第125話 魔力を奪う兵器と、クロノアの反撃
山道の向こうで、不気味な光が明滅していた。
王国軍が新たに起動した装置は、これまでの観測機器とは明らかに違っていた。洞窟の魔力を測定するだけではない。周囲の魔力を一定方向へ引き寄せ、少しずつ流れを変えている。
私は防衛拠点に集まった仲間たちを見回した。
「セラ、どこまで分かった?」
「装置は周囲の魔力を集め、一定の方向へ流す仕組みになっています。ただし、完全に吸収しているわけではありません。魔力の流れそのものを操作しているようです」
「それって、洞窟の魔力貯蔵核にも影響する?」
「はい。長時間続けば、魔力貯蔵核へ流れ込む魔力が減少する恐れがあります。配合炉や防衛設備にも影響が出るでしょう」
私は顔をしかめた。
せっかく復旧させた魔力貯蔵核だ。魔石の採掘量も増え、洞窟の環境も安定してきた。そこを狙われれば、これまで積み上げてきたものが一気に崩れかねない。
「ネレウスは?」
「装置の信号を分析しています。本人の言い方を借りるなら、こんな単純な仕掛けに振り回されるのは不愉快だそうです」
「相変わらずだね……」
私は苦笑した。
そのとき、セラの手元にあった計測器が大きく震えた。洞窟内の魔力濃度が、またわずかに低下している。
「ノア様、変化が速くなっています」
「もう本格的に動かし始めたんだ」
「おそらく。敵は私たちが気づいたことを承知で、装置の出力を上げている可能性があります」
私は地図を広げた。
王国軍が装置を設置した場所は、山道の先にある開けた岩場だ。周囲には複数の魔力杭が打ち込まれており、それらが装置とつながっていると考えられていた。
「正面から近づけば、また魔力を乱されるかもしれない。クロウ、ルゥ、敵の配置を確認してきて。見つかっても無理に戦わず、装置と護衛の位置を調べるだけでいいよ」
二体は短く応じ、暗い通路へ消えていった。
ガルドは腕を組み、待ちきれない様子で足を鳴らしている。
「場所が分かっているなら、俺とバランで装置をぶっ壊してくるぞ」
「装置だけ壊せば終わるとは限らないよ。魔力が暴走する可能性もあるからね」
「なら、暴走する前に叩き割ればいい!」
「だから、その前に仕組みを調べるんだってば」
私が言うと、ガルドは不満そうに鼻を鳴らした。隣のバランも似たような顔をしている。
「俺も賛成だ。敵の装置を壊すなら、正面から一気に攻め込んだほうが早い」
「お前たちは、敵の目の前にあるものを壊すことしか考えていないのですか」
冷たい声が割り込んだ。
ネレウスが戻ってきていた。青い羽根を整えながら、二体を見下ろしている。
「装置の出力が上がっている以上、内部に蓄積された魔力も増えているはずです。無計画に破壊すれば、集められた魔力が周囲へ放出される可能性があります。そうなれば、こちらの魔力循環まで乱されるでしょう」
「だったら、どうするんだよ」
ガルドが尋ねる。
「まずは魔力の流れを止める。それから装置を破壊する。それだけの話です」
ネレウスは机の上に、先ほどの金属片と同じ形をした装置の構造図を置いた。
「敵の兵器には、魔力を集める本体と、流れを制御する部分があるはずです。すべてを壊す必要はありません。制御部分を先に止めれば、集められた魔力を安全に逃がせる可能性があります」
セラが構造図を確認した。
「理屈は分かります。ただし、制御部分がどこにあるかは、実物を見ないと判断できません」
「そのために偵察を出したのでしょう。感情で突撃することしかできない方々とは違って、こちらは情報を待つことができます」
「誰が感情で突撃するしかできないだと!」
「自覚があるのなら改善してください」
ガルドとバランが同時に声を上げる。
私は額に手を当てた。
「はいはい。喧嘩は後。今はクロノアを守るのが先だからね」
二体は渋々口を閉じた。
しばらくして、クロウとルゥが戻ってきた。ルゥは地図の上に小石を並べ、敵の配置を示す。岩場には兵士が二十人ほど。装置の周囲には魔力杭が六本あり、少し離れた場所には荷車と予備の部品が置かれていた。
さらに、装置の背後には魔力を制御するための小さな台座があるらしい。
「制御部分はあそこだね」
私が確認すると、クロウが頷いた。
「護衛の配置は?」
ルゥが地図の端に小石を追加した。正面には兵士が多いが、岩場の側面は警戒が薄い。ただし、そこから装置へ向かうには、魔力杭の近くを通らなければならない。
