第126話 敵の補給線を断て!クロノアの反撃作戦
王国軍の魔力誘導兵器を破壊してから、二日が経った。
洞窟の魔力循環はほぼ正常に戻り、防衛設備も問題なく動いている。今回の戦闘で大きな被害は出なかったが、回収した作戦記録には見過ごせない情報が残されていた。
王国軍は、さらに大きな部隊をクロノアへ送り込もうとしている。
しかも、その準備はすでに始まっていた。
「敵の数が増える前に、こちらから動くべきだと思う」
私は会議室に集まった仲間たちを見回した。
机の上には、クロウとルゥが調べた山道の地図と、回収した作戦記録が広げられている。トウガが荷車の通行経路を整理し、チクタが敵の補給拠点と思われる場所に印をつけていた。
「王国軍は魔力誘導兵器だけじゃなく、兵士の食料や武器、それに魔石も運んでいる。これだけの規模なら、補給を止めるだけでもかなり困るはずだよね」
「その通りです」
ミレアが頷いた。
「敵の本隊が大きくなればなるほど、必要な食料、魔石、武器の量も増えます。前回の装置を運用するにも、相応の魔力資源と整備部品が必要だったはずです」
ガルドが拳を鳴らした。
「だったら、補給部隊を叩こうぜ。敵の本隊が来る前に、運んでいるものを全部奪っちまえばいい」
「全部奪うというのは簡単ですが、どこに何があるのか分からないまま動けば、こちらが罠にかかる可能性があります」
セラが地図を指さした。
「敵は前回、私たちが装置を破壊することを想定していなかったかもしれません。次は警戒を強めるでしょう。補給部隊を守る兵士が増えている可能性もあります」
「なら、見つからないように近づけばいい」
「ガルド。今回は敵を倒すことだけが目的ではないんだ」
私が言うと、ガルドは不満そうにこちらを見た。
「補給を止めて、本隊の動きを遅らせる。その間にクロノアの防衛を整えるんだよ。無理に敵を全滅させようとして、こちらの仲間を危険にさらす必要はない」
「……分かった。だが、戦うことになったら遠慮はしないぞ」
「それは任せるよ」
私は笑って答えた。
今回の作戦では、敵の補給路を調べ、重要な物資を運ぶ部隊だけを狙う。無関係な旅人や商人を巻き込まないよう、敵の軍用荷車と護衛を確実に見分ける必要があった。
チクタが地図を引き寄せた。
「補給路は大きく分けて二つです。ひとつは山道を通る正規の輸送路。もうひとつは、途中で分岐して古い街道へつながる道です。前回の荷車は、山道から古い街道へ向かっていました」
「古い街道を使う理由は?」
「大きな荷車を通せるうえ、正規の街道より人目が少ないからでしょう。兵器の部品を運ぶなら、隠しておきたい事情があるのかもしれません」
トウガが地図に別の印を加えた。
「ただし、古い街道は路面が荒れています。重い荷物を積んだ荷車なら速度は出せません。途中には狭い坂道もあります」
「そこで足止めできる?」
「可能です。道を塞ぐのではなく、通行に支障が出る程度に障害物を置けば、敵は迂回するか、兵士を使って撤去する必要があります。その時間を利用できます」
私は頷いた。
「よし。まずは補給部隊の位置と規模を確認しよう。クロウ、ルゥ、偵察をお願い。敵に見つかったら無理に追わず、情報を持ち帰ってね」
二体はすぐに出発した。
続いて、ガルドとバランが訓練場へ向かう。今回の作戦では、二体が陽動を担当する可能性がある。力任せに敵を押し切るのではなく、決められた位置で敵を引きつけ、合図があれば速やかに離脱する練習をしてもらうことにした。
「俺たちが敵を引きつけている間に、補給部隊を止めるんだな!」
バランが張り切っている。
「そうだ。敵を追いかけすぎないこと。合図があったら戻るんだよ」
「分かっている!」
その返事を聞いたガルドが笑った。
「本当に分かっているかどうか、訓練で確かめてやるよ」
「何だと! お前こそ足を引っ張るなよ!」
