第38話 配合炉、再始動
翌朝、ノアはいつもより早く目を覚ました。昨夜見つかった地下への隠し通路も気になっていたが、それ以上に気になっているものがある。地下施設の奥に置かれた配合炉だ。これまで何度も修復を進めてきたものの、必要な部品や魔力が足りず、本格的な稼働までは持っていけなかった。しかし、ここ数日のダンジョンの変化によって状況が変わっている。自然発生した魔物が増え、洞窟内の魔力循環も安定してきた。昨日発見した古い魔力装置まで利用できるなら、今なら配合炉を動かせる可能性がある。
「ミレア、配合炉の状態は?」
「昨夜の魔力循環改善によって、炉へ供給できる魔力量が以前より安定しています。主要な魔力回路も修復済みです」
「つまり?」
「最低限の配合なら可能です」
ノアは思わず拳を握った。
「やった!」
地下施設へ駆け込む。そこには、古びた巨大な炉が鎮座している。以前はところどころ欠けていた魔力回路に淡い光が走り、中央の炉心には弱々しいながらも魔力が集まり始めていた。ノアが近づくと、炉の内部から低い振動音が響く。
これまで何度も眺めてきた装置だった。しかし、今日だけは違って見えた。
「本当に動くんだ……」
「まだ完全な状態ではありません。長時間の連続稼働には耐えられないでしょう。また、配合対象によっては魔力不足になる可能性があります」
「それでも十分だよ」
ノアは炉の前に立った。配合という言葉を聞くだけで胸が高鳴る。これまでにも魔物を強化する必要性は感じていたが、施設が使えなければどうしようもなかった。今の洞窟には自然発生した雑魚モンスターが増えている。だからこそ、ノアがこれから力を注ぐべきなのは、数を増やすことではなく、限られた精鋭を強くすることだった。
「最初はガルドにしよう」
ノアが振り返る。
訓練場から呼ばれてきたガルドが、炉の前に立っている。大柄な身体に斧を持ち、以前の戦闘で負った小さな傷もすでに癒えている。前回の冒険者との戦いでは十分な強さを見せた。しかし、ノアには分かっていた。あの五人程度なら倒せても、もっと強い侵入者が来たときには話が変わる。いずれはレグルに頼らなければならない場面も出てくるだろう。
だからこそ、ガルドを強化する。
「ガルド。ちょっとだけ怖いかもしれないけど、強くなれるよ」
ガルドは配合炉を見つめ、それからノアを見る。やがて胸を叩いた。
「グルッ!」
「その返事なら大丈夫そうだね」
ノアは準備していた素材を並べた。これまで集めた魔石、魔獣の爪、硬い骨、薬草、そして魔力を蓄えた植物から採取した紫色の実。どれも単独では決定的な素材ではない。ノアは配合眼を使い、一つずつ性質を確認していく。
「魔石は魔力容量を上げる。爪は攻撃力。骨は耐久力……でも、これだけじゃ足りない」
「はい。現状の素材だけでは、ガルドの能力を大きく変化させるほどの配合にはなりません」
「やっぱりそうか」
ノアは腕を組んだ。
せっかく配合炉が動くようになったのだ。ただ単純に少し強くするだけではもったいない。今後もガルドを精鋭として使い続けるなら、ここで中途半端な配合をするより、明確な特徴を持たせたい。
「何か足りない」
ノアが素材を見つめる。
そのとき、ミレアが棚の奥を指した。
「ノア様。以前入手した召喚石があります」
「あっ」
ノアは振り返った。
召喚石。
普通の召喚とは違う。何が出現するのか事前には分からないが、通常では手に入りにくい特殊な魔物が召喚される可能性がある。そして、その性質を配合に利用できる。
「……使ってみよう」
ノアが召喚石を手に取った。
表面には細かな亀裂が走っている。魔力を流すと、石の内部に淡い光が灯った。
「ただし、召喚されるものによっては配合できない可能性があります」
「うん」
「また、召喚された魔物をそのまま仲間として残すことも可能ですが――」
「今回はしない」
ノアは即答した。
ガルドを見る。
「ガルドを強くするための素材にする」
召喚石が強く輝いた。
次の瞬間、炉の前に魔法陣が展開する。
青白い光が渦を巻き、その中心に小さな影が現れた。
