第42話 次の配合、その素材はどれにする?
翌朝、ノアは地下施設の配合炉の前に立っていた。昨日採掘した魔石と魔力結晶はすでに整理され、それぞれ用途ごとに分けられている。岩炎獣から採取した特殊魔石だけは、他の素材とは別の箱に収められていた。手に取るだけで、内部に凝縮された魔力が伝わってくる。ガルドを強化したときに使った素材とは比べものにならないほど濃密な魔力だった。
「これなら、次の配合にかなり使えそうだね」
「はい。ただし、特殊魔石そのものを配合素材にする必要はありません。魔力供給源として利用するだけでも、配合炉の性能を大きく引き上げられます」
「そっか。じゃあ、貴重だからって全部素材にする必要はないんだ」
「その通りです」
ノアは頷き、素材を並べていく。今、洞窟には以前とは比べものにならないほど多くの素材が集まっていた。魔石、魔力結晶、岩炎獣の外皮、牙、爪、そしてこれまで自然発生した魔物たちから得られた様々な素材。さらに、召喚石もいくつか残っている。
ここでノアが最も慎重に扱おうとしていたのが、召喚石だった。
「召喚石は……まだ使わないほうがいいかな」
「用途を考えるのであれば、温存しておく必要はありません」
「え?」
「召喚石から出現する魔物は、通常の魔物とは異なり、配合素材として非常に優秀な個体が出現する可能性があります。ノア様が望んでいる『精鋭を少数に絞って強化する』という方針とも相性が良いでしょう」
ノアは少し考えた。
確かにその通りだった。
洞窟には自然発生した雑魚モンスターがたくさんいる。それらを一匹ずつ管理する必要はない。洞窟に住み着き、勝手に増え、侵入者を見つければ襲いかかる。それで十分だ。
一方、名前を付けるような特別な魔物は増やしすぎない。
現在、精鋭としてノアが直接把握しているのはガルド、セラ、レグルの三匹。
ガルドは正面から敵を叩き潰す戦闘担当。
セラは索敵や補助を担う特殊能力型。
レグルは圧倒的な戦闘力を持つ切り札。
そして、そこへ新しい精鋭を増やす場合は、召喚石で手に入れた希少な魔物をそのまま管理するのではなく、すぐに配合へ使って強化素材として利用する。
「うん。やっぱり召喚石は配合するときに使おう」
「合理的です」
「強い魔物が出たら、その魔物をさらに配合して、今いる三匹を強くする。」
ノアは楽しそうに笑った。
「量よりも質が大事って言うしね!」
配合炉の内部を確認する。
昨日までとは違う。
炉の中心にある魔力核には、十分な魔力が蓄積されていた。
「これ、もう配合できる?」
「一回分なら可能です」
「一回分か……」
ノアは素材を見回した。
「じゃあ、今日は一回だけ」
「それがよいでしょう」
ノアは配合炉の前に立った。
最初に決めるのは、誰を強化するか。
ガルドは昨日、大きく強化されたばかりだ。今すぐさらに配合するより、現在の力をしっかり確認したほうがいい。
セラも洞窟全体の索敵能力を担っているため、今の能力を伸ばすだけでも十分に役立っている。
残るのはレグル。
圧倒的な戦闘力を持つが、その能力をさらに伸ばすことができれば、洞窟の防衛力そのものが一段上がる。
「レグルを強化しようかな」
ノアがレグルを見る。
レグルは黙ってノアを見返していた。
「どう?」
レグルが一歩前へ出る。
ノアは頷いた。
「決まり」
まず、レグルを配合炉へ入れるわけではない。
素材となる魔物を選ぶ必要がある。
「今回は、どんな素材がいいんだろう」
ノアは岩炎獣の外皮を持ち上げる。
硬い。
これなら防御力を伸ばせる。
次に牙。
攻撃能力にも使えそうだ。
そして特殊魔石。
これは直接素材にするのではなく、配合炉へ供給する魔力として利用する。
「ミレア、岩炎獣の素材と相性がいい魔物は?」
「レグルの現在の能力を考慮すると、単純に攻撃力を上げるより、魔力を物理攻撃へ変換する能力を持つ素材との組み合わせが適しています」
「なるほど」
ノアは素材箱を調べる。
すると、その中に一つだけ見慣れない魔石があった。
「これ、何だっけ?」
「以前、洞窟の奥で自然発生した魔獣から採取したものです」
「そんなのあった?」
「大量にある素材の一つです。特に価値が高いものではないため、保管していました」
ノアが手に取る。
黒い。
だが、光にかざすと内部に青白い筋が走っている。
「これ、レグルと相性いい?」
「鑑定します」
ミレアが解析する。
数秒後、声が変わった。
「……非常に興味深い結果です」
「何?」
「この素材には、魔力を身体能力へ変換する性質があります」
ノアの目が輝いた。
「それって……」
「レグルの特性と非常に高い適合率を示しています」
「これだ!」
ノアはすぐに素材を置いた。
「岩炎獣の外皮と、この魔石。それから……」
さらに二つの素材を選ぶ。
一つは岩炎獣の爪。
もう一つは、以前討伐した魔物から取れた魔力を帯びた筋繊維。
「これでいける?」
「配合候補として非常に優秀です」
ノアは素材を配合炉へ入れていく。
岩炎獣の外皮。
黒い魔力変換石。
岩炎獣の爪。
魔力を帯びた筋繊維。
最後に特殊魔石を魔力供給口へセットする。
「準備完了」
ノアが配合炉の起動装置へ手を置いた。
「じゃあ、始めよう」
カチッ。
炉が低く唸り始めた。
内部の魔法陣が一つずつ点灯していく。
まず、素材の周囲に白い光が集まった。
岩炎獣の外皮が浮かび上がる。
黒い魔力変換石がその中心へ引き寄せられる。
次の瞬間。
バチィッ!
