第32話 五人の侵入者
洞窟の入口から聞こえてくる冒険者たちの声を聞きながら、ノアは物陰に身を潜めていた。五人。先頭に大剣を背負った男、その後ろに盾を持った女、弓を構えた男、杖を持った魔術師らしき女、そして最後尾に短剣を二本差した小柄な男。装備を見る限り、ただの旅人ではない。洞窟に入ってくる前から周囲を警戒していたところを見ると、最低限の実戦経験もあるようだった。
「思ったより狭いな。これ、本当に魔物が住み着いてるのか?」
「入口付近に小型魔物の足跡があります。数は多くありませんが、奥には続いています」
弓を持った男が答える。
「なら、奥に巣があるかもしれないな。ゴブリン程度なら問題ないだろ」
先頭の大剣使いが笑った。
「それより、奥に魔石が残ってる可能性のほうが大きい。こういう未開拓の洞窟は、誰かに見つかる前に稼いだほうが得だ」
ノアは眉をひそめた。
やはり目的は魔石だった。
この洞窟はまだ本格的なダンジョンとして認識されていない。だからこそ、彼らは危険を軽く見ている。
「ミレア、強さは?」
「先頭の男性が最も強いですが、それでもレグルには遠く及びません。五人が連携した場合、単独では苦戦する可能性があります。ただし、現在のダンジョン内の魔物をすべて合わせれば、十分に対処可能です」
「そう」
ノアは少し考えた。
「じゃあ、最初からレグルは出さない」
「よろしいのですか?」
「うん。まずは普通の魔物で戦ってみたい」
ノアは自分の洞窟を見回した。
スライム。
ゴブリン。
小型のコウモリ。
地下の隙間に潜む小さな魔獣。
戦力としては大したことがない。けれど、ダンジョンには雑魚が必要だ。侵入者にとっては、最初に遭遇する弱い魔物ほど油断を誘う存在になる。
「セラ、入口近くの魔物に伝えて。無理に倒さなくていいから、奥へ誘導して」
セラが頷いた。
暗闇へ走っていく。
「クロウは?」
「すでに先行しています。冒険者たちの移動経路を把握しています」
「よし」
ノアは小さく笑った。
「じゃあ、ダンジョンらしくいこう」
最初に冒険者たちの前へ現れたのは、一匹のスライムだった。
ぷるぷると震えながら通路の真ん中にいる。
「スライムか」
大剣使いの男が剣を抜いた。
「こいつなら楽勝だ」
「待って」
盾役の女が止める。
「スライムが一匹だけというのはおかしくない?」
「何が?」
「洞窟に入ってから、魔物の気配が少なすぎる」
女が周囲を見る。
「むしろ、私たちを見つけた魔物が逃げているように感じる」
「考えすぎだろ」
男は剣を振り下ろした。
ズバンッ。
スライムが真っ二つになる。
「ほらな」
男が笑う。
しかし、切り裂かれたスライムは床へ落ちたあと、二つに分かれたまま動き始めた。
「……増えた?」
「スライムは分裂することがあります」
魔術師が呟く。
「じゃあ、もう一回だ」
大剣使いが二匹を斬る。
今度は四匹になった。
「……」
「……」
「これ、まずくない?」
盾役の女が呟く。
その瞬間、通路の奥から大量の足音が響いた。ゴブリンたちが一斉に飛び出してくる。
「来たぞ!」
冒険者たちが構える。
ゴブリンの数は十匹以上。
武器を持っているものもいれば、石を投げるだけのものもいる。
「囲まれるな!」
盾役が叫ぶ。
戦闘が始まった。
ゴブリンたちは一体一体なら弱い。しかし、数が多い。しかも真正面から戦わず、攻撃しては逃げ、別の方向から再び襲いかかる。
「鬱陶しい!」
大剣使いが怒鳴る。
ノアは遠くから様子を見ていた。
「ちゃんと戦えてるね」
「はい。冒険者側も素人ではありません」
「なら、もう少しだけ難しくしよう」
ノアが手を上げる。
洞窟の奥から小型コウモリが飛び出した。
「うわっ!」
「上!」
コウモリが一斉に冒険者たちの頭上を飛び回り、視界を遮られたところへ、ゴブリンが石を投げる。
ガンッ!
「痛っ!」
「くそっ!」
冒険者たちが苛立つ。
しかし、それでも倒れない。
「結構やるなぁ」
ノアは感心した。
「どうしますか?」
ミレアが尋ねる。
「まだ殺さない」
「了解しました」
ノアが冒険者たちを見る。彼らは少しずつ奥へ進んでいる。その先には、自然にできた広い空間がある。
そこへ誘導すればいい。
冒険者たちは魔物を倒しながら進んでいき、そして広間へ入った。
「ここなら戦いやすい!」
大剣使いが叫ぶ。
「魔物が少ない。ここで一度休もう」
盾役が周囲を確認する。
「……待って」
弓使いが声を落とした。
「何かいる」
広間の奥。
暗闇の中に、二つの目が浮かんでいた。
低い唸り声。
冒険者たちが武器を構える。
暗闇から姿を現したのは――ガルドだった。
大柄なゴブリン。
だが、これまでのゴブリンとは明らかに違う。
身長も、筋肉量も、纏っている威圧感も別格だ。
「ゴブリン……?」
大剣使いが呟く。
「嘘だろ。こんなサイズのゴブリンがいるのか?」
ガルドはゆっくりと斧を構えた。
ノアは遠くから見守る。
「ガルド。一人でいける?」
ガルドが振り返る。
そして拳を握った。
「グルァ!」
「よし」
冒険者たちが一斉に攻撃を開始した。
大剣が振り下ろされる。
ガルドが斧で受け止めた。
ギィンッ!