チクタが地図をのぞき込み、尻尾を揺らした。
「正面から行けば敵が集まります。でも、側面から回り込むと、魔力杭の影響を受ける可能性がありますね。だったら、正面に注意を引きつけている間に、側面から制御部分へ向かうのがよさそうです」
「陽動と奇襲か」
「はい。ただし、陽動側は深追いしないこと。敵の兵士を全員引きつける必要はありません。こちらが制御部分へ向かう時間を稼げれば十分です」
私は頷いた。
「陽動はガルドとバラン。二人で敵の注意を引きつけて。ただし、装置そのものには触らないで」
「任せろ!」
「敵の兵士なんか、まとめて吹き飛ばしてやる!」
「深追い禁止だからね!」
私は念を押した。
制御部分へ向かうのは、レグル、セラ、ネレウス。そして私とミレアだ。クロウとルゥには周囲の警戒を任せ、チクタは撤退経路と連絡を担当する。
レグルは静かに頷いた。
「敵がこちらを狙っても、俺が受け止める」
「頼りにしてるよ」
出撃の準備が整った。
私たちは洞窟を出て、山道を進んだ。装置から放たれる魔力の影響は、近づくほど強くなっていく。空気が重く感じられ、身体の内側を流れる魔力まで引っ張られているようだった。
「これが続いたら、普通の魔物は動きにくくなるね」
「はい。敵はそこを狙っているのでしょう」
ミレアが答えた。
やがて岩場が見えてきた。大型の装置が低い音を響かせ、その周囲に打ち込まれた魔力杭が青白く光っている。兵士たちは装置を守るように配置されていた。
私は合図を送った。
ガルドとバランが正面へ飛び出す。
「おい、王国軍! こっちだ!」
ガルドの叫び声が岩場に響いた。
「クロノアの相手がしたいなら、俺たちがしてやる!」
バランが地面を蹴り、兵士たちの前へ躍り出る。
「敵襲だ!」
兵士たちが一斉に武器を構えた。何人かが二体へ向かい、残りは装置を守るために配置を維持しようとする。
ガルドは大きく踏み込み、斧を振るった。バランもその横から突進し、敵の隊列を崩していく。ただし、二体は装置へ近づかず、敵の注意を引きつけることに集中していた。
「今だ!」
私たちは側面から岩場へ入った。
レグルが先頭に立ち、魔力杭から放たれる圧力を受け止める。セラとネレウスは魔力の流れを読みながら、制御部分へ向かう道を探した。
「右側の杭が流れを集めています。左側は出口です」
セラが素早く指摘する。
「なら、出口側から制御を止めれば、集められた魔力を逆流させずに逃がせる可能性があります」
ネレウスが続けた。
「可能性、では困ります。確実性を高めなさい」
「それはあなたも同じでしょう」
「私はすでに必要な情報を集めています」
「二人とも、今は言い合っている場合じゃないよ!」
私の声に、二人は同時に口を閉じた。
制御台座は装置の背後にあった。金属製の枠に複数の魔石が組み込まれ、その中央には魔力の流れを調整する細い結晶が埋め込まれている。
ミレアが鑑定する。
「中央の結晶が制御核です。周囲の魔石は、集めた魔力を一時的に蓄えるためのものと考えられます」
「これを壊せばいい?」
「いえ。破壊すると、蓄積された魔力が制御を失う恐れがあります。まずは流れを弱めてください」
セラが台座へ手をかざした。ネレウスも反対側から魔力を送り、二人は異なる方向から制御核へ干渉していく。
装置の音が変わった。
ゴォォォ……という低音が揺らぎ、魔力杭の光が一つ、また一つと弱くなっていく。
「制御出力、低下しています!」
ミレアが叫んだ。
しかし、その直後、背後から兵士の声が響いた。
「制御台座を守れ! 絶対に触らせるな!」
数人の兵士がこちらへ向かってくる。
レグルが一歩前へ出た。
「ここは通さない」
兵士たちの攻撃がレグルへ集中する。剣が甲殻を叩き、槍が身体へ突き出されるが、衝撃は全身へ分散され、レグルの足は動かなかった。
私は制御台座から目を離さずに叫んだ。
「セラ、あとどれくらい?」
「もう少しです!」
そのとき、制御核の光が不規則に点滅した。装置の内部から、嫌な振動が伝わってくる。
「出力が乱れています!」
ネレウスが声を上げた。
「このままでは蓄積魔力が暴れます。セラ、制御核への干渉を弱めて、出口側の流路を開きなさい!」
「分かっています!」
