第30話 古代施設に残された設計図
地下施設から戻ったノアは、地上へ出るなり大きく息を吐いた。まだ何か危険なものが眠っているのではないかという警戒心は消えていない。それでも、今回の探索で得たものはあまりにも大きかった。古代の魔獣――レグル。配合に関係すると思われる設備。そして、何よりも最後に見つけた「配合炉・設計情報――一部保存」という記録。ノアにとっては、偶然見つけた地下室というより、これからダンジョンを発展させていくための巨大な財産だった。
「ミレア、本当にあの装置から配合炉の設計情報を取り出せるの?」
「可能性はあります。ただし、あの施設の魔力供給が不安定です。記録媒体そのものが破損している可能性も高いため、慎重に作業する必要があります」
「慎重に……ね」
ノアは地下へ続く穴を見た。
「さっきみたいにポヨンが何かにぶつかって全部壊したりしない?」
「その可能性を考慮し、ポヨンには地下施設への立ち入りを禁止することをおすすめします」
「決定」
「ぽよ?」
ノアの足元にいたポヨンが不満そうに見上げてくる。
「駄目。あなたは何か危険なの」
「ぽよ……」
「その顔をしても駄目」
ポヨンはしょんぼりしたように身体を縮めた。
しかし、その直後。
ポヨンの身体から小さな石が転がり落ちた。
コロン。
ノアが拾い上げる。
「……これ、魔石?」
ミレアが確認する。
「はい。しかも比較的純度が高いものです」
「なんで持ってたの?」
「不明です」
「……」
ノアはポヨンを見る。
「どこで拾ったの?」
「ぽよ」
当然のようにポヨンは首を傾げた。
ノアは深く考えるのをやめた。
「まあいいや。あとで保管しておこう」
そんな騒がしいやり取りをしている間も、レグルは少し離れた場所で静かに佇んでいた。巨大な身体を持つ魔獣だが、ノアが戻ってきてから一度も騒いでいない。周囲の魔物たちも最初こそ警戒していたものの、レグルが敵意を見せないことが分かると、少しずつ距離を縮め始めていた。
だが、ガルドだけは違った。
「グルル……」
レグルの前に立ち、睨みつけている。
「ガルド、どうしたの?」
ノアが尋ねる。
ガルドはレグルを指差し、それから自分の胸を叩いた。
「お前の縄張りを取られると思ってるのかな?」
ガルドが力強く頷く。
ノアは思わず苦笑した。
「大丈夫だよ。レグルはガルドの敵じゃない。それに、洞窟の中で一番大事なのは、みんなで守ることだから」
ガルドはしばらくレグルを睨んでいたが、やがて鼻を鳴らした。
レグルも反応しない。
それどころか、ゆっくりと身体を伏せた。
ガルドが目を見開く。
ノアは少しだけ驚いた。
「……レグルのほうが大人だね」
「ガルドはまだ若いですから」
「聞こえたら怒るよ」
ミレアの言葉にノアは笑った。
その日の午後、ノアたちは地下施設の再調査を始めた。
今回は前回よりも慎重だった。
クロウとセラが先行し、ガルドたちが通路を警戒する。ノアはミレアとともに中央装置の解析を行う。レグルには地上との境目を守ってもらった。ポヨンについては、入口付近で待機させることにした。
「ポヨン、ここから先は入っちゃ駄目だからね」
「ぽよ」
「本当に?」
「ぽよ」
「信用していい?」
「ぽよ」
「……まあ、今回は信じる」
ノアが地下へ向かう。
数分後。
入口の向こうから、
ゴンッ!
