第44話 開いた扉の向こうには
翌朝、ノアは昨日見つけた地下空間へ向かっていた。月光鉱を採取した場所まで来ると、昨日まで確かに閉じていた石扉が半分ほど開いている。分厚い石が擦れた跡が床に残り、扉の向こうから冷たい空気が流れ出していた。ノアはしばらくその場で立ち止まり、隣にいるミレアを見る。
「昨日は閉まってたよね?」
「はい。完全に閉鎖されていました」
「じゃあ、なんで開いたの?」
「昨日採取した月光鉱が扉に触れたことが原因である可能性が高いです」
ノアは後ろを見る。少し離れた場所では、ポヨンが壁に身体を押しつけながらぷるぷるしていた。
「ポヨンは?」
「関係がある可能性は否定できません」
「やっぱり?」
ノアがポヨンを見る。
「ぷる?」
「……まあいいや。入ってみよう」
石扉の向こうには、細長い通路が続いていた。壁には古い魔法灯らしきものが埋め込まれているものの、ほとんどが消えている。それでもノアたちが進むと、まるで侵入者を感知したかのように、一つ、また一つと淡い光を灯していった。
「誰かが作った場所なのかな」
「人工的に加工された痕跡があります」
通路を進むにつれて、魔力反応が強くなる。セラが先行して周囲を調べ、クロウが後方を警戒する。ノアは二匹の報告を聞きながら慎重に進んだ。
やがて通路が終わった。
その先に広がっていたのは、巨大な円形の部屋だった。
「……広い」
天井は高く、壁際には何本もの柱が立っている。その中央には巨大な石台があり、その上に一つの黒い球体が浮かんでいた。
球体は拳ほどの大きさしかない。
しかし、周囲には濃密な魔力が渦巻いている。
「ミレア、あれは?」
「解析します」
ミレアが調べる。
しばらくして、声が返ってきた。
「魔力貯蔵核です」
「魔力貯蔵核?」
「古いダンジョン設備の一種と思われます。周囲の魔力を長期間蓄積し、必要に応じて放出する装置です」
ノアの目が輝いた。
「……配合炉に使える?」
「直接接続するには危険があります。しかし、機能を修復できれば、ダンジョン全体の魔力供給を安定させられる可能性があります」
「すごい」
ノアは石台へ近づいた。
魔力貯蔵核の周囲には、いくつもの魔法陣が刻まれている。そのほとんどが傷んでいるが、完全に壊れているわけではない。
「これ、誰が作ったんだろう」
「不明です」
ノアが魔法陣へ触れようとした、そのときだった。
「ぷるっ!」
後ろからポヨンが飛び出した。
「え?」
ポヨンはノアの横を通り抜け、そのまま魔力貯蔵核へ向かっていく。
「ポヨン、待って!」
ノアが慌てて追いかける。
しかし、ポヨンは止まらなかった。
ぽよん。
石台へ乗る。
ぽよん。
魔力貯蔵核へ触れる。
次の瞬間。
パァァァッ!
部屋全体が紫色の光に包まれた。
「うわっ!」
ノアが腕で目を覆う。
魔力貯蔵核が激しく回転し始める。周囲の魔法陣が次々と点灯し、眠っていた装置が一斉に動き出した。
「何が起きてるの?」
「魔力貯蔵核が再起動しています!」
「ポヨンが触っただけで?」
「はい!」
ゴゴゴゴゴ……。
地面が震える。
ノアは転ばないように柱へ手をついた。
「壊れないよね?」
「現在のところ異常はありません!」
魔力貯蔵核から放たれた光が、地下施設の方向へ流れていく。
さらに地面の下を走り、洞窟全体へ広がっていった。
遠くで何かが動く音がする。
洞窟内に設置されている魔法灯が次々と点灯していく。
「……すごい」
ノアは呆然とした。
そして、魔力貯蔵核が静かになった。
ポヨンがころんと床へ落ちる。
「ポヨン、大丈夫?」
「ぷる」
いつも通りだった。
ノアが身体を確認する。
紫色の光は消えている。
「何だったんだろう」
「ポヨンが何らかの形で魔力貯蔵核の起動条件を満たしたものと思われます」
「つまり?」
「偶然、正しい方法で起動させた可能性があります」
「……また偶然?」
「はい」
ノアは笑った。
「便利だなぁ」
その頃、地下施設では異変が起きていた。
魔力核の数値が急激に上昇している。
ノアが戻って確認すると、配合炉に蓄積されている魔力も増えていた。
「これ、もうすぐ配合できるんじゃない?」
「はい。魔力貯蔵核から供給されているため、これまでより回復速度が大幅に向上しています」
「じゃあ、次の配合が早くできる!」
ノアは嬉しそうに配合炉を撫でた。
ただし、炉そのものにはまだ冷却時間が必要だった。
「魔力があっても、炉のほうが休まないと駄目なんだよね?」
「はい。魔力を注入し続ければ、炉の内部回路が損傷する危険があります」
「なら、そこは守ろう」
ノアは無理に配合炉を動かそうとはしなかった。
焦る必要はない。
魔力は今までよりずっと安定して入ってくる。
炉が冷えるのを待っている間にも、魔力は少しずつ蓄積されていく。
「これなら次の配合は、かなり余裕を持ってできそう」
ノアは素材庫を眺める。
昨日見つけた月光鉱。
岩炎獣から得た素材。
魔石鉱床から採掘した大量の魔石。
そして、まだ使っていない召喚石。
これだけ揃えば、次の配合でさらに大きな強化が狙える。
「ガルドは攻撃を伸ばす。レグルは防御を極める。セラは魔力を伸ばす。そして……」
ノアはポヨンを見る。
ポヨンは床に転がっていた。
「ポヨンは幸運」
「ぷるっ」
名前を呼ばれたのが嬉しいのか、ポヨンが跳ねる。
その瞬間。
ぽこん。
ポヨンの身体から小さな石が一つ飛び出した。
「……何それ?」
床へ落ちた石を拾う。
ただの小石に見える。
ミレアが鑑定する。
「……魔力結晶の欠片です」
「なんでポヨンの中から?」
「不明です」
ノアは笑ってしまった。
「本当に何でも食べてるんだね」
だが、魔力結晶の欠片は普通ならポヨンの体内に残るはずがない。
しかも、昨日まで存在しなかったものだ。
「これ、使える?」
「品質は高くありませんが、魔力を安定させる性質があります」
「じゃあ、配合炉に入れておこう」
ノアが保管箱へ入れる。
また一つ、素材が増えた。
そしてその夜。
ノアは洞窟の入口から外を眺めていた。
少し前までは、侵入者が来るたびに「どうやって生き残るか」を考えていた。
今では違う。
敵が来れば、魔物たちが戦う。
魔石が手に入る。
素材が集まる。
配合炉が強くなる。
精鋭たちも強くなる。
そしてポヨンが、何かよく分からないことをするたびに、なぜか状況が良い方向へ転がっていく。
「……悪くないな」
ノアが笑う。
その足元でポヨンが跳ねた。
「ぷるっ!」
直後、洞窟の外から大きな音が響いた。
ドンッ!
「何?」
ノアが入口へ駆け寄る。
外には何もない。
ただ、少し離れた場所に一本の巨大な木が倒れていた。
そしてその根元から、見たこともない巨大な魔石が覗いている。
「……」
ノアはポヨンを見る。
ポヨンは何も知らない顔で、ぷるぷる揺れていた。
「……まあ、取りに行こうか」
幸運は、どうやら今日も続いているようだった。