セラは魔力を細く調整し、蓄積されていた魔力を出口側へ逃がし始めた。青白い光が制御台座から地面へ流れ、周囲の魔力杭が次々と沈黙していく。
そして最後の一本が消えた瞬間、装置の低音が止まった。
静寂が戻った。
「……止まった?」
私が尋ねると、ミレアがすぐに計測器を確認した。
「魔力の吸引は停止しています。洞窟から外へ引っ張られていた流れも、元に戻り始めています」
「よし……!」
私は胸をなで下ろした。
装置が止まったのを見て、兵士たちの動きが乱れた。ガルドとバランはその隙を逃さず、武器を構えて抵抗を続ける敵を次々と打ち倒していく。
「武器を捨てろ!」
ガルドが叫ぶ。
しかし、兵士たちは撤退するどころか、装置を奪い返そうと再び襲いかかってきた。
「まだやる気か!」
バランが突進する。
私も剣を抜いた。
「クロノアを脅かす兵士を、これ以上放っておくわけにはいかない。抵抗を続ける者は排除して!」
レグルが前進し、ガルドとバランが左右から敵の隊列を崩す。セラとネレウスは魔法で敵の武器を弾き、クロウとルゥが逃げようとする兵士の動きを封じた。
戦いは長く続かなかった。
最後まで武器を捨てず、こちらへ攻撃を仕掛けた兵士たちは、その場で倒された。生き残った者のうち、武器を手放して抵抗をやめた兵士は拘束し、後で情報を聞き出すことにした。
岩場が静かになった頃、私は改めて装置を調べた。
「これ、何のための兵器だったんだろう」
「魔力を完全に奪う装置ではありません。周辺の魔力循環を乱し、特定の方向へ流れを誘導するためのものです」
ミレアが答えた。
「つまり、これを使って魔力の流れを追えば、洞窟の魔力貯蔵核や、地下の施設がある場所まで探せる可能性があったということです」
私は顔をしかめた。
王国軍は、ただクロノアを弱らせようとしていたわけではない。魔力の流れを操作し、その先に何があるのかを探ろうとしていたのだ。
「過去の魔力逆流と、今回の装置は関係があるのかな?」
「現時点では断定できません。ただ、今回の兵器が魔力の流向を変化させていたことは確かです。古い記録にあった現象を、王国軍が意図的に再現しようとしていた可能性もあります」
私は装置を見つめた。
古代の謎は、まだすべて解けたわけではない。それでも、今の王国軍が魔力循環に干渉していることははっきりした。
「装置と記録を持ち帰ろう。使える部品は調べるけど、同じものを勝手に起動するのは禁止。危険性が分からないうちは、魔力貯蔵核にも接続しないこと」
「承知しました」
帰還の準備を進めていると、チクタが敵の荷車から書類の束を見つけてきた。
「これ、作戦記録らしいですよ。装置の運用手順と、次の行動予定が書かれています」
私は受け取った書類に目を通した。
そこには、複数の魔力誘導装置を使って対象地域の魔力循環を変化させ、その反応をもとに重要施設の位置を推定する計画が記されていた。そして、今回の結果を確認した後、王国軍はさらに大きな部隊を投入する予定らしい。
「次は本隊が来る……」
私は書類を握りしめた。
今回の勝利は大きい。クロノアの魔力循環を守り、敵の装置も破壊できた。けれど、王国軍が諦めるとは思えなかった。
洞窟へ戻ると、ルナが待っていた。シエルはその隣で、戦果と被害の報告を整理している。
「装置は止めたよ。洞窟の魔力も、少しずつ元に戻っている」
「よかった。でも、敵はまた来るんだよね」
「うん。今度はもっと大きな戦いになると思う」
ルナは地図へ視線を落とした。
「なら、今のうちに備えよう。強い魔物だけじゃなく、ここで暮らすみんなが生き残れるように」
シエルも頷く。
「防衛の強化だけでなく、補給の維持と避難計画も同時に進めましょう。敵の兵力が増えれば、戦闘が終わるまでの時間も長くなる可能性があります」
「そうだね。トウガとチクタに、長期戦を想定した計画を作ってもらおう」
私は地図を広げ直した。
王国軍の装置は止めた。けれど、敵が狙っているものはまだ残っている。
クロノアを守るためには、次に来る軍勢にも勝たなければならない。
そして今度は、敵の仕掛けに振り回されるだけでは終わらせない。
私は仲間たちを見回し、はっきりと告げた。
「次は、こっちから敵の計画を崩す。クロノアを狙うなら、その代償を払ってもらうよ」
誰も異を唱えなかった。
王国軍との戦いは、次の段階へ進もうとしていた。