二体は言い合いながら訓練場へ向かっていった。
私はその背中を見送り、残った仲間たちと準備を進めた。
トウガは障害物を設置する場所を選び、チクタは撤退経路を三つ用意する。セラとネレウスは、魔力誘導兵器の残骸から取り外した部品を調べていた。
「この装置、完全に無駄になったわけではなさそうです」
セラが小さな結晶を持ち上げた。
「制御核は壊れていますが、魔力の流れを検知する部品は残っています。これなら、敵が近くで魔力誘導装置を起動したとき、反応を捉えられるかもしれません」
「ただし、敵の信号を受け取るだけで、こちらから接続する必要はありません」
ネレウスが釘を刺す。
「余計な接続を行えば、逆にこちらの位置を知らせることになります。壊れた兵器を利用しようとして、敵に情報を渡すなど愚の骨頂です」
「分かってるよ。安全に使える範囲だけで調べて」
私は二人に任せ、出撃用の物資を確認した。
食料、水、魔石、応急処置に使う薬草。それに、魔力が不安定になった場合に備えた予備の道具も用意する。今回の作戦では長時間の戦闘を避けるつもりだが、何が起きても対応できる準備は必要だった。
夕方、クロウとルゥが戻ってきた。
クロウは地図の山道を前足で示し、ルゥはその先に小石を四つ並べた。
「荷車が四台?」
ルゥが頷く。
さらに、ルゥは小石の前に小さな石を十個ほど並べた。
「護衛は十人以上か……」
ミレアが報告を補足する。
「確認できた範囲では、荷車四台、護衛兵士十二名です。うち数名は魔法使いと思われます。荷車の一台には金属製の部品が積まれていました」
「魔力誘導兵器の部品かな?」
「可能性は高いです。残りの荷車には食料や魔石、工具類が積まれていました」
私は地図を見つめた。
敵の本隊が使う補給物資の一部だろう。これを失えば、少なくとも準備に遅れが出るはずだ。
「場所は?」
クロウが地図の一点を示した。
古い街道の途中にある、狭い谷間だった。左右は岩壁に挟まれ、荷車が並んで通ることはできない。先頭が止まれば、後ろの荷車も進めなくなる。
チクタが地図をのぞき込み、尻尾を揺らした。
「ここなら、正面から攻めなくても足止めできます。先頭の荷車が進めなくなれば、後ろの荷車も止まる。護衛を分散させずに済むので、こちらの人数が少なくても対応しやすいでしょう」
「じゃあ、そこで仕掛けよう。ただし、荷車の中身が分かるまでは、いきなり攻撃しないこと。敵の兵器部品が確認できたら、まず運搬を止める」
私は作戦を決めた。
翌朝、私たちは少数の部隊で出発した。ガルドとバランが前方を担当し、レグルは後方の防御を固める。セラとネレウスは魔法による支援を行い、クロウとルゥは敵の接近を監視する。私はミレアとともに全体の状況を確認し、チクタが撤退経路を管理する。
狭い谷間に到着すると、トウガの指示どおり、通路の一部に岩と倒木を配置した。完全に道を塞ぐのではなく、荷車が通れない程度の障害物だ。敵が撤去に時間をかけている間に、こちらが動けるようにするためだった。
やがて、車輪の音が聞こえてきた。
荷車が四台、ゆっくりと谷間へ入ってくる。先頭には武装した兵士が数人、その後ろにも護衛が続いていた。
「止まれ! 道が塞がれているぞ!」
先頭の兵士が叫ぶ。
護衛たちが荷車から離れ、周囲を警戒し始めた。
そのとき、ガルドが岩陰から姿を現した。
「悪いな。ここから先は通行止めだ」
「魔物だと!?」
兵士たちが武器を構える。
バランも反対側から現れ、太い尾を地面へ叩きつけた。
「荷物を置いて帰るなら、今なら見逃してやるぞ!」
「ふざけるな! 貴様らを討伐し、物資を取り戻す!」
兵士たちは一斉に襲いかかってきた。
「交渉する気はないみたいだね」
私は剣を抜いた。
「ガルド、バラン。護衛を引きつけて。レグルは荷車へ向かう兵士を止めて。セラとネレウスは魔法使いを無力化して!」
仲間たちが一斉に動いた。
