。
セラは魔力。
そしてポヨンは幸運。
四体の役割が、少しずつ形になってきている。
その頃、洞窟の外では自然発生した魔物たちが新しい巣を作り始めていた。魔力の流れが安定したことで生息できる場所が増え、これまで魔物が近づかなかった場所にも小さな群れが集まり始めている。
ダンジョンそのものが、ゆっくりと生き物のように変化していた。
ノアはその光景を眺めてから、地下施設へ戻る。
「次はセラだね」
配合炉を見る。
魔力はまだ十分に残っている。
巨大魔石。
魔力貯蔵核。
増え始めた魔石鉱床。
そして、不思議な店で手に入れた触媒。
以前なら一回の配合をするだけでも魔力不足を気にしていた。
今は違う。
設備が整い、資源が増え、次の強化へ進める土台ができている。
「この調子なら……」
ノアは笑った。
「もっと強くできる」
その足元では、ポヨンが紫色に光りながら、何かを見つけたように跳ねていた。
ぽよん。
ぽよん。
そして三回目に跳ねた瞬間、ポヨンの身体の中から小さな金属片が飛び出した。
カラン。
「……今度は何?」
ノアが拾い上げる。
ミレアが鑑定する。
「配合施設で使用する補助部品です」
「なんでポヨンから?」
「判断できません」
ノアは金属片とポヨンを交互に見る。
「……まあ、使えるならいいか」
ポヨンは満足そうにぷるぷる揺れた。
こうして、ダンジョンの強化はまた一歩先へ進んだ。