激しい雷光のような魔力が走った。
「うわっ!」
ノアが一歩下がる。
「大丈夫?」
「炉の出力は安定しています」
ミレアの声を聞き、ノアは再び炉を見る。
配合はまだ始まったばかりだった。
外皮が溶けていく。
ただ液体になるのではない。
黒い魔力へ変換され、魔力変換石へ吸い込まれていく。
そこへ岩炎獣の爪が砕け、細かな粒子となって混ざっていく。
最後に筋繊維が赤黒い光へ変化した。
四つの素材が、それぞれ違う色の魔力になって炉の中央へ集まっていく。
「すごい……」
ノアは息を呑んだ。
以前の配合とは明らかに違う。
素材同士がただ混ざるのではない。
それぞれの性質が一度分解され、必要な部分だけが選び出されている。
防御。
攻撃。
魔力変換。
身体能力。
それらが一つの核へ凝縮されていく。
やがて、四つの光が一つに重なった。
ドクン。
炉の中で何かが脈打つ。
「まだ終わってない」
ノアは身を乗り出した。
魔力の渦がさらに強くなる。
特殊魔石から大量の魔力が流れ込み、炉全体を満たしていく。
「魔力消費が想定より大きいです」
「足りる?」
「現在の魔力なら問題ありません。ただし、今回の配合後は再び冷却と魔力回復の時間が必要になります」
「分かった」
ノアは固唾を呑んで見守った。
そして――。
パァン!
炉の扉が開いた。
中から黒銀の光が飛び出す。
光はレグルの身体へ吸い込まれていった。
「レグル!」
レグルの身体が大きく震える。
黒銀の毛並みの間を、青白い魔力線が走る。
一本。
二本。
やがて全身へ広がった。
レグルがゆっくりと顔を上げる。
その瞳が以前より強い光を放っていた。
「……成功?」
「配合成功です」
ノアが駆け寄る。
「どれくらい変わった?」
「魔力変換効率が大幅に上昇しています。さらに身体能力、防御能力も向上しています」
「つまり?」
「以前より少ない魔力で、より強い攻撃を行えるようになりました」
ノアは思わず笑った。
「最高じゃん」
レグルが一歩踏み出す。
その瞬間、身体から青白い魔力が漏れ出した。
ドンッ!
床に小さな亀裂が走る。
「……強っ」
ノアは目を丸くした。
しかし、ここで終わりではない。
今回の配合で素材となった魔物たちはすべて消費され、新しい力としてレグルへ統合された。
そして、配合炉の内部にはわずかな魔力しか残っていない。
「次はしばらく待つ必要があるね」
「はい。配合炉の冷却も必要です」
「じゃあ、その間に素材を集めよう」
ノアは立ち上がった。
魔石鉱床。
魔力結晶。
岩炎獣の素材。
自然発生する魔物たち。
そして、まだ使っていない召喚石。
ダンジョンを強化するための材料は、確実に増えている。
しかも、今回はレグル自身がさらに強くなった。
「次は召喚石かな」
すぐには使わない。配合炉の魔力が戻ったとき、最も効果的な素材が必要になった瞬間に使う。どんな魔物が出てくるのか、それを想像するだけでノアの胸は少し高鳴った。
「強い魔物が出てくれたらいいな」
そう呟いて、ノアが召喚石を保管箱へ戻したときだった。
「……あれ?」
背後から小さな音がした。
「ぷる……」
振り返ると、ポヨンが一人で床に座っていた。
身体の奥で、淡い紫色の光が明滅している。
「ポヨン?」
ノアが近づく。
昨日、魔力結晶の欠片を食べたときにも一瞬だけ紫色に光っていた。しかし、今回は明らかに違う。光はすぐに消えることなく、ポヨンの身体の内部をゆっくりと巡っていた。
「ミレア、これ何?」
「確認します」
ミレアが鑑定を始める。
ところが、いつまで経っても結果が出ない。
「……解析不能です」
「え?」
「ポヨンの内部で、何らかの変化が進行しています。ただし、現時点では能力として確定していません」
ノアはポヨンをじっと見つめる。
「昨日、魔力結晶を食べたから?」
「その可能性は高いでしょう」
ポヨンはノアの視線など気にする様子もなく、ぷるぷると身体を揺らした。
すると、床に転がっていた小さな魔石が、ころりとポヨンの足元へ転がってくる。
「……?」
ノアが魔石を見る。
さっきまで少し離れた場所にあったはずだ。
「偶然かな」
「おそらくは」
ミレアはそう答えた。
だが、その直後。
ポヨンの身体がもう一度、紫色に光った。
今度は一瞬だけ、かなり強く。
そして光が消えると同時に、ポヨンの目の前へ小さな魔力結晶の欠片が、天井の隙間からぽとりと落ちてきた。
「……」
ノアとミレアが同時に欠片を見る。
「ぷるっ」
ポヨンが嬉しそうに跳ねた。
「……まあ、いいか」
ノアは苦笑した。
「食べすぎないようにね」
ポヨンは返事の代わりに、落ちてきた魔力結晶へ近づいていく。
その身体の奥では、再び淡い紫色の光が静かに揺れていた。




