第43話 幸運の兆しと、次の素材
翌朝、ノアはいつもより早く目を覚ました。地下施設へ向かう前に洞窟内を見回すと、昨日までとは明らかに雰囲気が違っている。魔石鉱床が見つかったことで採掘を始めたゴブリンたちは、すでに作業を再開していた。洞窟の壁を叩く音が一定の間隔で響き、掘り出された魔石が木箱へ次々と運ばれていく。その周囲では自然発生したスライムや小型魔獣がいつものように動き回り、奥の水場ではコウモリたちが騒いでいる。誰かが一匹ずつ命令しているわけではない。それぞれが勝手に暮らしながら、結果として洞窟全体が一つの生態系のようになり始めていた。
「だいぶダンジョンらしくなってきたなぁ」
ノアは少し嬉しそうに呟いた。以前なら、魔物が少ないことや資源が足りないことばかり気にしていた。しかし今では、自然に生まれた魔物たちが増え、魔石を生み出す場所まで見つかり、昨日は強力な岩炎獣まで倒すことができた。しかも、その素材によってレグルをさらに強化できた。自分から積極的に何かをしなくても、洞窟の中で起きた出来事が次々と次の強化へ繋がっている。
「ノア様」
ミレアが呼びかける。
「配合炉の状態を確認しておくことをおすすめします」
「うん。行こう」
地下施設へ入ると、昨日配合を行ったばかりの配合炉は静かに停止していた。炉の周囲に残っていた熱もほとんど消えている。魔力核を確認すると、完全に空になっているわけではないものの、次の配合をすぐに行えるほどではなかった。
「やっぱり一回使うと、結構減るね」
「はい。ですが、昨日採掘した魔石と魔力結晶を投入すれば、回復速度を大幅に上げられます」
「じゃあ、やってみよう」
ノアが保管していた魔石をいくつか取り出す。魔力結晶については、すべて使うのではなく、昨日採取したものの一部だけを選んだ。貴重な素材を一度に使い切る必要はない。配合炉へ魔石を入れ、魔力結晶を専用の受け皿へ置く。すると炉の内部に小さな光が灯った。
ゴォン……。
低い音とともに、魔石が少しずつ崩れていく。中に蓄えられていた魔力が吸い出され、細い光の流れとなって魔力核へ集まっていく。魔力結晶はそれとは違い、ゆっくりと輝きを放ちながら周囲の魔力を吸収し、それを炉へ送り出しているようだった。
「便利だね」
「魔力結晶は周囲の魔力を蓄積し、一定量を超えると自動的に放出する性質があります。配合炉との相性は非常に良いでしょう」
「これなら、前より配合しやすくなる」
ノアは魔力核を眺めながら頷いた。配合炉が完全に回復するにはまだ時間が必要だが、以前のように魔力不足に悩まされ続けることはなさそうだった。
「じゃあ、その間に素材を考えよう」
ノアは素材庫へ向かった。
今のところ昨日までの配合結果を踏まえて、少し今後の方針を見直した。
今は四つの方向性を意識している。攻撃特化、防御特化、魔力特化、そして幸運を中心とした特殊能力特化。ガルドは攻撃を、レグルは防御を、セラは魔力を伸ばしていく。そしてポヨンについては、まだ何が起きているのか分からない。ただ、紫色の光を放つようになったことだけは確かだった。
「ポヨンのことも調べたいな」
ノアが振り返る。
すると、いつの間にかポヨンが素材庫の入口にいた。
「ぷる?」
「お前、自分から来たの?」
ポヨンがぴょんと跳ねる。
ノアが近づいて身体を覗き込むと、昨日よりも紫色の光が濃くなっているように見えた。ほんのわずかだが、身体の中心に紫色の粒が浮かび、それがゆっくりと回っている。
「ミレア、やっぱり変化してるよね?」
「はい。昨日よりも魔力反応が安定しています」
「何の能力か分からない?」
「現段階では断定できません。ただ、一般的な魔力強化とは異なる反応です」
「幸運……だったりして」
ノアは半分冗談で言った。
その瞬間だった。
ポヨンが身体を揺らす。
ぷるん。
その勢いで、棚の上に置いてあった素材袋が一つ落ちてきた。
「うわっ!」
ノアが反射的に受け止める。
「危なかった」
袋の中身が床へ散らばることはなかったが、袋の表面に小さな亀裂が入っている。
「……これ、何の素材?」
ノアが確認する。
