第21話 初めての戦利品
グラトニー・ベアを倒したあとも、ノアたちはしばらくその場から動かなかった。巨大な魔物の死骸が、崩れた岩盤の下に半ば埋まっている。つい先ほどまで生きて動いていた存在が、今は完全に動かなくなっている。その光景を前にすると、勝利したという実感よりも、これほど巨大な魔物を本当に自分たちが倒したのだという驚きのほうが大きかった。
「……本当に死んでるんだよね?」
ノアが慎重に尋ねると、ミレアがダンジョンコアを通して再確認する。
「はい。生命反応はありません。再生能力も停止しています。完全に死亡しています」
「よかった……」
ノアは胸を撫で下ろした。グラトニー・ベアは最後まで恐ろしい相手だった。クロウは吹き飛ばされ、ガルドの攻撃も簡単には通らず、バルガですら正面から押し切られそうになった。それでも最後は、ノアが昨日作ったばかりの通路と、偶然崩れた岩盤、仲間たちの攻撃が噛み合って勝つことができた。自分たちが圧倒的に強かったわけではない。むしろ、一歩間違えば誰かが死んでいてもおかしくなかった。
「クロウ、怪我は大丈夫?」
ノアが駆け寄ると、クロウは立ち上がって尻尾を振った。しかし脇腹には爪で裂かれた傷が残っている。血は止まっているものの、決して軽い傷ではない。
「治療したほうがいいですね」
「うん。ガルドもお願い」
ガルドの腕には大きな亀裂が入っていた。幸いにも致命傷ではないが、あれほどの攻撃を受ければ当然だった。
「バルガは?」
ノアが振り返る。
バルガは身体を確認するように首を動かしたあと、問題ないというように地面を一度踏み鳴らした。
「丈夫だね……」
ノアは苦笑した。
その横で、ルナが瓦礫の上を歩いている。戦闘中にグラトニー・ベアへ飛びついたことを思い出し、ノアは慌てて抱き上げた。
「ルナも無茶しちゃ駄目だよ。あんな大きな魔物に飛びかかるなんて、食べられたらどうするの?」
「にゃ」
「返事だけはいいんだから」
ルナはノアの腕の中で尻尾を揺らした。反省しているのかどうかは、どうにも分からない。
ノアたちが負傷者の治療を終えると、次はグラトニー・ベアの死骸をどうするかという問題が出てきた。
「これ、どうするの?」
「素材として回収できます」
ミレアが答える。
「グラトニー・ベアは危険な魔物ですが、その身体には非常に価値の高い素材が含まれています。皮は防具の素材になりますし、爪や牙も武器に利用できます。肉も魔力を多く含んでいますので、魔物の食料として使えるでしょう」
「じゃあ、全部持って帰ろう」
「問題は大きさです」
ノアは死骸を見る。
巨大だった。
「……持って帰れない?」
「そのままでは無理でしょう」
「じゃあ、切り分ければいいんだね」
ガルドが作業を始め、クロウも周囲を警戒する。ノアはミレアの指示を受けながら、使える部分を一つずつ回収していった。皮、牙、爪、肉、骨。どれも普通の魔物から取れる素材とは比べ物にならないほど濃い魔力を含んでいる。
そして最後に残ったのが、胸の奥から取り出された拳ほどの黒い魔力核だった。
「これが魔力核?」
「はい。高位魔獣の体内で形成される特殊な器官です」
ノアが手に取ろうとした瞬間、ミレアの声が止まった。
「……待ってください」
「どうしたの?」
「その魔力核を、もう一度鑑定します」
ミレアが魔力を集中させる。
しばらくして、目を見開いた。
「どう?」
「これは普通の魔力核ではありません」
「何が違うの?」
「内部に、特殊な魔力構造があります。……召喚石の核として使用できる可能性があります」
「召喚石?」
ノアの目が輝いた。
召喚石。それはダンジョンマスターが魔物を呼び出すために使う特殊な石だ。ノアも存在だけは知っていたが、これまで自分のダンジョンでは一度も使ったことがない。そもそも召喚石を作るには特殊な素材が必要で、今のノアには難しいと思っていた。
「これがあれば作れるの?」
「核として使うことはできるでしょう。ただし、他にも魔力結晶などが必要です。それに、どのような召喚石になるかは素材によって変わります」
「じゃあ、あと何が必要?」
ミレアが確認する。
「魔力結晶が三個。それと、召喚石を加工するための魔力を大量に蓄えられる容器が必要です」
ノアは少し考えた。
「魔力結晶なら、前に集めたものが残ってるよね?」
「はい。ただし、高品質魔力結晶ではなく通常の魔力結晶です」
「それでいいなら使おう」
ノアはすぐに決めた。
「せっかく手に入れたんだから、試してみたい」
「失敗する可能性もありますよ」
「うん。でも、やってみなきゃ分からないでしょ」
ノアが魔力核を見つめる。
すると、その瞬間だった。
ルナがノアの腕から飛び降り、魔力核へ近づいた。
「ルナ?」
黒猫は魔力核の匂いを嗅ぐ。
そして、小さな前脚でちょんと触れた。
魔力核が淡く光った。
「え?」
ノアが目を丸くする。
「ミレア、今の……」
「確認しています」
ミレアが急いで鑑定する。
「……魔力核の内部構造が変化しました」
「変化?」
「ルナの魔力に反応したようです。召喚石を作るための素材として、適合性が上昇しています」
「またルナ?」
ノアはルナを見る。
本人は何食わぬ顔で魔力核の横に座っている。
「この子、本当に何なの?」
「私にも分かりません」
「ミレアが分からないこと多すぎない?」
「ノア様の周囲で起きていることが、私の知識を超え始めているのです」
ミレアは苦笑した。
その日の夕方、回収した素材をダンジョンへ運び終える頃には、洞窟のダンジョンには今までになかった大量の資源が蓄えられていた。
グラトニー・ベアの肉は魔物たちの食料になる。
皮と骨は防具や施設の素材になる。
爪と牙は武器や罠の材料になる。
そして魔力核は、これから作る召喚石の核になる。
ノアは素材を並べた保管庫を見ながら、満足そうに頷いた。
「強い敵って、倒すのは怖いけど……倒した後はすごいね」
「そうですね。ただし、毎回このように都合よく素材が手に入るとは限りません」
「分かってるよ」
ノアは笑った。
「でも、今回は運が良かった」
「……非常に良かったと思います」
ミレアが答えた直後、ダンジョンコアが小さく光った。
【特殊素材を獲得】
【召喚石作成条件の一部達成】
【必要素材残り――】
表示された数字を見て、ノアの顔が明るくなる。
「これ、もう少しで作れるんじゃない?」
「はい。通常ならもう少し時間が必要なところですが……」
「何?」
「先ほどモラが見つけたものを確認してください」
モラがぷるぷる震えながら、何かを運んできた。
小さな魔力結晶が三個。
「……それ、今必要だったやつ?」
「その通りです」
ノアはしばらく黙ってから、ゆっくり笑った。
「……また?」
「またです」
必要だった素材が、必要になったその日に偶然見つかった。
ノアはまだ、自分の幸運がどれほど異常なのか知らない。
ただ一つだけ分かっていた。
「明日は、召喚石を作ってみよう」
洞窟のダンジョンに、初めて新しい魔物を呼び込む準備が整いつつあった。




