第45話 巨大魔石と、次なる配合
翌朝、ノアは昨日見つけた巨大魔石を前にしていた。洞窟の外に倒れた木の根元から偶然姿を現したそれは、これまでノアが見つけてきた魔石とは大きさがまるで違う。両手で抱えるほどの塊で、内部には青白い光がゆっくりと流れている。魔力を近づけるだけで肌がわずかに震えるほど濃密な魔力が閉じ込められていた。
「これ、本当に魔石?」
「はい。ただし、通常の魔石とは生成過程が異なります」
ミレアが鑑定結果を表示する。
「長期間にわたって地下の魔力を吸収した鉱物が、特殊な環境下で結晶化したものと思われます。品質は非常に高いです」
「どれくらい?」
「現在保有している魔石をすべて合わせたものより、こちら一個のほうが高い魔力量を保持しています」
ノアは思わず巨大魔石を見直した。
「そんなに?」
「はい」
昨日、ポヨンが月光鉱に触れたことで古い設備が再起動し、その直後に偶然見つかった魔石だ。普通なら見つけることさえ難しかっただろう。
ノアは巨大魔石に手を乗せた。
「……これなら、配合炉をかなり動かせそうだね」
「可能です。ただし、すべて投入する必要はありません」
「じゃあ、少しずつ使おう」
ノアは慎重だった。
貴重な素材だからこそ、一度に全部使うようなことはしない。巨大魔石から小さな欠片だけを取り出し、配合炉の魔力供給用の台へ置く。
カチッ。
魔石が台に固定された瞬間、配合炉が低く唸った。
ゴォォォ……。
炉の内部へ青白い光が流れ込んでいく。
「すごい……」
これまでなら、魔石を何個も投入してようやく蓄積されていた魔力が、たった一つの欠片から勢いよく供給されていく。しかも魔力貯蔵核が復旧したことで、供給された魔力が無駄なく炉へ蓄えられていく。
「これなら……」
ノアは素材庫を見る。
ガルド。
レグル。
セラ。
そしてポヨン。
四体の成長方針はすでに決まっている。
攻撃。
防御。
魔力。
幸運。
数を増やすのではなく、それぞれの役割を極限まで伸ばしていく。
「優先は攻撃かな。そうなるとまたガルドだね」
ノアはそう言って、素材棚からいくつかの素材を取り出した。
岩炎獣から得た硬い角。
大型魔獣の筋繊維。
そして、昨日採取した月光鉱。
「これを全部使うの?」
ミレアが尋ねる。
「ううん。まず相性を見る」
ノアは配合眼を発動させた。
視界が切り替わる。
素材一つ一つを見た瞬間、それぞれが持つ性質が浮かび上がっていく。
岩炎獣の角。
高い硬度。
衝撃を受けるほど内部に魔力を蓄え、攻撃時に一気に放出する性質。
大型魔獣の筋繊維。
強靭な身体能力。
瞬間的な筋力増幅。
そして月光鉱。
魔力の流れを安定させる性質。
ノアは腕を組んだ。
「角は攻撃力を上げられそう。でも筋繊維と合わせると、もっと強くなる」
「月光鉱はどうでしょう?」
「ガルドは攻撃特化だから、魔力そのものを伸ばす必要はないと思う。でも……」
ノアは月光鉱を見る。
「攻撃力を上げても、魔力の流れが不安定だったら力を出し切れない」
配合眼が三つの素材を重ね合わせる。
すると、淡い光が浮かんだ。
相性。
岩炎獣の角と筋繊維は高い。
そこへ月光鉱を加えることで、攻撃能力そのものを伸ばすというより、攻撃に必要な魔力を無駄なく身体へ流せるようになる。
「これなら……」
ノアは笑った。
「ガルドの攻撃特化に合ってる」
「では、配合を行いますか?」
「うん」
ノアはガルドを呼んだ。
大柄なゴブリンが地下施設へ入ってくる。
「ガルド。もっと強くなりたい?」
「グルァ!」
即答だった。
「じゃあ、力を借りるよ」
ガルドが配合炉の前に立つ。
ノアは素材を一つずつ確認した。
岩炎獣の角。
大型魔獣の筋繊維。
月光鉱。
そしてガルド自身。
配合炉の中央に三つの素材を置く。
「開始する」
魔力を流す。
配合炉の内部で火が灯った。
最初に岩炎獣の角が赤く染まる。
表面が崩れ始める。
硬い角が少しずつ粒子へ変わり、その一つ一つが赤い光となって炉の中央へ吸い込まれていく。
続いて筋繊維が震えた。
筋繊維そのものが溶けるのではない。
中に宿っていた魔力と生命力だけが引き出され、細い光の束へ変わっていく。
「……綺麗」
ノアは思わず呟いた。
赤い光と金色の光が螺旋を描く。
そこへ月光鉱を投入する。
青白い光が二つの光へ絡みつき、荒れていた魔力の流れを整えていく。
しかし、その瞬間だった。
配合炉が大きく震えた。
「えっ?」
ゴォンッ!