以前、洞窟の奥で倒した魔獣から採取したものだった。灰色の毛皮に見えるが、魔力を流すと内部に金色の線が浮かぶ。
ミレアが鑑定する。
「幸運種の魔獣から採取された毛皮です」
「幸運種?」
「極めて珍しい個体です。戦闘能力そのものは高くありませんが、危機に陥った際に偶然が有利に働く性質を持っていたと記録されています」
ノアはポヨンを見る。
「……」
ポヨンも素材を見る。
「……ぷる」
「これ、もしかしてポヨンと相性いい?」
「調査します」
ミレアが解析を始める。
しばらくして、結果が出た。
「適合率が高いです」
「どれくらい?」
「現在確認できている素材の中では、最高値です」
ノアの目が輝いた。
「これだ!」
だが、すぐに素材を配合炉へ持っていくことはしなかった。
「待って」
ノアは素材を見つめる。
「ポヨンはまだ変化の途中なんだよね?」
「はい」
「だったら、今すぐ配合するより、このまま育てたほうがいいかもしれない」
ポヨンはこれまで、他の精鋭とはまったく違う成長をしていた。魔力を育てる土で育った植物の紫色の実を食べ、その後も魔力結晶や鉱石の欠片を勝手に食べている。しかも、食べたものによって身体に変化が起きている。
「ポヨンは配合しなくても、何かを取り込んで成長するタイプなのかも」
「可能性はあります」
「だったら、しばらく様子を見よう」
ノアは幸運種の毛皮を再び保管した。
今すぐ使う必要はない。
むしろ、もっと相性の良い素材が見つかる可能性だってある。
そのとき、洞窟の奥からセラが戻ってきた。
「どうしたの?」
セラがノアの前で止まり、奥を指差す。
「何か見つけた?」
セラが頷く。
ノアが後についていくと、以前は行き止まりだった場所に細い亀裂ができていた。そこから微かな風が流れている。
「通路?」
ノアが岩を少し動かす。
すると、奥から冷たい空気が流れ込んできた。
「ミレア、調べて」
「確認します」
鑑定結果が表示される。
「自然洞窟の新たな空間です。内部に魔力反応があります」
「魔力反応?」
「複数存在します」
ノアの顔が明るくなる。
「行ってみよう」
通路を抜けた先には、小さな地下空間が広がっていた。
そこには、青白い鉱石がいくつも壁から突き出している。
「また魔力結晶?」
「いえ、別種です」
ミレアの声が少しだけ強くなる。
「魔力結晶よりも純度が高い。『月光鉱』と呼ばれる希少鉱石です」
「希少?」
「はい。魔力を蓄えるだけでなく、魔力の流れを安定させる性質があります」
ノアは鉱石を見つめた。
「配合炉に使える?」
「非常に適しています」
ノアは思わず拳を握った。
まただ。
必要になったタイミングで、必要な素材が向こうから見つかってくる。
「これ、次の配合に使えるじゃん」
しかも、まだ誰も採掘していない。
ノアは一つだけ慎重に採取した。
「まずはこれだけ」
その瞬間、後ろから「ぷるっ」という声が聞こえた。
ポヨンが月光鉱を見ていた。
「……食べないでよ?」
「ぷる」
「絶対だよ?」
ポヨンはじっと月光鉱を見る。
そして、ノアの隙を見て一気に跳ねた。
「ちょっ!」
ポヨンの身体が月光鉱に触れる。
パァッ!
紫色の光が洞窟いっぱいに広がった。
「ポヨン!」
光が消えたあと、ポヨンは何事もなかったように床へ落ちた。
「……大丈夫?」
「ぷるぷる」
ノアが安堵する。
しかし、ミレアの声が響いた。
「ノア様」
「何?」
「ポヨンの能力値に変化があります」
「どんな?」
「……運気に関する数値が、昨日より上昇しています」
ノアはポヨンを見る。
ポヨンは嬉しそうに跳ねている。
「……やっぱり」
ノアは笑った。
まだ何が起こるのかは分からない。
けれど、ポヨンの中で何かが育っている。
そしてその力が、これからの洞窟にどんな偶然を引き起こすのか。
ノアは少し楽しみになってきた。
「よし。月光鉱を持って帰ろう」
ノアたちは地下空間を後にする。
その背後で、誰にも触れられていない月光鉱が一本、音もなく床へ落ちた。
ころん、と転がった先には、以前から閉ざされていた古い石扉がある。
月光鉱が扉に触れた。
カチッ。
小さな音がした。
長い間動かなかった石扉の奥で、何かがゆっくりと目を覚ました。




