第39話 配合炉の限界と、次の一手
配合を終えたガルドが地下施設から出ていったあと、ノアはしばらく配合炉の前に残っていた。銀色の魔力紋様を身体に刻み、以前より明らかに巨大になったガルドの姿は、配合が成功したことを何より分かりやすく証明している。だが、その喜びとは裏腹に、配合炉そのものは完全に沈黙していた。炉心の奥で灯っていた光は消えかけ、魔力回路にもほとんど力が流れていない。
「……やっぱり、もう一回は無理?」
「現時点では不可能です」
ミレアが即答した。
「配合炉は一度の配合で大量の魔力を消費します。特に今回のように、二体の魔物の性質を大きく変化させる配合では必要量が増えます。現在の炉内魔力は、通常の配合に必要な量の一割にも届いていません」
「一割……」
ノアは炉の内部を覗き込んだ。さっきまであれほど激しく光っていた場所が、今では小さな火種のようにしか見えない。
「じゃあ、魔力が自然に戻るまで待つしかないんだね」
「はい。配合炉はダンジョンコアから供給される魔力を蓄積し、それを一気に配合へ使用する仕組みです。炉自身が魔力を生み出すわけではありません」
「だから連続では使えない」
「その通りです」
ノアは納得したように頷いた。
配合炉は便利な装置ではあるが、無限に使えるわけではない。魔力を貯めて、必要なときに一気に使う。今の洞窟では魔力そのものがまだ少ないため、一度大きな配合を行えば、次の配合まで時間を置く必要がある。
「じゃあ、昨日言ってた余剰魔力っていうのは?」
「あれは別です」
ミレアが配合炉の横にある小さな魔力槽を示した。
「配合の際、魔力のすべてが魔物へ吸収されるわけではありません。通常なら捨てられる余剰魔力の一部を、この施設が自動的に回収して蓄積する機構が残っています」
「なるほど」
「ただし、あれだけでは配合炉を再稼働させることはできません。召喚石の起動や小規模な装置の稼働程度なら可能ですが、魔物一体を本格的に配合するほどの量ではありません」
「だから、召喚石は使えても配合はできないんだ」
「はい」
ノアは魔力槽を見つめた。
そこに蓄えられた銀色の光は確かに美しい。だが、今は貴重な資源でもある。何に使うかを間違えれば、せっかく復旧した設備を再び止めることになってしまう。
「じゃあ、今は待つしかないか」
「いいえ」
「え?」
「待つだけではありません」
ミレアは地下施設の別の場所を指した。
「現在の洞窟では、魔力の循環そのものが以前より改善しています。魔力を育てる土によって育った植物、魔力を含んだ紫色の実、自然発生した魔物、そして先日復旧した地下施設。これらが少しずつ魔力を循環させています」
ノアは目を瞬かせた。
「つまり?」
「配合炉を待機させている間にも、次の配合のための魔力は少しずつ蓄積されていきます」
「……だったら、今のうちに準備しておけばいいんだ」
「その通りです」
ノアの表情が明るくなる。
「次の配合を考えよう」
地下施設の一角に、ノアは素材を並べ始めた。
魔石。
魔獣の爪。
硬化した骨。
魔力を蓄えた植物の種。
そして、今回の配合で使われたものと同じ種類の素材についても、性質を記録していく。
ノアは配合眼を発動させた。
世界の見え方が変わる。
魔石からは青白い魔力の流れが伸び、爪には鋭い赤い線、骨には重く安定した白い線が絡みついている。素材は単純に「強い」「弱い」で判断するものではない。それぞれが持つ性質があり、組み合わせによって結果が変わる。
「これをガルドに足したら?」
「筋力強化には適しています。ただし、現在のガルドにはすでに十分な筋力があります」
「じゃあ、いらない」
「はい」
「こっちは?」
「耐久力が向上します。しかし、配合炉の消費魔力が増えます」
「それなら今は後回し」
ノアは一つずつ候補を外していく。
前回の配合でガルドは大きく強化された。ならば、次は単純に力を増やすだけではなく、足りない部分を補ったほうがいい。
「速度……いや、索敵はセラとクロウがいる。遠距離攻撃も欲しいけど……」
ノアが考え込んでいると、地下施設の入口からポヨンが転がってきた。
「ぷるっ」
「ポヨン?」