炉の蓋がわずかに跳ね上がる。
「魔力が強すぎます!」
ミレアが叫ぶ。
ノアはすぐに魔力供給を調整した。
「これなら!」
炉の中で三つの素材が一つへ集まっていく。
赤。
金。
青。
三色の光が絡み合い、巨大な魔力の渦となった。
ガルドの身体がその光に包まれる。
「ガルド!」
光がさらに強くなる。
筋肉が膨らむ。
腕が太くなる。
皮膚には赤黒い紋様が浮かび上がり、両腕から肩へ向かって走っていく。
そして最後に、赤い光がガルドの右腕へ集まった。
ズンッ!
配合炉が静かになる。
光が消える。
そこに立っていたガルドは、以前とは明らかに違っていた。
身体そのものが一回り大きくなったわけではない。
むしろ変化は派手ではない。
しかし、拳を握っただけで周囲の空気が震える。
「……すごい」
ノアが呟く。
ミレアが鑑定結果を読み上げる。
「筋力、瞬間攻撃力ともに大幅上昇。さらに攻撃時の魔力伝達効率が向上しています」
「狙い通りだ」
ノアは嬉しそうに笑った。
単純に身体を巨大化させたわけではない。
攻撃する瞬間に、身体の力と魔力を一点へ集中させる。
つまり、ガルドの一撃そのものを強くした。
「ガルド。試してみよう」
訓練場へ移動する。
巨大な岩が一つ置かれていた。
ガルドが拳を構える。
「思いっきり」
ズドンッ!
岩が砕けた。
いや、砕けたという表現では足りない。
拳が触れた場所を中心に岩全体へ亀裂が走り、次の瞬間、数十個の破片となって吹き飛んだ。
「……」
ノアは口を開けたまま固まった。
「すご……」
ガルドが自分の拳を見る。
ノアは思わず笑った。
「これなら、かなり強くなったね」
ガルドが胸を張る。
「グルァ!」
その姿を見ながら、ノアは次の計画を考え始めた。
攻撃はガルド。
防御はレグル。
魔力はセラ。
そして、幸運はポヨン。
それぞれを中途半端に強くするつもりはない。
四体とも、別々の方向から「最強」を目指す。
「次はレグル……と言いたいところだけど」
ノアは配合炉を見る。
巨大魔石のおかげで魔力は十分に確保できている。
しかし、配合炉そのものにはまだ冷却が必要だった。
「もう少し待たないと駄目か」
「はい」
「じゃあ、その間に外を見てくる」
ノアたちは地上へ戻った。
洞窟では、自然発生したスライムたちが水場の周囲を動き回り、ゴブリンたちは採掘を続けている。小型魔獣も増えていた。
ノアは少し離れた場所にある植物を見る。
魔力を育てる土で育った植物は、以前よりも大きくなっていた。
そして、その根元には紫色の実がいくつも実っている。
「……これ、どうしよう」
ノアが実を見る。
「食べるなとは言われてないけど……」
その横からポヨンが近づいてきた。
「ぷる」
「駄目」
ノアが先に実を隠す。
「まだ何が起きるか分からないんだから、勝手に食べないで」
「ぷるぅ……」
ポヨンがしょんぼりする。
ノアは少し考え、紫色の実を一つだけ手に取った。
「でも、これも何かの素材になるかもしれない」
ミレアが鑑定する。
「高濃度の魔力を含んでいます。ただし、ポヨンが以前食べた実とは成分が変化しています」
「どういうこと?」
「ポヨンが食べたことによって、植物そのものの魔力循環が変化した可能性があります」
ノアは実を見つめた。
ポヨンが食べた。
