第19話 新しい仲間と、初めてのダンジョン運営
翌朝、ノアは自分の胸元に何かが乗っている感覚で目を覚ました。薄暗い寝室の中で目を開けると、そこには真っ黒な毛玉がいた。丸くなった小さな身体、ぴくぴく動く耳、そして額に浮かぶ白い星形の模様。昨日生まれたばかりのルナが、ノアの胸の上で気持ちよさそうに眠っている。どうやら夜中のうちに自分で寝床を抜け出し、ノアのところまでやってきたらしい。
「……いつの間に来たの?」
「にゃ……」
ノアが指先で頭を撫でると、ルナは目を細めて小さく喉を鳴らした。見た目だけなら、本当にどこにでもいそうな子猫である。昨日、古代配合炉から生まれたばかりの特殊配合個体だとは、とても思えない。
「おはよう、ノア様。……あら」
寝室の入口からミレアが顔を覗かせる。
「おはよう、ミレア。ルナが勝手に入ってきたみたい」
「どうやらそうですね。昨夜の監視記録を確認したところ、夜中に一度目を覚ましてから、ノア様の部屋へ向かっています。途中でバルガのところへ寄り、モラの寝床にも立ち寄ったようです」
「みんなのところに行ったの?」
「はい。ずいぶんと自由な子ですね」
ノアはルナを抱き上げた。ルナは嫌がる様子もなく、ノアの腕の中で丸くなる。
「でも、これでダンジョンにも新しい仲間ができたんだよね」
その言葉を口にした瞬間、ノアの表情が少し曇った。
レインとセイルは、もういない。
ルナが生まれたことで二体の魔力や特性が受け継がれた可能性はある。それでも、レインとセイルという二つの個体が消えた事実は変わらない。昨日は配合の成功に興奮して深く考える余裕がなかったが、一晩経ったことで、その事実が少しずつ胸に重くのしかかってきていた。
「……配合って、やっぱり寂しいね」
ミレアはすぐには答えなかった。
「そうですね。魔物を強くするために配合を行うのであれば、避けて通れない部分です。新しい命が生まれる一方で、素材となった個体はその姿を失います。だからこそ、配合は便利な魔法として軽く扱うべきものではないのでしょう」
「うん」
ノアはルナの背中を撫でる。
「レインとセイルのこと、忘れないようにする」
「それがいいと思います」
しばらくルナを眺めたあと、ノアは気持ちを切り替えるように立ち上がった。
「よし。今日はダンジョンをちゃんと見直そう」
「見直す?」
「うん。今まで魔物を増やすことばっかり考えてたけど、よく考えたら、このダンジョンって全然強くないよね」
ミレアが少しだけ苦笑する。
「ようやくお気づきになりましたか」
「ひどい」
「事実です。現在のダンジョンは規模も小さく、侵入者を誘導する構造もありません。罠も少なく、魔物の配置もほぼ自然発生に任せています。今まではノア様自身がダンジョンマスターになったばかりだったので仕方ありませんが、これからは少しずつ整備したほうがいいでしょう」
「じゃあ、今日はダンジョン改造の日!」
ノアが拳を握る。
「まずは入口から!」
ノアたちはさっそくダンジョンの調査を始めた。
現在のダンジョンは、名前の通り古びた洞窟そのものだった。天然の岩壁と細い通路が中心で、ところどころに古代配合士が残した設備があるものの、侵入者を迎え撃つための構造にはなっていない。魔物たちが暮らす区画も曖昧で、食料を保管する場所と素材を置く場所さえ、きちんと分けられていなかった。
「まず、ここを広げよう」
ノアが指差したのは、入口から少し奥へ進んだ場所だった。
「冒険者が入ってきたとき、ここまで一本道なのは危ないよね。敵が強かったら、そのまま奥まで入られちゃう」
「その通りです。分岐を作ることで侵入者の進行速度を落とし、こちらが有利な場所で迎撃できるようになります。ただし、ダンジョンコアの魔力も必要です。大規模な改造はまだ難しいでしょう」
「じゃあ、小さく始めよう」
ノアがダンジョンコアへ手を置く。
魔力が洞窟へ流れ込む。
ゴゴゴゴ……。
岩壁が震え、通路の一部がゆっくりと変形していく。ノアはミレアの指示を聞きながら、入口から少し奥にある空間を広げ、左右に分かれる小さな分岐を作った。片方は魔物たちの待機場所へ繋がり、もう片方は行き止まりにする。まだ簡単な構造ではあるが、以前よりはずっと防衛向きになった。
「これなら、侵入者が来ても少しは戦いやすいね」
