第40話 強くなった力を試す時
洞窟の入口から聞こえてくる足音は、これまでの侵入者とは明らかに違っていた。人数は七人。装備も整っており、前回やってきた冒険者たちよりも明らかに強い。さらに、その後ろには冒険者とは異なる大きな魔力反応がある。ノアは入口へ向かいながら、隣を歩くガルドを見上げた。配合を終えてからまだそれほど時間は経っていない。新しく手に入れた力を実戦で試すには、これ以上ない相手かもしれない。
「ガルド、今回は最初から前に出てみようか」
ガルドは斧を肩に担ぎ、力強く頷いた。
「グルァ!」
「ただし、無理はしないでね。危なくなったらレグルを出すから」
その言葉を聞いたレグルが、少し不満そうに低く唸った。
「分かってるって。レグルにもちゃんと出番はあるよ」
ノアは苦笑しながら入口へ向かった。セラはすでに前方へ移動しており、クロウは天井近くの暗がりから侵入者たちの様子を探っている。洞窟のあちこちでは、自然発生したゴブリンやスライム、小型の魔獣たちが気配を感じ取って身を隠していた。彼らはノアが細かく管理しているわけではない。それぞれが自分の巣や縄張りを持ち、洞窟の中で勝手に生活している。それでも結果として、ダンジョン全体に無数の生命が存在していることが、ノアには少し嬉しかった。
「見えた」
入口の向こうから七人の冒険者が姿を現す。先頭には大盾を構えた男。その後ろには槍使い、二人の魔術師、弓使い、斧を持った戦士、そして最後尾には杖を持った老人がいる。前回のように魔石目当てで軽い気持ちで入ってきた雰囲気ではない。
「止まれ!」
大盾の男が叫んだ。
「この洞窟の奥に強力な魔力反応がある。ここから先は危険だ。魔物を討伐する」
「討伐する?」
ノアが姿を見せる。
「ここ、私のダンジョンなんだけど」
冒険者たちの表情が固まった。
「……ダンジョンマスター?」
「そうだよ」
「こんな小さな洞窟に……?」
男が言葉を失う。
ノアは少しだけむっとしたが、すぐに気持ちを切り替えた。
「帰るなら今のうちだよ」
「悪いが、依頼を受けている。奥にいる魔物を倒して魔石を回収する」
「そっか」
ノアはガルドを見る。
「じゃあ、仕方ないね」
大盾の男が前へ出た。
「全員、戦闘態勢!」
七人が一斉に構える。
次の瞬間、ガルドが駆けた。
以前とは速度がまるで違う。
「速っ!」
大盾の男が盾を構える。
ガルドの斧が振り下ろされた。
ドォン!
盾と斧がぶつかった瞬間、衝撃波のような風が周囲へ広がった。大盾の男が踏ん張ろうとするが、足元の石が砕け、その身体が数メートル後ろへ押し飛ばされる。
「ぐっ……!」
「隊長!」
槍使いが横から突っ込む。
ガルドは身体を半回転させ、槍を斧の柄で受け流した。そのまま踏み込み、肩からぶつかる。
ドンッ!
槍使いが壁まで吹き飛んだ。
「なんだ、あのゴブリンは!」
魔術師が杖を掲げる。
「炎槍!」
赤い炎が一直線に飛ぶ。
ガルドは避けようとした。
しかし、その瞬間、足元を一匹のスライムが横切った。
「ぷるっ」
「え?」
ガルドが足を止める。
炎槍はガルドの横を通り過ぎ、壁へ直撃した。
ドォン!
