第35話 洞窟に住みつく者たち
配合炉の修復を始めてから数日が経った。ノアは地下施設にこもりきりになることを避け、少しずつ修理を進めながら、洞窟全体の様子を観察するようになっていた。配合炉は一度動き始めたものの、まだ本格的な稼働にはほど遠い。古い魔力回路の一部は完全に壊れており、部品も足りない。今の段階では、無理に配合を行うよりも、まずダンジョンそのものを安定させることのほうが重要だった。
「……増えたね」
ノアは洞窟の中央に立ち、周囲を見回した。
少し前までは、洞窟の中は妙に静かだった。ゴブリンやスライムなどの魔物が数匹いる程度で、ノアが意識して配置しなければ魔物の姿を見ることすら少なかった。それが今では、通路の隅に小さなスライムが何匹も這い、天井にはコウモリが群れを作り、岩陰からは小型のトカゲ型魔物が顔を出している。少し奥へ進めば、ゴブリンたちが何かを集めている姿まで見える。
特別強い魔物はいない。
けれど、以前とは明らかに違っていた。
「自然発生した魔物の数が増えています」
ミレアが報告する。
「やっぱり?」
「はい。洞窟内の魔力濃度が以前より安定したことが原因だと考えられます。魔物が住みやすい環境になったのでしょう」
ノアは嬉しそうに周囲を見る。
「じゃあ、私が全部召喚しなくても勝手に増えていくんだ」
「そのようです。餌となる小型生物も増えていますので、今後さらに種類が増える可能性があります」
「いいね」
ノアは頷いた。
最初の頃は、魔物が足りないことが不安だった。侵入者が来ても、戦える数が少ない。だが、洞窟そのものが少しずつ魔物の住める環境へ変化しているなら話は違う。
雑魚魔物は自然に増えていけばいい。
ノアが一匹ずつ管理する必要はない。
「これなら、ダンジョンらしくなってきたね」
「はい」
ノアが歩き出すと、道端にいたスライムが慌てて避けた。
「踏まないようにしないと」
そのスライムはノアが通り過ぎると、何事もなかったように別の場所へ移動していく。
ノアは少し笑った。
「こういうのでいいんだよね」
ダンジョンとは、本来こういうものなのだろう。強い魔物だけがいる場所ではない。弱い魔物がいて、餌を探す者がいて、縄張りを作る者がいる。その奥に強力な魔物が潜んでいる。
そして、その強力な魔物こそ、ノアがこれから慎重に作っていく存在だった。
「ところで、ガルドは?」
「訓練場です」
「セラとクロウは?」
「セラは周辺の索敵。クロウは入口付近を監視しています。レグルは少し離れた場所で休息中です」
「みんなちゃんと役割を持ってるね」
ノアは満足そうに頷いた。
今いる精鋭たちを無闇に増やす必要はない。
雑魚は自然に増える。
そして、特別な戦力が必要になったときだけ、配合で強化する。
そのためにも、まずは配合炉を完成させなければならない。
「地下に戻ろうかな」
ノアが踵を返した、そのときだった。
入口方向から、コウモリの群れが一斉に飛び込んできた。
「何?」
ノアが足を止める。
コウモリたちは洞窟の天井を何度も旋回したあと、奥へ向かって逃げていく。
セラがすぐに姿を現した。
「ノア様」
「侵入者?」
「はい。三名です」
ノアの表情が変わった。
「また?」
「入口付近で確認しました。前回の冒険者たちとは別の集団です」
「強さは?」
「前回より低いです。ただし、目的が分かりません」
ノアは少し考えた。
「様子を見よう」
前回の冒険者たちは魔石を目的にしていた。今回も同じとは限らない。
ノアたちは物陰に隠れ、入口の様子を確認する。
しばらくすると、三人の男が姿を現した。
「ここだな」
「間違いない。昨日、別の冒険者がここから出てきたらしい」
「魔石があるって話だったぞ」
やはり冒険者だった。
しかし、前回とは違う。
三人とも装備は軽く、武器も安物に見える。どうやら、かなり経験の浅い連中らしい。
「帰ってくれればいいんだけど」
ノアが小声で言う。
「侵入を許可しますか?」
「……一応、最初は様子を見る」
三人は洞窟の中へ進んでくる。
入口付近のスライムを見つけると、男の一人が剣を抜いた。
「いたぞ!」
斬りかかる。
スライムが逃げる。
男の剣が地面を叩いた。
「逃げた!」
「追え!」
三人がスライムを追いかける。
しかし、その先には別のスライムがいる。
さらにその奥にもいる。
「なんだよ、ここ……」
三人の顔から笑みが消えた。
いつの間にか、周囲には十匹以上のスライムが集まっている。
「こんなにいるのか?」
「囲まれるぞ!」
スライムたちは一斉に動き始めた。
とはいえ、強くはない。
男たちが剣を振れば簡単に倒せる。
「なんだ、弱いじゃないか!」
一匹を斬り倒した男が笑う。
だが、その瞬間、後ろから別のスライムが足元へ飛びついた。
「うわっ!」
男が転倒する。
そこへ別のスライムが乗る。
「くそっ、どけ!」
仲間が助けようとする。
しかし、その二人の足元にも別のスライムがまとわりつく。
戦闘というより、完全に足止めだった。
ノアは思わず笑いそうになった。
「……スライムだけでこんなことできるんだ」
「自然発生した個体同士でも、群れを形成する場合があります」
「便利だね」
ノアが少しだけ感心していると、突然、洞窟の奥から大きな音が響いた。
ドンッ!
三人の冒険者が動きを止める。
「な、何だ?」
さらに、
ドンッ!
今度はもっと近い。
地面がわずかに揺れる。
「帰ろう」
一人が言った。
「賛成だ」
三人は即座に逃げ始めた。
しかし、入口へ向かう途中で、巨大な影が通路を横切った。
「ひっ……!」
レグルだった。
ただ通り過ぎただけだったが、三人は完全に固まった。
レグルが振り返る。
三人が悲鳴を上げる。
「逃げろ!」
今度こそ一目散に入口へ走っていった。
ノアはその背中を見送りながら呟いた。
「……今回は戦わなくて済んだね」
「はい」
「まあ、次に来たときは分からないけど」
ノアは洞窟の奥を見た。
自然発生した雑魚たち。
自分たちの縄張りを作り始めたゴブリン。
天井を飛び回るコウモリ。
そして、その奥にいる精鋭たち。
洞窟は確実に変わっている。
以前はただの広い空洞だった場所が、少しずつ生き物の住む場所になってきた。
「よし」
ノアは地下施設へ向かう。
「この調子でダンジョンを育てよう」
その直後、後ろから小さな音がした。
ころん。
ノアが振り返る。
そこにはポヨンがいた。
ポヨンの前には、どこから持ってきたのか分からない小さな石が転がっている。
「……それ、何?」
「ぷる」
ポヨンが石を押す。
ころころと転がった石は、床の小さな穴へ落ちた。
カチッ。
遠くで何かが作動する音がした。
「……」
ノアは嫌な予感を覚えた。
「ポヨン」
「ぷる?」
「変なところ触らないでね」
「ぷるぷる」
「その顔、絶対また何かやるつもりでしょ」
ポヨンは答える代わりに、楽しそうに身体を揺らしていた。