「はい。ただ、行き止まりのほうにも何か仕掛けが欲しいところです」
「罠?」
「例えば落とし穴や拘束用の魔法陣などですね。今すぐ作れるものもありますが、素材が足りません」
「じゃあ、それは後で」
そのとき、背後から大きな足音が響いた。
ズシン。
振り返ると、バルガが立っていた。
「バルガ、どうしたの?」
ロックホーンは新しくできた通路を見回し、それからノアのところへ近づいてきた。巨大な角が天井にぶつかりそうになるため、狭い通路では少し歩きにくそうだ。
「……そういえば」
ノアは改めてバルガを見る。
「バルガって、このダンジョンの中で生活できるの?」
ミレアが周囲を見渡す。
「正直に申し上げますと、少々狭いですね。バルガほどの巨体になると、自由に動き回れる場所が限られます」
ノアは考えた。
「じゃあ、バルガ用の広い部屋を作ろう」
「魔力をかなり使います」
「でも必要でしょ?」
「……はい」
ノアはダンジョンコアへ魔力を流した。
今度は大規模な掘削だった。地面を深く掘り、横へ広げていく。洞窟の奥に巨大な空間が形成され、バルガがゆったりと身体を動かせる程度の広さになる。
完成した空間へバルガが入っていく。
最初は少し戸惑っていたが、やがて中央まで進むと、その場で身体を横たえた。
「気に入った?」
バルガが尻尾を振る。
「よかった」
ノアが笑う。
すると、ルナが突然ノアの腕から飛び降りた。
「ルナ?」
小さな黒猫はバルガのところまで走っていき、その巨大な身体をよじ登り始めた。バルガは嫌がることもなく、じっとしている。ルナは背中の上まで登ると、満足そうに丸くなった。
「……完全にベッド扱いしてる」
「バルガも嫌がっていませんから、問題ないでしょう」
「仲良しだね」
その光景を見ていたモラが近づいてきた。
ぷる。
続いてポムもやってくる。
さらにクロウとルゥも姿を現した。
いつの間にか、魔物たちがバルガの部屋に集まり始めている。
「……あれ?」
ノアは目を瞬いた。
「バルガの部屋、みんなの部屋になってない?」
ミレアが笑う。
「大型魔物の身体は暖かいですからね。冬になれば特に人気が出るでしょう」
「バルガ、大変だね」
バルガが大きく欠伸をした。
その姿に、ノアは思わず笑った。
配合によって仲間を失った寂しさは、まだ消えていない。それでも、新しく生まれたルナが仲間たちの中へ自然に溶け込み始めているのを見ると、少しだけ気持ちが軽くなった。
昼を過ぎる頃には、ダンジョンの内部にいくつかの変化が生まれていた。
入口近くには侵入者を迎え撃つための広場。そこから複数の通路へ分かれる構造。魔物たちが休める区画。素材を保管する場所。そしてバルガが暮らすための大部屋。
まだ立派なダンジョンとは言えない。
それでも、昨日までの「ただの洞窟」からは確実に変わり始めていた。
「なんか、ダンジョンマスターっぽくなってきた」
ノアは満足そうに周囲を見回す。
「まだまだです。防衛設備も食料庫も必要ですし、冒険者を迎え入れるための罠も不足しています。それに、魔物たちが増えれば住居区画も必要になるでしょう」
「……やること多いね」
「ダンジョンマスターですから」
「うん。頑張ろう」
そのとき、ルナがノアの足元へ戻ってきた。
黒い尻尾を揺らしながら、ノアの靴へ身体を擦りつける。
「どうしたの?」
ノアが抱き上げる。
ルナはノアの腕の中で顔を上げた。
そして、額の白い星が一瞬だけ光った。
ノアは気づかなかった。
ミレアも気づかなかった。
しかしダンジョンコアは、微弱な魔力変化を記録していた。
【ルナ】
【魔力蓄積:上昇】
【成長条件:進行】
【特殊条件:一部達成】
その表示はすぐに消える。
ルナは何事もなかったように、ノアの胸元へ顔を埋めた。
「眠いの?」
「にゃ……」
「じゃあ、お昼寝しようか」
ノアが笑いながら歩き出す。
その頃、ダンジョンの外では、昨日から森の奥を進んでいた何者かが、ようやくその姿を現そうとしていた。
しかし、ノアはまだ知らない。
自分たちがダンジョンを整備している間に、その存在がすでにダンジョンの位置を正確に把握していたことを。
そして、それが近づいている理由が、ルナだけではないことも――まだ知る由はなかった。