という音が響いた。
ノアが振り返る。
「……」
「……」
ミレアも無言だった。
「今の音、何?」
「ポヨンが壁にぶつかった音でしょう」
「やっぱり信用できない」
ノアが戻ろうとすると、ポヨンが何事もなかったように入口から顔を出した。
「ぽよ」
「……」
「どうして入ってきたの?」
「ぽよ」
「聞いてた?」
「ぽよ」
「絶対聞いてたよね?」
ノアはため息をついた。
「もういい。近くにいるだけなら、絶対に装置には触らないでね」
「ぽよ!」
ポヨンは元気よく返事をした。
その直後、床に落ちていた小さな金属片を踏んだ。
カチッ。
「……」
「……」
装置の一部が光った。
「ポヨン!」
ノアが叫ぶ。
「ぽよ!?」
ポヨン自身も驚いて飛び跳ねた。
しかし今回は、装置が壊れることはなかった。
中央の球体が淡く光り、空中に一枚の映像が浮かび上がる。
古い文字。
そして、その下に描かれた複雑な装置の図。
「これ……」
ノアが息を呑む。
それは、配合炉の設計図だった。
完全なものではない。
ところどころ記録が欠けている。それでも、配合炉を構成する主要な部品、必要な魔力の流れ、魔物を投入する場所、そして融合後の魔力を安定させるための制御機構まで記録されている。
「これなら作れる?」
「かなり参考になります」
ミレアが解析を進める。
「現在ノア様が所有している設備だけでは不足していますが、必要な部品の大半が判明しました」
「本当に?」
「はい。少なくとも、完全な未知の設備を一から設計する必要はなくなりました」
ノアは拳を握った。
「よし!」
ここ数話で何度も名前だけ出ていた配合炉。
ようやく、本格的に作るための道筋が見えてきた。
ノアは設計図を眺める。
そして、ある部分で目を止めた。
「……これ、魔力結晶をかなり使うよね?」
「はい」
「どれくらい?」
ミレアが沈黙する。
「……かなりです」
「具体的には?」
「現在ノア様が保有している魔力結晶では足りません」
ノアの顔から笑顔が消えた。
「やっぱり……」
「ただし、先ほどの植物から採取できる魔力の実を加工すれば、一部を代用できる可能性があります」
「じゃあ、あの植物をちゃんと育てればいいんだ」
「その通りです。ただし、昨日申し上げた通り、あの植物は魔力を吸収しすぎます。育成場所を調整する必要があります」
「うーん……」
ノアは考える。
地下施設には大量の魔力が眠っている。地上には魔力を吸収して実を作る植物がある。そして、自分の手元には魔力結晶が一つある。
「……なんとかなるかも」
以前のノアなら、何もかも足りないことに不安になっていたかもしれない。
だが、今は違う。
少しずつだが、ダンジョンが形になってきている。
雑魚モンスターたちは勝手に増え、洞窟の各所に住み着き始めている。ガルドやクロウ、セラたちは戦力として成長している。そして今、レグルという強力な魔獣まで加わった。
まだ小さな洞窟だ。
だが、確実に「ダンジョン」へ近づいている。
「ミレア」
「はい」
「これからは、魔物の精鋭を増やしすぎないようにしよう」
「……突然ですね」
「うん。強い魔物をたくさん作ったら、私では管理できなくなる気がする」
ノアは地上で騒いでいる魔物たちを思い出した。
「だから、私が直接指示する精鋭の魔物は三匹くらいに絞る。残りは普通の魔物として、ダンジョンで自由に暮らしてもらう」
「合理的です」
「ガルド、クロウ、セラ、それからレグル……」
ノアは指を折った。
「……あれ?」
ミレアが静かに答える。
「すでに四体です」
「……」
ノアは頭を抱えた。
「最初から計画が破綻してる」
「ですが、まだ整理は可能です」
「どういうこと?」
「精鋭三体というのは、必ずしも『強い魔物が三体』という意味ではありません。役割を明確にするという意味で考えてはいかがでしょう」
「役割?」
「たとえば、正面戦闘を担当する者。探索や追跡を担当する者のようなイメージです」
ノアはポヨンを見る。
ちょうどそのとき、ポヨンが何かを拾った。
そして、ノアのところまで走ってくる。
「ぽよ!」
「何?」
ポヨンが手渡したものを見る。
「……魔力結晶?」
小さな魔力結晶だった。
「どこで拾ったの!?」
「ぽよ」
ポヨンは当然のように振り返る。
そして、壁の隙間を指差した。
ノアが近づく。
そこには、小さな亀裂があった。
中を覗くと――。
魔力結晶が、いくつも埋まっている。
「……」
ノアは絶句した。
「ミレア」
「はい」
「これ……」
「かなりの量です」
ノアはゆっくりとポヨンを見る。
「……君、やっぱり何なの?」
「ぽよ?」
ポヨンは首を傾げる。
ノアは思わず笑った。
「まあいいや。ありがとう」
ポヨンの頭を撫でる。その瞬間、ポヨンが嬉しそうに跳ねた。
ぽよん。
壁にぶつかる。
その衝撃で、上から小さな石が落ちてきた。
カラン。
石の下から、さらに魔力結晶が一つ転がり出てくる。
ノアは無言でそれを拾った。
「……」
ミレアも無言だった。
「……この子、本当に幸運担当でいいんじゃない?」
「否定する材料がありません」
ノアは苦笑した。
そして、地下施設の奥へ視線を向ける。
配合炉の設計図。
魔力結晶。
魔力を蓄える植物。
古代の魔獣レグル。
そして、妙に運のいいポヨン。
すべてが少しずつ揃い始めている。
だが、配合炉を完成させるために必要なのは、魔力結晶だけではない。設計図の最後のページには、古代施設がなぜ放棄されたのか、その理由が記されていた。
『配合炉を起動する際は、必ず魔物同士の相性を確認すること』
その下には、さらに小さな文字が残っている。
『失敗した場合、生まれた個体は制御不能となる可能性あり』
そして、そのページの隅には――。
現在のノアがまだ知らない、もう一つの配合素材の名前が記録されていた。




