第31話 古代配合施設と、配合炉
地下施設から地上へ戻ったノアは、その日のうちに地下へ続く入口を封鎖した。完全に塞いだわけではない。今後も調査する必要があるため、簡単な柵を設け、ガルドとレグルに交代で見張ってもらうことにしたのだ。特にレグルは地下施設に残された古代の魔力を感じ取るらしく、入口から一定以上離れようとしない。ノアとしても、あれだけ巨大な魔獣が自分から警戒してくれるのなら心強かった。
「さて……問題は、あの施設をどうするかだよね」
ノアは洞窟の中央に置いた机の上へ、地下施設から持ち帰った資料を並べた。古びた金属板、欠けた魔石、魔物の能力を記録した薄い板、そして配合に関する設計図。資料はかなり損傷しているものの、ミレアが読み取れる範囲だけでも、この地下施設が単なる倉庫ではないことは明らかだった。
「結論から申し上げますと、あれは配合施設です」
「やっぱりそうなんだ」
「はい。ただし、配合炉そのものではありません」
ノアは首を傾げた。
「配合炉じゃないの?」
「配合施設の中に、配合炉が存在していたと考えるのが正確です。配合施設とは、魔物を研究し、相性を調べ、素材を管理し、配合後の個体を観察するための総合設備です。その中心に、実際に魔物同士を融合させる配合炉が設置されます」
「なるほど。病院と手術室みたいな感じ?」
「喩えとしては近いでしょう。施設全体が病院で、配合炉が手術室です」
「分かりやすい」
ノアは机に肘をつき、設計図を覗き込んだ。今まで自分が行ってきた配合は、配合そのものを成立させることが目的だった。魔物の性質や能力を見極め、素材を選び、成功する可能性を探りながら融合させる。それだけでも十分に難しかったが、古代の施設は考え方が違う。魔物を配合する前に徹底的に調べ、どんな能力を引き継がせるのか、どの性質を捨てるのか、融合後に身体が耐えられるのかまで計算していたらしい。
「じゃあ、ここを使えるようになれば、配合の成功率も上げられる?」
「大幅に改善する可能性があります。特に重要なのが、この部分です」
ミレアが設計図の中央を指し示す。
そこには円形の装置が描かれていた。周囲には魔石を設置する場所があり、中心部には魔物を一時的に隔離するための空間がある。さらに、その外側には複数の魔力制御装置が配置されている。
「これが古代式の配合炉です。施設内にあったものは完全には残っていませんが、主要な構造は確認できます」
「今まで使ってた配合とは何が違うの?」
「大きな違いは、融合する瞬間の魔力制御です。通常の配合では、二体の魔物が持つ魔力がぶつかり合い、その勢いを利用して融合を成立させます。しかし、この配合炉は魔力を細かく分解し、必要な性質だけを選択して融合させる設計になっています」
ノアは目を輝かせた。
「じゃあ、ガルドの力だけを強くして、余計な性質を持っていかないとか?」
「理論上は可能です」
「それ、すごくない?」
「ただし、現在の施設は壊れています。完全に復旧させるには相当な時間と素材が必要でしょう」
ノアは少し考えた。
「だったら、直そう」
「即決ですか?」
「だって必要でしょ」
ノアは設計図を手に取った。
「これから精鋭を強くしていくなら、配合は絶対に必要になる。だったら、毎回運任せでやるより、ちゃんとした設備を作ったほうがいい」
ミレアは少し黙った。
「……以前の配合も、十分に成功していました」
「うん。でも、成功したからこそ分かったんだよ」
ノアは地下施設を思い出す。配合とは、単純に強い魔物を作ればいいわけではない。元になった魔物の性質をどう残すのか。何を引き継がせるのか。そして、生まれた個体が自分の意思を持って生きられるのか。
「配合したら、元の魔物はいなくなるんだから」
ノアの声が少しだけ低くなる。
「だったら、配合したことを後悔しないくらい、強くて、ちゃんとした魔物を作りたい」
ミレアは静かに頷いた。
「その考え方なら、古代施設の研究資料は大いに役立つでしょう」
「よし。決まり」
ノアは設計図の横へ新しい紙を置いた。
そこへ必要なものを書き始める。
魔力結晶。
高純度魔石。
魔力を通す金属。
制御用の魔石。
そして、古代式配合炉の核となる特殊部品。
「……多いな」
「はい」
「最後の部品は?」
「地下施設内にはありません」
「じゃあ探さないと」
「そうなります」
ノアは頭を抱えた。
「ダンジョンを強くする前に、ダンジョンを強くするための設備を作らないといけないってこと?」
「非常に簡潔に言えば、その通りです」
「大変すぎる……」
そこへ、ポヨンが机の下から顔を出した。
「ぽよ」
「いつからいたの?」
「ぽよ」
「まあいいや。今日は何も触らないでね」
ポヨンは頷いた。
