第23話 幸運は、思わぬところから
召喚石から生まれたムーンホーンラビット―― セラが洞窟のダンジョンへ加わってから、まだ半日も経っていなかった。それでも、すでにセラは新しい環境に馴染み始めていた。最初に興味を示したのはモラとポムだった。二匹は白銀の毛並みが珍しいのか、セラの周囲をぐるぐる回りながら、何度も身体を弾ませている。セラは最初こそ戸惑っていたものの、やがて二匹の動きに合わせるように軽く跳ね始めた。
少し離れたところでは、ルナがその様子をじっと眺めている。どうやら新入りが気に入ったらしい。セラが休もうとすると、その隣へ行って丸くなるし、セラが歩き出せば少し遅れてついていく。ノアから見れば、昨日まで一匹だった子猫に、早くも遊び相手ができたようなものだった。
「なんだか、ルナがお姉ちゃんみたいになってるね」
ノアがそう言うと、ミレアが微笑んだ。
「ルナのほうが生まれたのは後ですが」
「そこは言わないで」
ノアは苦笑しながら、床に座る二匹を眺めた。黒い子猫と白銀の兎が並んでいる姿は妙に微笑ましい。戦力として考えればまだ未知数のルナと、探索能力に秀でているらしいセラ。どちらも、これから成長していく存在だ。
「でも、セラが来てくれたのは大きいよね。昨日のグラトニー・ベアみたいな敵がまた来たら、もっと早く気づけるかもしれない」
「その点については、すでに確認したいことがあります」
「何?」
「セラの魔力感知能力です。召喚直後の鑑定では非常に高いという結果が出ましたが、実際にどの程度の範囲まで探知できるのかは分かっていません」
「じゃあ、試してみよう」
ノアは立ち上がった。
洞窟のダンジョンには、まだ十分な防衛設備がない。だからこそ、敵が来たときに早く察知できる能力は重要だった。昨日のように敵が入口へ到達してから気づくのでは遅い。せめて森の中に侵入者が入った段階で分かれば、迎撃の準備ができる。
「セラ、外に何かいるか分かる?」
ノアが尋ねると、セラは耳を立てた。
赤い瞳が細くなる。
数秒間、その場から動かない。
そして突然、入口とは反対方向を向いた。
「……そっち?」
セラが一度だけ頷いた。
ミレアがダンジョンコアを通して確認する。
「ノア様、外部の魔力反応があります」
「本当に?」
「はい。ただし、非常に小さい。普通なら私でも見落としていたでしょう」
「何がいるの?」
「確認します」
ミレアが情報を読み取る。
「……野生の小型魔物です。こちらへ近づいているわけではありません。森の中を横切っているだけのようですね」
「セラ、すごい」
ノアがセラの頭を撫でる。
セラは嬉しそうに耳を動かした。
「これなら、見張り役を任せられそう」
「ただし、セラ自身の戦闘能力はそれほど高くありません。敵を見つけたら、戦うより逃げて知らせる役割にしたほうがいいでしょう」
「うん。それがいい」
ノアは頷いた。
「無理して戦う必要なんてないもんね」
その言葉を聞いたのか、セラはノアの足元に身体を寄せた。
その後、ノアたちはダンジョンの防衛について話し合った。入口にはクロウを配置し、広間にはガルドとバルガ。モラとポムは素材や食料の管理、ルゥは狭い通路を使った奇襲。セラは外部の魔力を探知する見張り役。そしてルナについては、まだ能力がほとんど分かっていないため、無理に役割を決めず自由にさせることになった。
「こうやって考えると、結構ちゃんとしたダンジョンになってきたね」
ノアは満足そうに腕を組んだ。
「魔物の数はまだ少ないですが、それぞれ役割を持ち始めています。以前よりは格段に防衛力が上がっています」
「だったら次は、冒険者が来ても大丈夫なように罠を増やしたい」
「それには素材が必要です」
「昨日、グラトニー・ベアからたくさん取ったじゃん」
「それでも足りません」
「そんなに?」
「罠を一つ作るだけなら問題ありません。しかし、ダンジョン全体へ設置するとなると、金属や魔石、魔力を蓄える素材が必要です。現在の備蓄では十個程度が限界でしょう」
ノアは考え込んだ。
