第15話 幸運は、欲しいものを知っている
翌朝、ノアはダンジョンの最奥にある古代配合炉の前で、腕を組んでいた。目の前には昨日から変わらない表示が浮かんでいる。特殊個体二体、星喰い草、そして高品質魔力結晶十個。特殊個体についてはレインとセイルが仲間になったことで条件を満たし、星喰い草もモラが発見してくれた。問題は最後の一つ、高品質魔力結晶だけだった。
「高品質魔力結晶って、普通の魔石とは別物なんだよね?」
「はい。魔物が長い年月をかけて体内で魔力を凝縮させたものや、特殊な魔力脈の中で自然形成されたものなどがあります。通常の魔石より純度が高く、魔法道具や高度な配合にも使用される希少素材です」
「それを十個?」
「十個です」
ミレアが淡々と答える。
ノアは少し考え、それから腰につけた小袋を取り出した。中には、これまで大切に保管していた青白い結晶が一つだけ入っている。
「でも、一個は持ってるよね」
「はい。最初に確保した高品質魔力結晶が一個あります」
「じゃあ、あと九個か」
「その通りです」
ノアは袋を閉じた。
「それなら、思ってたより少ないね」
「……九個を『少ない』と言えるのは、ノア様くらいだと思います」
「そう?」
「高品質魔力結晶は、普通なら一個見つけるだけでも幸運です。九個となれば、かなりの時間が必要になるでしょう」
「でも、私たちにはセイルがいるよ」
ノアは入口近くで伏せているグレイウルフを見る。
セイルは昨日仲間になったばかりだというのに、すでにダンジョンの環境へ馴染み始めていた。クロウの隣で眠ることもあれば、レインを背中に乗せて歩くこともある。何より、特殊個体として備えている魔力感知は、これからの探索で大きな力になるはずだった。
「魔力感知があれば、結晶を探せるんじゃない?」
「可能性はあります。ただし、セイルの能力で高品質魔力結晶だけを正確に探せるとは限りません。魔力の強い魔物や魔力鉱石にも反応するでしょうから、最終的な判断は必要です」
「それでも、何もないよりずっといいよね」
「ええ」
ノアは立ち上がった。
「じゃあ、今日は魔力結晶探し」
「昨日、外へ出たばかりですが?」
「昨日は特殊個体を探しに行った。今日は魔力結晶を探す。目的が違うから大丈夫」
「そういう問題でしょうか」
ミレアが呆れたように笑う。
「ただし、昨日の冒険者たちには注意してください。彼らがまだ森にいる可能性があります」
「分かってる。昨日の自然洞窟には近づかない」
「それがいいでしょう。あちらは私たちのダンジョンではありませんが、向こうはそこに何かあると思い込んでいる可能性があります。しばらくは放置しておいたほうが安全です」
ノアは頷いた。
今日向かうのは、昨日とは反対側。ダンジョンから北へ向かい、まだ一度も探索していない森の奥を目指すことにした。
同行するのはクロウ、セイル、ガルド、モラ、ポム、ルゥ、そしてレイン。少しずつ仲間が増えたことで、昨日よりもずっと頼もしい隊列になっている。
「じゃあ、行こう」
ノアがダンジョンの外へ出る。
森は昨日と同じように静かだった。しかし、昨日一度外へ出たことで、ノアの緊張は少しだけ薄れている。もちろん怖くないわけではない。森の中には自分より強い魔物がいるだろうし、昨日のように冒険者と遭遇する可能性もある。それでも、仲間たちと一緒なら進める気がした。
セイルが先頭を歩く。
時折立ち止まり、鼻を上げて周囲の魔力を探る。クロウはその少し前方を進み、危険がないか確認している。二匹の狼が自然と役割を分担している姿を見て、ノアは少し嬉しくなった。
「セイル、何か感じる?」
セイルが振り返る。
そして、少し右手の方向へ顔を向けた。
「そっち?」
セイルが歩き出す。
ノアたちも後を追った。
森を進むこと二十分ほど。木々の間から、巨大な岩壁が見えてきた。岩壁には苔がびっしりと生えており、ところどころに青白い鉱石が顔を出している。
「……あれ?」
ノアが足を止める。
「ミレア、あれって魔力結晶?」
「確認します」
ミレアが鑑定を行う。
「普通の魔力鉱石です。高品質ではありません」
「そっか」
ノアが少し残念そうにする。
セイルはそんなノアを気にすることなく、岩壁の前を通り過ぎていく。そして、さらに奥へ進んだ。
「待って、セイル」
ノアが追いかける。
やがて森が開け、小さな谷へ出た。谷底には細い水流があり、その周囲には大小様々な石が転がっている。セイルはその一つへ近づくと、鼻先を押しつけた。
「そこ?」
ノアが石を拾う。
ミレアが鑑定した。
「……普通の魔石です」
「残念」
ノアが石を戻す。
するとセイルは、さらに奥へ進んだ。
「今度は何?」
セイルが谷の奥にある岩場を見つめている。
そこへ近づいた瞬間、モラが突然地面へ潜った。
「モラ?」
ぷるぷる。
モラの身体が土の中へ消えていく。
しばらくして、地面からモラの頭だけが出てきた。
「ぷるっ!」
頭の上に、小さな青い石を乗せている。
「……それは?」
ノアが受け取る。
【高品質魔力結晶】
「えっ」
ノアは思わず二度見した。
「これ、高品質魔力結晶だよね?」
「はい。間違いありません」
ミレアも少し驚いている。
「ただ、かなり小さいですね。品質は条件を満たしていますが、一般的なものよりも小型です」
「それでも一個は一個だよね?」