火花が散る。
「なっ!」
大剣使いの顔が歪む。
ガルドはそのまま大剣を押し返した。
盾役が横から突進する。
ガルドは身体を捻って避け、斧の柄で盾を叩く。
ドンッ!
「きゃあっ!」
盾役が吹き飛ぶ。
弓が飛ぶ。
ガルドが斧を振り上げ、矢を叩き落とす。
「こいつ……!」
魔術師が杖を掲げる。
「炎よ――」
その瞬間。
広間の天井から小さな石が落ちてきた。
コツン。
魔術師の頭に当たる。
「痛っ!」
詠唱が止まった。
ノアは思わず上を見る。
「……?」
洞窟の天井には何もない。
ミレアが淡々と報告する。
「偶然の落石です」
「……そう」
ノアは少しだけポヨンのほうを見る。
ポヨンは広間からかなり離れた場所で、何故か壁に頭をつけていた。
「まさかね」
ノアが再び戦場を見る。
ガルドは完全に優勢だった。
しかし、大剣使いはまだ立っている。
「全員、俺に合わせろ!」
五人が陣形を組む。
今までバラバラだった攻撃が、初めて一つになった。
「ガルド!」
ノアが叫ぶ。
ガルドが振り返る。
「一度下がって!」
ガルドが後退する。
その瞬間、セラが動いた。
魔力の糸が冒険者たちの足元へ伸びる。
「何だこれ!」
足を取られた大剣使いが転び、弓使いも体勢を崩す。その隙にガルドが一気に距離を詰める。
斧が振り下ろされる。
大剣使いの武器が弾き飛ばされた。
ガルドが喉元へ斧を突きつける。
「……降参する?」
ノアが声をかける。
冒険者たちは黙った。
やがて大剣使いが両手を上げた。
「……分かった。俺たちの負けだ」
ノアは少し驚いた。
「素直だね」
「ここまで差があればな。命まで取られるとは思ってなかったが……」
男がノアを見る。
「お前が、このダンジョンの主か?」
「そうだよ」
ノアは姿を現した。
五人の冒険者が一斉に驚く。
「女……?」
「子供じゃないか」
ノアは少しむっとした。
「年齢は関係ないでしょ」
「いや、まあ……」
ノアは冒険者たちを見回した。
「あなたたちは、ここへ何をしに来たの?」
「魔石を探しに来ただけだ」
「それだけ?」
「それだけだ」
ノアは少し考え、そして静かに告げた。
「じゃあ、帰って」
冒険者たちが顔を見合わせる。
「……殺さないのか?」
「今回はね」
ノアはガルドを見る。
「でも次は分からないよ」
大剣使いが息を呑む。
ノアは笑っていなかった。
「ここは私のダンジョン。勝手に入ってきて、魔物を殺して、魔石を持って帰ろうとするなら、それなりの覚悟はしておいて」
冒険者たちは何も言い返せなかった。
ノアは入口を指差す。
「帰って」
五人は武器を拾い、ゆっくりと立ち上がった。
しかし、最後尾にいた短剣使いが何かを探していることにノアは気づいた。
「何してるの?」
「……別に」
男がポケットへ手を入れる。
クロウが唸った。
「その手、出して」
男が止まる。
ゆっくり手を出す。
そこには、小さな魔石が握られていた。
「……一個くらいいいだろ」
ノアはため息をついた。
「駄目」
「ちっ」
男が舌打ちする。
その瞬間、レグルが背後から姿を現した。
巨大な黒銀の身体。
青い魔力線。
冒険者たちの顔から血の気が引く。
「……あれは……何だ?」
大剣使いが呟く。
ノアはレグルの横へ立った。
「私の仲間」
レグルが低く唸る。
冒険者たちはそれ以上何も言わず、洞窟から逃げるように出ていった。
静かになった洞窟の中で、ノアは大きく息を吐いた。
「……疲れた」
ガルドが誇らしげに胸を張る。
「うん。よくやったね」
ノアが頭を撫でる。セラも嬉しそうに近づいてくる。クロウは何事もなかったように周囲を確認していた。レグルは入口を見張っている。
少しずつだ。
まだ弱い。
まだ小さい。
けれど、ちゃんとダンジョンになってきている。
「ミレア」
「はい」
「今日の戦いで分かったことがある」
「何でしょう?」
「ガルドは、もっと強くできる」
ノアはガルドの腕を見る。
「でも、今すぐ配合するつもりはない。まずは配合炉を直す。それから、どんな素材を組み合わせれば一番いいのか、ちゃんと調べる」
「承知しました」
ノアは地下施設へ続く入口を見る。
「それまでに、魔石も素材も集めないとね」
そのときだった。
「……あれ?」
洞窟の入口近くに、見覚えのない小さな扉があった。
さっきまで、そんなものはなかった。
木製。
小さな看板が掛かっている。
そこには、簡素な文字でこう書かれていた。
『営業中』
「……」
ノアは瞬きをした。
「ミレア」
「はい」
「さっきまで、あんな扉あった?」
「ありません」
ノアが扉へ近づく。
中から、鈴の音がした。
チリン。
そして、誰かの声が聞こえた。
「おやおや。また来ましたね、若いダンジョンマスターさん」