植物が変化した。
そして、その植物がさらに新しい実を作っている。
「じゃあ、ポヨンが食べれば食べるほど……」
ノアがポヨンを見る。
ポヨンは紫色の実を見つめている。
「……やっぱり一個だけにしよう」
ノアが実を渡す。
ポヨンが嬉しそうに近づく。
ぷるん。
ぱくっ。
実が身体の中へ消えた。
次の瞬間。
ポヨンの身体が淡い紫色に輝いた。
以前より強い。
だが、苦しそうな様子はない。
むしろ嬉しそうに身体を揺らしている。
「どう?」
「現在、魔力反応が上昇しています」
ミレアが答える。
「ただし、それだけではありません」
「何?」
「周辺の魔力反応に、微細な変化があります」
ノアが周囲を見る。
何も起きていない。
そう思った瞬間だった。
洞窟の天井から、小さな石が一つ落ちてきた。
コロコロと転がる。
その石がポヨンの目の前で止まった。
「また?」
ノアが拾う。
ただの石ではない。
「……これ、魔力鉱石?」
ミレアが鑑定する。
「はい。非常に小さいですが、品質は高いです」
ノアはポヨンを見る。
ポヨンは嬉しそうに跳ねている。
「偶然なのかな」
ミレアは答えなかった。
ノアも、それ以上は考えなかった。
今はガルドの強化が成功したことのほうが重要だった。
しかし、その日の夕方。
洞窟の入口に、また小さな木製の扉が現れた。
「……」
ノアが固まる。
扉には前と同じように、小さな看板が掛かっている。
ただし、今回は文字が違った。
『本日は掘り出し物があります』
「……なんで?」
ミレアが扉を確認する。
「出現条件は不明です」
ノアは扉の前に立った。
チリン。
中から鈴の音が聞こえる。
そして、あの穏やかな声がした。
「お待ちしておりました」
ノアは扉を開ける。
そこには前回と同じように、見たことのない道具や素材が所狭しと並んでいた。
だが、今回は一番手前の棚に、見覚えのあるものが置かれていた。
「……これ」
ノアが手に取る。
小さな黒い鉱石。
説明札には、短くこう書かれていた。
『魔物の特性を引き出す触媒』
「……配合に使える?」
ノアが店主を見る。
店主はいつものように顔を見せない。
「使い方を間違えなければ、非常に役立つでしょう」
ノアの目が輝いた。
「いくら?」
「金貨一枚です」
「高い……」
ノアは財布を確認する。
だが、昨日手に入れた巨大魔石のおかげで、最近は魔石の採掘量も増えている。
そして幸運なことに、今日採掘された魔石の中には、珍しい高品質のものがいくつか混ざっていた。
売れば足りる。
「……買う」
ノアは迷わなかった。
店主から触媒を受け取る。
その瞬間、黒い鉱石の表面に赤い線が浮かんだ。
まるでガルドの新しい力に反応したかのように。
「これは……」
ノアは触媒を握りしめた。
配合炉はまだ冷却中。
次の配合まで少し時間がある。
けれど、その時間さえも無駄にはならない。
ガルドは一段階強くなった。
次はレグル。
そのための素材も、少しずつ揃い始めている。
そして、その背後ではポヨンがまた紫色に光っていた。
小さな身体の中で、何かが静かに育っている。
ノアはまだ、その変化の意味を完全には理解していなかった。
ただ一つ確かなのは――洞窟の成長速度が、以前とは比べものにならないほど速くなっていることだった。