ポヨンはノアの足元を通り過ぎ、素材を並べている台の下へ入っていく。
「ちょっと、そこは危ないよ」
ノアが追いかける。
しかし、ポヨンは止まらない。
ころころ。
ころころ。
そして台の奥に転がっていた小さな石へ体当たりした。
コツン。
石が転がる。
さらに、その石が別の石へぶつかる。
カチッ。
その瞬間、地下施設の壁に埋め込まれていた小さな魔力結晶が淡く光った。
「……?」
ノアが振り返る。
「ミレア、今の何?」
「確認します」
ミレアが装置へ近づく。
しばらくして、彼女の声が少しだけ弾んだ。
「これは……魔力導管です」
「魔力導管?」
「以前の配合施設には複数の魔力導管があったようですが、そのうち一本が岩盤の下で閉塞していたようです。ポヨンが偶然そこに衝撃を与えたことで、詰まりが外れました」
ノアはポヨンを見る。
「……偶然?」
「はい」
「また?」
「またです」
ポヨンは何のことか分からない様子で、ぷるぷるしている。
ノアは苦笑した。
「まあ、いいや。それで何が起きるの?」
「ダンジョンコアから配合炉へ向かう魔力の流れが、一部改善されました。現在の回復速度なら、予定していた日数より早く次の配合が可能になるでしょう」
「本当に?」
「はい」
ノアはポヨンを持ち上げた。
「よくやった!」
「ぷるっ!」
ポヨンが嬉しそうに跳ねる。
その頃、別の場所ではガルドが新しくなった身体の感覚を確かめていた。斧を振るたび、銀色の風が刃にまとわりつく。以前なら両手で振るのが精一杯だった大岩も、今では一撃で砕くことができる。
ノアはその様子を遠くから見ていた。
「配合って、すごいね」
「素材の組み合わせが適切であれば、元の魔物にはなかった性質を引き出すことができます」
「だったら、次はもっといい素材を使いたい」
ノアは再び素材棚へ向かった。
今回の配合で分かったことは多い。希少な魔物を召喚できれば、配合の可能性は一気に広がる。だからこそ、召喚石は無駄に使わないほうがいい。必要なタイミングを見極め、今いる精鋭をさらに強化するために使う。
ノアは残っている召喚石を確認した。
「次に召喚するときは、ガルド用とは限らないね」
「はい」
「レグルにもセラにも、それぞれ強くなる方向がある」
「その判断はノア様が行うことになります」
ノアは三匹の精鋭を思い浮かべた。
正面から敵を叩き潰すレグル。
索敵や補助に優れたセラ。
そして、本人にそのつもりはないのに妙な出来事を引き起こすポヨン。
ガルドはその中でも、戦闘に特化した新しい戦力になった。
「これで、かなり戦いやすくなる」
ノアがそう呟いた直後、洞窟の入口から大きな音が響いた。
ドォン!
「また侵入者?」
ミレアが確認する。
「はい。ただし、前回とは違います」
「何人?」
「七名です」
ノアは少し考えた。
「戦力は?」
「前回の五名より明らかに上です。魔力反応を持つ者が複数います」
ノアはガルドを見る。
ガルドもすでに入口へ顔を向けていた。
「……ちょうどいいね」
ノアは笑った。
「新しくなったガルドを試せる」
だが、ミレアが続ける。
「もう一つ報告があります」
「何?」
「侵入者たちの後ろに、さらに別の反応があります」
「別の反応?」
「大型です」
ノアの表情が変わった。
洞窟の外から、複数の足音が近づいてくる。
冒険者だけではない。
何か別の存在が、この洞窟を目指している。
ノアは入口を見つめた。
「……次は、何が来るんだろう」
配合炉はまだ完全には回復していない。
だからこそ、今ある戦力だけで乗り切る必要がある。
だがノアには、妙な確信があった。
ガルドの配合は始まりに過ぎない。
素材を集め、魔力を蓄え、召喚石を使う。
そして幸運によって得られた力を、また次の強化へ繋げる。
そうやって一つずつ積み重ねていけば、この小さな洞窟はもっと大きく、もっと強いダンジョンへ変わっていく。
ノアは配合炉を振り返った。
炉心の奥では、消えかけていた光がほんの少しだけ強くなっている。
「次の配合まで、ちゃんと準備しておこう」
ノアはそう言って、素材棚へ向かった。
次に配合炉へ入れる素材を決めるために。