「その通りです」
ノアは嬉しそうに結晶を袋へ入れた。
「あと八個」
最初から持っていた一個に、今見つけた一個を加えて、残りは八個。
まだ先は長い。
そう思った。
ところが、その後もセイルの足は止まらなかった。
谷を抜けた先にあった古い倒木。
その根元から、二個目。
さらに少し進んだ岩陰から、三個目。
地下へ続く小さな裂け目の奥から、四個目。
「……本当にあるんだけど」
ノアは袋を覗き込む。
持っていた一個を含めて、現在五個。
「セイル、すごいね」
ノアが頭を撫でると、セイルは気持ちよさそうに目を細めた。
「これなら今日中に集まるかも」
「その考え方は少し危険です」
ミレアが釘を刺す。
「幸運が続くとは限りません」
「分かってるよ」
そう答えた直後だった。
セイルが突然走り出した。
「え?」
ノアも慌てて追いかける。
セイルが向かった先には、巨大な岩が一つだけ転がっていた。岩の周囲には何もない。魔物の気配もない。
セイルはその岩の前で止まり、前脚で地面を掻いた。
「ここ?」
ノアがしゃがむ。
モラも近づいてきた。
ぷる。
モラが地面へ潜る。
数秒後。
カチン、と小さな音がした。
モラが地面から戻ってくる。
その身体には青白い粉が付着していた。
「結晶?」
「はい。ただし、まだ原石の状態です」
ノアが周囲の土を掘ってみる。
すると岩の下に、小さな鉱脈が隠れていた。
「……これ、全部?」
「鑑定します」
ミレアが確認する。
「高品質魔力結晶が四個あります」
「四個!?」
ノアが声を上げる。
すでに五個持っている。
ここで四個手に入れば九個。
そして、最初から持っていた一個と合わせれば――。
「十個になる!」
ノアは思わず拳を握った。
慎重に採掘を進める。
一個。
二個。
三個。
そして四個目。
すべて無事に取り出すことができた。
袋の中を確認する。
高品質魔力結晶が九個。
そして、ダンジョンに置いてきた最初の一個。
「これで十個だよね?」
「はい。最初に所有していた一個を含めれば、必要数の十個を満たしています」
「やった!」
ノアは思わず両手を上げた。
たった一日で、必要な九個を集めてしまった。
しかも、強力な魔物を倒したわけでもない。危険な場所へ無理に入り込んだわけでもない。セイルが魔力を感じ、モラが地面を掘り、偶然見つけたものを採掘しただけだ。
「……」
ミレアがノアを見る。
「何?」
「いえ」
「何か言いたそう」
「ノア様は、本当に幸運ですね」
「……私もそう思う」
ノアは苦笑した。
だが、ミレアは少しだけ真剣な顔をしていた。
「ただ、今回気になることがあります」
「何?」
「高品質魔力結晶の分布です」
「分布?」
「通常、このような希少な結晶が短い範囲にこれほど集中しているのは珍しいのです。もちろん、絶対にないとは言いません。しかし、少し不自然です」
ノアは周囲を見る。
静かな森。
小さな谷。
巨大な岩。
そして地下に眠っていた魔力鉱脈。
「……幸運だから?」
「それだけならいいのですが」
ミレアが周囲を見回す。
「もしかすると、この地域そのものに何か秘密があるのかもしれません」
ノアは少し考えた。
「じゃあ、もっと調べたほうがいい?」
「本日は十分です。まずは一度ダンジョンへ戻りましょう。手に入れた結晶を安全に保管し、それから改めて調査するべきです」
「分かった」
帰り道、ノアは何度も袋を確認した。
九個。
そしてダンジョンには、最初から一個ある。
これで合計十個。
配合炉を動かすための材料は、すべて揃った。
しかし、ダンジョンへ戻る途中。
ノアたちは森の中で、妙なものを見つけた。
木の幹に刻まれた、古い傷跡。
ただの傷ではない。
何かの文字のようにも見える。
「ミレア、これ……」
ミレアが近づく。
「古い文字です」
「読める?」
「一部なら」
ミレアはしばらく文字を眺めた。
そして、表情を変えた。
「……ノア様」
「何?」
「ここに書かれているのは、『地下へ流れる星の道』という意味です」
「星の道?」
ノアは木の幹を見る。
その言葉の意味は分からない。
けれど、今日見つけた高品質魔力結晶。
星喰い草。
そして、この森に眠る魔力。
何かが繋がっているような気がした。
ノアたちはその場を後にした。
そして夕方。
ダンジョンへ戻ると、ノアは最初から保管していた一個の高品質魔力結晶を取り出し、新たに手に入れた九個と並べた。
合計十個。
古代配合炉が静かに光る。
【高品質魔力結晶:10/10】
【必要数を充足】
【特殊配合――実行可能】
ノアは表示を見つめた。
「……本当に、全部揃っちゃった」
ミレアが隣に立つ。
「はい」
「じゃあ、次はいよいよ配合だね」
「そうなります」
ノアは配合炉へ手を伸ばしかけた。
だが、その瞬間――。
ダンジョンの外から、かすかな地響きが伝わってきた。
「……何?」
ノアが入口を見る。
セイルが立ち上がった。
クロウも同時に顔を上げる。
ミレアが魔力感知を広げる。
「ノア様」
「何かいる?」
「はい。ただの魔物ではありません」
ミレアの声がわずかに緊張する。
「森の奥から、かなり大きな魔力反応が近づいています」
ノアは配合炉を見る。
そして、洞窟の入口を見る。
特殊配合の準備は整った。
だが、その前に――。
新たな何かが、ノアのダンジョンへ近づいていた。