壁が崩れた。
「危なっ……」
ノアが息を吐く。
ところが、崩れた壁の向こうから大量の魔石が転がり出てきた。
「……え?」
ノアが目を丸くする。
ミレアが即座に鑑定する。
「鉱脈です。壁の内部に魔石鉱床が隠れていました」
「魔石鉱床?」
「はい。しかも品質は良好です」
ノアは呆然とした。
敵の魔法攻撃が壁を壊した。
その結果、ずっと気づかなかった魔石鉱床が出てきた。
「……すごい」
思わず笑ってしまう。
「また魔石が増えた」
戦闘中だというのに、ノアの頭の中では次の配合のことが浮かんでいた。魔石が増えれば配合炉の魔力を蓄えられる。次の配合までの時間も短くできる。つまり、この戦いそのものが次の強化へ繋がる。
だが、冒険者たちはそれどころではない。
「怯むな!」
老人が杖を掲げる。
「全員で一体を集中攻撃しろ!」
七人の攻撃が一斉にガルドへ集中した。
矢が飛び、槍が迫り、炎が爆発する。
ガルドは斧を振り回して矢を弾き、炎を身体に纏った銀色の魔力で受け止めた。以前なら避けるしかなかった攻撃を、今のガルドは真正面から耐えている。
「すごい……」
ノアは思わず呟いた。
配合したことで、ここまで変わる。
ガルドが踏み込む。
斧を横薙ぎに振る。
風が爆発した。
冒険者たちは咄嗟に身を伏せる。
その頭上を巨大な風の刃が通り抜け、洞窟の奥にあった岩柱を切り落とした。
ズズン……。
「嘘だろ……」
大盾の男が呆然とする。
ガルドはさらに一歩進む。
七人の冒険者が後退した。
「……強すぎる」
誰かが呟いた。
しかし、戦況が変わったのはその直後だった。
洞窟の奥から、巨大な咆哮が響いた。
「グオオオオオッ!」
地面が揺れる。
ノアが振り返る。
「来た……!」
昨夜から感じていた大型の魔力反応。
暗闇の奥から姿を現したのは、巨大な四足魔獣だった。身体は岩のような外皮に覆われ、口から赤い炎を漏らしている。
「なんだ、あれ……」
冒険者たちが凍りつく。
ミレアが鑑定する。
「岩炎獣。推定危険度、高。現在のガルドと同等以上の戦闘能力があります」
「ガルドと同等……」
ノアは思わず息を呑んだ。
岩炎獣は冒険者たちへ向かって突進した。
「うわああっ!」
七人が散開する。
ガルドも斧を構えた。
巨大な魔獣と強化されたゴブリンが正面からぶつかる。
ドォォン!
衝撃で洞窟全体が震えた。
ガルドが押される。
「ガルド!」
ノアが叫ぶ。
しかし、ガルドは倒れない。
足を踏ん張り、銀色の魔力を全身へ巡らせる。
「グルァァァ!」
斧に風が集まる。
岩炎獣が口を開いた。
炎が膨れ上がる。
「ブレスが来る!」
ミレアが警告する。
ノアがレグルを呼ぼうとした、その瞬間だった。
「ぷるっ!」
どこからともなくポヨンが転がってきた。
「え?」
ポヨンは岩炎獣の足元へ入り込み、そのまま勢いよく身体をぶつけた。
当然、ポヨンに巨大な魔獣を吹き飛ばす力などない。
ところが。
ぶつけた反動でポヨンが吹き飛んだ場所には、先ほど魔石鉱床が露出したことで崩れかけていた岩盤があった。
ミシッ。
岩盤が崩れる。
岩炎獣の後ろ脚が沈んだ。
「グオッ!?」
巨体が大きく傾く。
そこへガルドの斧が振り下ろされた。
銀色の風が一直線に走る。
ズバァンッ!
岩炎獣の身体を包んでいた岩の外皮が大きく砕けた。
「今だ!」
ノアが叫ぶ。
ガルドがさらに踏み込む。
斧が二度、三度と振られる。
岩炎獣は炎を吐こうとしたが、崩れた足場のせいで姿勢が定まらない。
最後の一撃が胸部へ叩き込まれた。
ドォォン!
巨大な身体が地面へ倒れる。
静寂が広がった。
「……勝った?」
ノアが呟く。
ミレアが確認する。
「岩炎獣、活動停止。討伐成功です」
「やった!」
ノアが拳を握る。
ガルドが誇らしげに胸を張った。
そしてノアは倒れた岩炎獣へ近づいた。
「これ……素材、かなり取れるよね?」
「はい。外皮は高品質な防具素材、牙と爪も加工可能です。さらに体内には高濃度の魔石が存在します」
ノアの目が輝く。
「……次の配合に使える?」
「十分に可能です」
ノアは笑った。
今回の侵入者から魔石鉱床を発見し、その戦いで岩炎獣まで倒した。しかも強化されたガルドの実力も確認できた。
配合炉はまだ魔力不足だ。
だが、もう「次の配合がいつになるか分からない」という状況ではない。
素材は増えた。
魔石も増えた。
そして、ポヨンが偶然開けてくれた魔力導管によって、魔力の回復速度も上がっている。
「これなら……」
ノアは配合炉のある方向を見る。
「次の配合、思ったより早くできそう」
その横では、ポヨンが何事もなかったように魔石の欠片を食べていた。
「ポヨン」
「ぷる?」
「今回もありがとう」
ポヨンが嬉しそうに跳ねる。
ノアは笑いながら、岩炎獣の素材を回収していった。
洞窟は少しずつ変わっている。
魔物が増え、戦力が増え、素材が増え、魔力も増えている。
そして何より、強化するための材料が次々と集まり始めていた。
次の配合炉が再び光を灯す日も、もう遠くない。
ノアは大量の素材を抱えながら、そんなことを考えていた。