その直後、机の脚へ頭をぶつけた。
ゴンッ。
「……」
「ぽよ……」
「痛かった?」
「ぽよ……」
ノアはため息をつきながら頭を撫でた。
「気をつけなよ」
すると、ポヨンがぶつかった衝撃で机の下に転がっていた金属片が外へ出てきた。
ノアが拾い上げる。
「これ……地下施設の部品?」
ミレアが解析する。
「古代式配合炉の構成部品です」
「え?」
「しかも、先ほど不足していると申し上げた特殊部品と非常によく似ています」
ノアはゆっくりとポヨンを見る。
「……」
「ぽよ?」
「いや、もういいや」
ノアは笑った。
「君について考えるのはやめることにする」
その日の夕方、ノアはダンジョン内の魔物を集めた。と言っても、全員を一箇所へ集める必要はない。ゴブリンやスライム、コウモリ系の魔物など、普段は洞窟の各所で暮らしている魔物たちは、そのまま自分たちの縄張りに残した。ノアが必要としているのは、ダンジョン全体を守るための「精鋭」についての方針を共有することだった。
ガルド、セラ、レグル、ルナ。そしてノアの周囲には、クロウの姿もある。
ノアは少し考えてから口を開いた。
「これから、精鋭はむやみに増やさないことにする」
ガルドが首を傾げる。
「もちろん普通の魔物は増やすよ。召喚石もあるし、洞窟に住み着く魔物が増えるのは歓迎。でも、私が直接育てて強化する魔物は、役割を決めていきたい」
ノアは指を三本立てた。
「一つ目は、正面から敵を倒せる戦闘型。二つ目は、索敵や補助、防衛に向いた特殊型。そして三つ目は……」
ノアはポヨンを見る。
「幸運型」
「ぽよ!」
ポヨンが元気よく手を上げる。
セラが不思議そうにポヨンを見る。
レグルは無反応。
ルナだけが尻尾を揺らしながらポヨンを観察している。
「まだ確定じゃないけどね」
ノアは笑った。
「今のところ、ポヨンは『何か起こす』能力だけは一流だから」
ポヨンが胸を張る。
「ぽよ!」
その直後、ポヨンの後ろに置かれていた木箱が倒れた。
中から大量の魔石が転がり出した。
「……」
全員の視線が集まる。
ポヨンが振り返る。
「ぽよ?」
ノアは笑いを堪えた。
「うん。やっぱり候補だね」
そして、ノアはガルドへ視線を移した。
「ガルドは戦闘型の候補。レグルは今のところ単独でも十分な戦闘能力があるから、無理に配合する必要はない。セラとルナは特殊能力を見ながら決めていく」
ルナが尻尾を一度だけ振った。
猫のような小さな身体。
しかし、その身体に秘められた魔力は普通の魔物とは明らかに違う。ノア自身もまだルナの能力を完全には理解できていなかった。
「配合は強ければいいってものじゃない。素材にした魔物の個性を見て、必要なところだけを伸ばす。それがこれからの方針」
ミレアが補足する。
「そして、配合炉を復旧できれば、その精度を大きく高められるでしょう」
「うん」
ノアは地下へ続く道を見る。
「まずは配合炉を直す。そのために必要な素材を集める」
そのとき、洞窟の入口から見張りをしていたレグルが顔を上げた。
耳が動く。
続いてセラも反応した。
「どうしたの?」
ノアが尋ねる。
セラは入口の方向を見る。
ミレアが魔力を探る。
「……人間が近づいています」
「冒険者?」
「おそらく」
ノアの表情が変わった。今までのように、ただ侵入者を追い払えばいいわけではない。これからはダンジョンとして生きていく。
ならば、侵入してくる冒険者を倒すための仕組みも必要になる。
「どのくらい?」
「五人です。武装しています」
ノアは立ち上がった。
「じゃあ、最初の仕事だね」
ガルドが拳を握る。
レグルが低く唸る。
セラは洞窟の奥へ走り、クロウは暗闇へ消えていった。
ポヨンだけが、何故か入口とは反対方向へ走り出す。
「ポヨン、そっちじゃないよ!」
「ぽよ!」
ノアは慌てて追いかけた。
その姿を見て、ミレアが小さく息を吐く。
「……幸運型というより、問題発生型では?」
ノアは振り返りながら叫んだ。
「それも含めて幸運なんだよ!」
洞窟の入口では、五人の冒険者がすでに暗闇の中へ足を踏み入れていた。
彼らが見ているのは、まだ未完成の小さな洞窟。
魔物の数も多くない。
罠も少ない。
しかし、強力な魔物がいることも知らない。
先頭の男が笑った。
「たいしたことねえな。今日の稼ぎは楽勝だ」
その声が洞窟の奥へ響く。ノアは遠くからその声を聞き、静かに息を吐いた。
「……そう思ってくれてるなら、ちょうどいい」
配合炉の修復。
精鋭の強化。
雑魚魔物によるダンジョンらしい環境作り。
そして侵入者への対策。
やることは増えた。
「さて。うちのダンジョンを見学してもらおうか」
その言葉とともに、洞窟の奥でいくつもの魔物の目が開いた。




