第34話 動き始めた配合炉
翌朝、ノアはいつもより早く目を覚ました。目を開けた瞬間から頭に浮かんでいたのは、昨日の地下施設で見た光景だった。壊れているはずの配合炉が、購入した魔力導線に反応して微かな光を灯した。完全に動いたわけではない。それでも、長い間眠っていた施設がこちらの存在に気づいたような感覚があった。
「ミレア、起きてる?」
「起きています。というより、ノア様が起きる前から地下施設の状態を確認していました」
「さすが」
ノアは寝床から起き上がると、顔を洗い、簡単に朝食を済ませた。今日は地下施設の修復を優先するつもりだった。配合炉が本格的に動くようになれば、今後のダンジョン強化は大きく変わる。これまでは手探りで魔物を育ててきたが、配合によって明確な役割を持つ魔物を作れるようになる。
ただし、ノアには一つだけ決めていることがあった。
「配合は急がない」
「はい」
ミレアも同意する。
「配合炉が使えるようになったとしても、素材となる魔物は消滅します。現在の仲間を不用意に配合へ使用するべきではありません」
「うん。ガルドたちを強くしたい気持ちはあるけど、適当に混ぜるつもりはないよ」
ノアは洞窟の中を見渡した。
ガルドは朝から訓練をしている。大きな身体を動かしながら斧を振り、昨日戦った冒険者たちとの戦闘を思い返すように何度も同じ動きを繰り返していた。セラはその周囲を巡回し、クロウは入口付近で外の様子を監視している。レグルは少し離れた場所で身体を休めていた。
そしてポヨンはというと、洞窟の床に転がっていた。
「……ポヨン、何してるの?」
ノアが近づく。
ポヨンはぷるんと身体を揺らした。
「寝てるの?」
ぷるん。
「まあ、いいか」
ノアは苦笑して地下施設へ向かった。
階段を下りると、昨日までとは明らかに違う空気を感じた。古代の配合施設は相変わらず埃をかぶっているが、壁に埋め込まれた魔力回路の一部が淡く光っている。昨日購入した魔力導線を置いただけなのに、施設全体が少しずつ反応しているようだった。
「すごい……」
ノアが配合炉へ近づく。
中央には巨大な円形の装置がある。表面には複雑な紋様が刻まれ、その周囲をいくつもの金属製の輪が囲んでいる。しかし、ところどころに亀裂が入り、魔力回路も断線していた。
「これ、本当に直せるの?」
「可能性はあります」
ミレアが配合炉を調べる。
「完全に破壊されているわけではありません。長期間使用されていなかったことで機能が停止している部分と、実際に破損している部分があります」
「じゃあ、壊れてるところを直せばいいんだ」
「そう簡単ではありません。配合炉は複数の魔力回路が連動しています。一つを修復すると、別の場所へ過剰な魔力が流れる可能性があります」
「……やっぱり難しいんだ」
「はい」
ノアは配合炉をじっと見た。
「でも、やる」
ノアは昨日買った魔力導線を取り出した。
「これが使えるんだよね?」
「はい。古代式の魔力回路との適合率は高いです」
「じゃあ、まずこれから」
ノアはミレアの指示を受けながら、断線した部分を一つずつ確認していった。古代の装置は見た目だけでも複雑で、ノア一人ではどこに何が繋がっているのか理解できない。それでも配合眼を使うことで、魔力がどの方向へ流れているのかを見ることができた。
「ここ」
ノアが指差す。
「この線、途中で魔力が止まってる」
「正解です」
「こっちから繋げれば……」
「その場合、中央回路へ魔力が集中します」
「じゃあ、こっち?」
「正しいです」
少しずつ作業を進める。
最初は一つの導線を繋ぐだけでも時間がかかったが、慣れてくると魔力の流れが見えるようになった。断線箇所を見つけ、古い部品を取り外し、新しい導線を繋ぐ。その繰り返しだ。
昼を過ぎる頃には、配合炉の周囲にあった魔力回路の一部が復旧していた。
「……疲れた」
ノアは床に座り込む。
「まだ三割程度です」
「三割も直ったなら十分だよ」
「しかし、問題があります」
「何?」
ミレアが中央の装置を見る。
「動力源です」
ノアも配合炉を見る。
「魔力結晶?」
「はい。現在の魔力結晶では、この配合炉を安定稼働させるには容量が不足しています」
「でも、魔力を育てる土からできた実がある」
「代用品として使える可能性はあります」
「じゃあ、それを使おう」
「まだ調査が必要です」
「そっか」
ノアは少し考えた。
「じゃあ、実を一つだけ持ってくる」
「慎重にお願いします。あの植物の実は通常の魔力資源とは性質が異なります」
ノアは地上へ戻った。
魔力土の植物は、以前よりもさらに大きくなっていた。太い根が岩の隙間へ伸び、紫色の葉が洞窟の壁を覆っている。枝にはいくつもの紫色の実が実っていた。
「いっぱいできてる……」
ノアが一つ手を伸ばす。
そのときだった。
「ぷるっ!」
ポヨンが横から飛び込んできた。
「うわっ!」
ノアの手に当たり、紫色の実が一つ落ちる。
ころころと転がり、岩にぶつかる。
ポンッ。
実が割れた。
「……あ」
ノアは固まった。
紫色の液体が地面に広がる。
「ポヨン!」
ポヨンは悪びれる様子もなく、実の残骸を見ている。
「もう……」
ノアがしゃがみ込む。
「せっかく一個取ろうとしたのに」
「ノア様」
「何?」
「床をご確認ください」
ノアが視線を落とす。
紫色の液体が流れた先に、古代施設へ続く小さな魔力溝があった。
液体がそこへ入り込む。
次の瞬間。
地下から、低い振動音が響いた。
「……え?」
ノアとミレアが顔を見合わせる。
ドン。
さらにもう一度。
ドン。
地下施設の方向から、配合炉が動く音が聞こえてくる。
「ちょっと待って!」
ノアは地下へ駆け出した。
階段を下りる。
配合炉の中央には、さっきまでなかった紫色の光が灯っていた。
「魔力が流れてる……」
ミレアが驚く。
「床に流れた実の成分が、古代の魔力回路へ入り込みました。非常に少量ですが、配合炉を起動するための魔力として認識されています」
「じゃあ……」
ノアは配合炉に手を伸ばす。
中央の円盤がゆっくり回転した。
カチッ。
カチカチッ。
長い眠りから目覚めるように、配合炉の内部で歯車が動き始める。
「動いた……!」
ノアの顔が明るくなる。
完全ではない。
まだ多くの回路が壊れている。
それでも、昨日までは何をしても動かなかった配合炉が、今は確かに動いている。
「ノア様、これは大きな進展です」
「うん!」
ノアは嬉しそうに笑った。
「これなら修復できる!」
その声を聞いたポヨンが、ノアの足元まで転がってくる。
ノアはポヨンを抱き上げた。
「ポヨンもありがと」
「ぷるっ」
「でも、次から実を落とすときはちゃんと教えてね」
「ぷるぷる」
「……分かってないでしょ」
ミレアが小さくため息をついた。
しかし、ノアは笑っていた。
配合炉はまだ完全ではない。
新しい精鋭を作るには、まだ準備が足りない。
それでも、この日を境に、洞窟の強化は次の段階へ進み始めた。