「十個か……」
そのとき、モラが保管庫のほうへ走っていった。
「モラ?」
しばらくすると、モラが何かを押して戻ってきた。
小さな石だった。
「それ、何?」
モラはぷるぷる震えながら石をノアの足元へ置いた。
ミレアが鑑定する。
「……魔石です」
「魔石?」
「しかも、かなり品質が高いですね」
ノアが目を丸くする。
「どこにあったの?」
モラが来た方向を見る。
「保管庫?」
「いえ、その奥です。昨日のグラトニー・ベアの素材を置くために整理した際、壁の裏側に小さな空洞ができていたのでしょう。そこに埋まっていたようです」
ノアは壁を見る。
「そんなところに?」
「はい」
「昨日まで気づかなかったのに?」
「はい」
「今日、罠の素材が欲しいって話をしたら?」
「見つかりましたね」
二人の視線が合う。
「……また?」
「またです」
ノアは思わず笑ってしまった。
「私、本当に運だけでダンジョン作れるんじゃない?」
「否定できないところが恐ろしいです」
見つかった魔石は全部で八個。
しかも、そのうち三個はかなり品質が高かった。
ノアたちはそれを使って、まず入口近くに簡単な拘束罠を作ることにした。床に魔石を埋め込み、侵入者が一定範囲へ入ったときに魔力の鎖が発生する仕組みだ。殺傷力こそ高くないが、敵の動きを止めるには十分役立つ。
「これなら、クロウたちが攻撃する時間を作れるね」
「はい。罠だけで倒す必要はありません。敵の動きを制限して、魔物たちが戦いやすい状況を作ることが重要です」
「なるほど」
ノアは完成した罠を見ながら頷いた。
「強い敵を一発で倒すんじゃなくて、少しずつ有利にする」
「昨日の戦いと同じですね」
「うん」
その日の夕方には、入口付近に三つの拘束罠が完成した。
そして、その直後。
セラが突然立ち上がった。
「……どうしたの?」
耳がピンと立っている。
赤い瞳が入口へ向けられた。
ノアも表情を変える。
「何かいる?」
セラが頷いた。
「どれくらい?」
セラはしばらく動かなかった。
やがて、前脚で地面を二度叩いた。
「二つ?」
セラが首を横に振る。
「じゃあ……もっと?」
今度は三度。
ミレアがダンジョンコアを確認する。
「外部に複数の生命反応があります」
「魔物?」
「……人間です」
ノアの顔が強張った。
「冒険者?」
「おそらく」
セラがもう一度入口を見る。
その数は、四人。
ゆっくりと森を進み、洞窟へ向かっている。
昨日までは、ここに侵入者を迎え撃つ準備などほとんどなかった。
だが今日は違う。
入口には新しく作った拘束罠がある。
クロウが待機している。
その奥にはガルドとバルガがいる。
そして、ノアにはセラという新しい見張り役がいる。
「……来るね」
ノアが小さく呟いた。
「はい」
ミレアが答える。
「初めての冒険者です」
ノアは一度深呼吸した。
人間を相手にするのは、魔物との戦いとは違う。
昨日までのノアなら、できれば戦いたくないと思っていただろう。
だが、ここはダンジョンだ。
向こうが何のために来るのかは分からない。
財宝を奪うためか。
魔物を狩るためか。
ダンジョンを攻略するためか。
いずれにせよ、侵入を許せば仲間が危険にさらされる。
「みんな、準備して」
ノアが静かに言った。
クロウが身を低くする。
ガルドが拳を握る。
バルガが角を構える。
ルゥは暗い通路へ消え、モラとポムは奥へ退避した。
ルナはノアの足元に座り、セラは入口の先を見つめている。
そして、森の向こうから人間の声が聞こえてきた。
「地図じゃ、この辺りのはずだ」
「本当に洞窟なんてあるのか?」
「昨日、森の奥で魔物の痕跡を見つけたんだ。たぶん巣がある」
「なら、魔石くらいは取れるだろ」
四人の冒険者が、洞窟の入口へ近づいてくる。
ノアは息を潜めた。
これが、初めての侵入者。
そして彼女はまだ知らない。
冒険者たちが持っている武器の一つが、偶然にも昨日倒したグラトニー・ベアの素材で作られた武器であることを。
それが、この戦いの行方を大きく変えることになる。