ガルドの斧が兵士の剣を弾き飛ばし、バランが横から突進して敵の隊列を崩す。レグルは荷車へ近づこうとする兵士の前に立ちはだかり、重い一撃を受けても微動だにしなかった。
セラの魔法が敵の足元を縛り、ネレウスの魔力干渉が魔法使いたちの詠唱を乱す。
戦いは短時間で決着した。
武器を捨てて抵抗をやめた兵士は拘束し、最後まで攻撃を続けた者はその場で倒した。こちらの負傷者は軽傷が数名いるだけだった。
私は荷車の中身を確認した。
一台目には食料と水。二台目には魔石と予備の魔道具。三台目には工具や金属部品。そして四台目には、前回破壊した魔力誘導兵器と同じ規格の部品が積まれていた。
「やっぱり、次の兵器を作るつもりだったんだ」
ミレアが頷く。
「はい。これらの部品が失われれば、王国軍の準備は遅れるでしょう」
私は荷車を見渡した。
すべてを奪ってしまえば、敵の補給を大きく妨害できる。しかし、食料や水まで無差別に破壊する必要はない。クロノアに必要なものを確保し、兵器の部品と軍用の魔石を押さえれば十分だった。
「食料と水は持ち帰ろう。使える道具も回収する。兵器の部品は持ち帰って調べてから、再利用できないものは破壊して」
「承知しました」
トウガが運搬の手配を始める。
その一方で、チクタは拘束した兵士たちから回収した書類を調べていた。
「ノア様、少し気になる記録があります」
「何?」
「今回の補給は、本隊へ物資を運ぶためだけではないようです。別の部隊が、すでにクロノアの周辺へ向かっていると書かれています」
私は表情を引き締めた。
「どこから来るの?」
「正確な場所は分かりません。ただ、山道ではなく、王国側の正規街道から進んでいるようです。しかも、補給部隊とは別に動いています」
ミレアが書類を確認した。
「この記録が正しければ、王国軍は複数の部隊を別々の経路から進ませていることになります。今回の補給部隊を襲撃したことで、敵の計画が変更される可能性もあります」
「つまり、こっちが補給を止めたことを知れば、敵は急いで動くかもしれないんだね」
「はい」
私は空を見上げた。
補給部隊を止めたことで、王国軍の準備には遅れが出るはずだ。しかし、敵が大人しく引き下がるとは思えない。むしろ、計画を早めて攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
「急いで戻ろう。今回の成果を防衛に生かすよ」
クロノアへ戻ると、ルナが出迎えてくれた。シエルもその隣で、回収した物資と敵の書類を確認している。
「補給部隊を止められたんだね」
「うん。魔力誘導兵器の部品も回収できた。でも、別の部隊が正規街道から近づいているらしい」
ルナの表情が引き締まった。
シエルは地図を広げ、敵の進行経路を確認する。
「敵が複数の経路を使っているなら、こちらも一つの入口だけを守るわけにはいきません。ただし、全域へ均等に兵力を配置するのは危険です。主力は中央に置き、敵の動きに応じて迅速に移動できる体制を整えるべきでしょう」
「分かった。トウガとチクタに配置を見直してもらう。クロウとルゥは周辺の警戒を続けて」
ルナがすぐに指示を出した。
私は仲間たちを見回した。
今回の作戦で、王国軍の補給を一部止めることができた。だが、敵の本隊はまだ残っている。次の戦いでは、これまで以上に多くの兵士と向き合うことになるだろう。
それでも、こちらにも準備を進める時間はできた。
食料は増え、武器や道具も確保できた。そして、敵がどのように攻めてくるのか、その手掛かりも少しずつ集まっている。
「次に来るなら、今度はこちらが待ち構える番だね」
私は地図に目を落とし、敵が進んでくるであろう道を指でなぞった。
クロノアは、ただ守るだけの国ではない。
守るために必要なら、こちらからも動く。
王国軍との戦いは、少しずつクロノアに有利な形へ変わり始めていた。