「……小さい?」
光が収まる。
そこに立っていたのは、一匹の魔物だった。
体長はガルドの半分ほど。細身の四足歩行で、全身を銀色の毛が覆っている。狼に似た姿だが、額には小さな結晶が埋め込まれていた。
「ミレア、鑑定!」
「はい。……これは……」
ミレアが珍しく言葉を止めた。
「どうしたの?」
「希少種です」
ノアの目が輝く。
「どれくらい?」
「通常の地下狼とは比較になりません。魔力を身体能力へ変換する性質を持っています。また、他の魔物へ魔力を分け与える能力も確認できます」
「……それって」
「配合素材として非常に優秀です」
ノアは召喚された魔物を見る。
銀色の狼は怯えているわけでもなく、暴れるわけでもない。ただ静かにノアを見つめていた。
「当たりだ……」
ノアの顔が自然に緩む。
「これならガルドを強化できる」
ところが、その瞬間。
召喚された銀狼が一歩踏み出した。
床に落ちていた小さな魔石を見つける。
ぱくっ。
「……食べた」
「食べましたね」
銀狼は魔石を噛み砕き、何事もなかったようにノアを見る。
ノアは少し笑った。
「ガルドと相性良さそう」
ガルドも銀狼を見つめている。
敵意はない。
しかし、ノアは迷わなかった。
「ごめんね」
銀狼が首を傾げる。
「でも、あなたの力は無駄にしない」
ノアは配合炉へ向き直った。
銀狼が光に包まれる。
その身体が徐々に魔力へ変換され、炉の中央へ吸い込まれていく。
「配合を開始します」
ミレアの声が響いた。
ノアは最後まで目を逸らさなかった。
召喚された魔物は、配合素材となった時点で消滅する。
だからこそ、その力を受け継いだ存在を無駄にしたくない。
「ガルド。いくよ」
「グルァ!」
ガルドが炉の中央へ入る。
魔力が一気に膨れ上がった。
ゴォンッ!
炉全体が震える。
「うわっ!」
ノアが思わず後退する。
「魔力負荷が急上昇しています!」
「大丈夫!?」
「現時点では配合炉が耐えています!」
炉の内部から赤と銀の光が噴き出す。
ガルドの身体が光に包まれ、筋肉が膨れ上がる。皮膚の一部には銀色の紋様が走り、握っていた斧にも魔力が絡みついていく。
「すごい……」
ノアは息を呑んだ。
しかし、配合はまだ終わらない。
炉の内部で魔力が何度もぶつかり合う。
「ノア様!」
「何?」
「配合反応が想定以上です。召喚された希少種の魔力特性が、ガルドの性質と強く共鳴しています」
「それって、いいこと?」
「おそらくは」
ノアは炉を見つめる。
そして――。
ドンッ!
巨大な魔力の波が地下施設を駆け抜けた。
炉の扉が開く。
そこからゆっくりと、ガルドが歩き出した。
身体は以前より一回り大きくなっている。腕や肩には銀色の紋様が走り、目には以前にはなかった鋭い光が宿っていた。
ノアは思わず後ずさる。
「……ガルド?」
ガルドが拳を握る。
その瞬間、拳の周囲に銀色の魔力が集まった。
ゴォッ!
空気が震える。
「すご……」
ミレアが鑑定結果を読み上げる。
「配合成功。種族特性が変化しています。筋力、耐久力、魔力操作能力が大幅に向上。また、魔力を身体強化へ変換する新たな能力を獲得しています」
ノアは嬉しそうに笑った。
「やった……!」
ガルドがノアを見る。
そして、拳を胸に当てた。
「グルァ!」
「うん。これからも頼むね」
そのとき、地下施設の外から大きな音が響いた。
ドンッ。
続いて、洞窟全体を揺らすような低い振動。
「……何?」
ノアの笑顔が消える。
ミレアが即座に索敵を開始する。
「洞窟入口付近ではありません」
「じゃあ、どこ?」
「地下です」
ノアは昨夜見つけた隠し通路を思い出した。
あの先にあった巨大な爪痕。
そして、地下深くに続いていた階段。
「まさか……」
もう一度、地面が揺れた。
ガルドが新しい力をまとった拳を握る。
ノアは配合炉を振り返り、それから地下へ続く方向を見た。
「……配合したばかりなのに、もう出番?」
ノアは小さく息を吐き、ガルドの隣へ歩いた。
「だったら、試してみようか」
新しく生まれ変わった精鋭の力を。




